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EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第三章 旅路の始まりと伝承
28/82

27. 四人が見る、旅の景色

 

「おーい、リシェイ! もう少しこっちにおびき寄せてくれー!」

「オッケー、まっかせてー!」



 青々とした森の中を、リシェイが駆け抜ける。

 木々の間に張られた鋼線を軽やかに避けると、追ってきた魔物たちが次々に罠へかかった。


 残った数体が一か所へ集まった瞬間、木陰からレミが光の矢を放つ。同時にカインが跳び出した。


「はぁっ!!」


 剣が閃き、魔物がエーテルの霧となって消える。

 カインは残された魔水晶を拾い、フェイへ放り投げた。


「うん、上等上等」


 輝きを確かめ、フェイが頷く。換金すれば、当面の路銀には十分な成果だ。


「楽勝だっつの、こんなもん」


 仲間たちが集まる中、カインは剣をくるりと回し、鍔鳴りを立てて鞘へ収めた。

 レミが目を輝かせる。


「ねえ、それどうやるの? 私にもできないかなぁ……すごく格好いい!」

「やめとけって。下手に真似すると手を切るぞ」


 感心しきった顔に、カインは苦笑した。



 ***



 リアンシティを離れて二週間。

 森を抜けた一行は、小さな農村に辿り着いた。



 最北の『救済の聖地』へレミを送り届けるため、公の交通機関を避け、森や旧街道を徒歩で進んできた。


 今のところ追っ手の気配はないが、油断はできない。立ち寄るのも、人目につきにくい集落ばかりだった。



 この村も、商店と宿屋が一軒ずつあるだけだ。

 土の道の向こうには畑が広がり、人の声より家畜の鳴き声が賑やかに響いている。


「うーん、オレはもう少し華やかな方が好みなんだけどネ……」


「うわぁっ! ねえ、あれ何!? すごく大きい!」



 フェイのぼやきをよそに、レミが前方を指さした。カインは「ああ」と言いながら目線を送る。


「あれは馬。向こうにいるのが牛だ」

「『うま』と『うし』……あれが! もっと小さいのかと思ってた。だって、絵では……」

「そりゃ、小さな絵で見りゃ小さく映るだろ……」


 見慣れた田舎の風景も、レミには驚きの連続らしい。

 楽しげな横顔を眺めながら、カインは、一人で旅をさせなくてよかったと改めて思った。追っ手以前に、危なっかしくて仕方がない。

 これでよく一人で行くなどと言ったものだ。



「さて、とりあえず宿に入るか」


 村はすでに夕陽に染まり始めていた。

 日が落ちる前に宿か野営地を確保する。それが、この旅で決めた鉄則だった。魔除けの結界の効力がある場所であっても、陽が沈んでからウロウロとするのは危険だ。


「やったー、休める~! もうお腹ペコペコだよぉ……」


 歩き疲れて口数の減っていたリシェイが、ぱっと顔を上げる。

 ぐうぅ、と腹の虫まで応じ、一同は笑った。



 フェイとリシェイが先に宿へ入る。

 カインも続こうとしたが、レミが道の先を見つめていることに気づいた。


 声をかけるより早く、彼女が走り出す。


「おい、今度は何を見つけたんだよ!」


 世界を知り、生きる喜びに目を輝かせるのは良いことだ。だが今は追われる身であるという警戒も解けない。

 カインは苦笑混じりの溜息をつきながら、彼女の走っていく先を追いかけた。


 追いかけた先から、泣き声が聞こえた。



「うわあぁん! 痛いよぉ……っ!」



 小さな男の子が道端に座り、擦りむいた膝を押さえていた。レミはその前にしゃがみ込み、そっと頭を撫でる。


「大丈夫。今、治してあげるからね」


 泣き声が少し落ち着くのを待ち、血の滲む膝へ両手をかざした。


 掌から、柔らかな白い光が溢れる。

 以前、カインの傷を癒やしたのと同じ光だった。


 少年も涙を忘れ、じっと見入っている。

 光が収まると、膝の傷は跡形もなく消えていた。


「すごーい! 傷が治っちゃった!」


 少年は立ち上がり、足を動かして確かめた。


「お姉ちゃん、すごいね!」

「すごい……?」


 レミは小首を傾げた。

 研究所では、傷が消えることは当然だった。治癒を終えても、待っているのは次の指示か、結果を記録するための無機質な声だけ。誰かに驚かれたり、喜ばれたりすることなど、一度もなかった。


 だから、少年のまっすぐな笑顔をどう受け止めればいいのか分からなかった。

 胸の奥が、くすぐったいような、じんわり温かいような感覚に満たされていく。


「うん! 全然痛くないもん! ありがとう!」


 その言葉が、遅れてレミの胸へ届いた。


 自分の力で誰かの痛みを取り除けたことを、こんなふうに喜んでもらえる。そんな当たり前ではない出来事が、たまらなく嬉しかった。


「どういたしまして。今度は転ばないように気をつけてね」

「うん!」


 少年の笑顔につられ、レミの口元にも柔らかな笑みがこぼれた。



「アニタ――っ!」



 少し離れたところから、女性の呼ぶ声がした。



「おかあさーん!」



 少年は顔を輝かせ、駆け出していった。

 母親は我が子を抱き締め、話を聞くと、レミへ深々と頭を下げた。


 やがて二人は手をつなぎ、夕暮れの小道へ歩いていった。


 その姿を、レミとカインは見送っていた。


 静かになった道に、夕陽が差し込む。

 二人の影が、地面に長く伸びていた。



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