26. 水面下の動き
長身に白い短髪。腰には刀を差し、閉ざされた右目には大きな傷跡が残る。
デュロアルでカインと双璧を成す戦士――ゼロだった。
ヴァートがいた床には、三本の暗器が縦一列に突き刺さっていた。
ゼロは刀を抜き、静かに間合いを詰める。
ヴァートは槍を消した。
指揮官も、その仲間たちも脅しに屈する気配はない。これ以上時間を費やすより、自分の足でレミを追う方が確実だ。
「あの子が一体何だというの? 少なくとも、あなたたちの元へ帰りたがってはいなかったけれど」
ルディナスの問いに、ヴァートは答えなかった。
己もまた、何も知らされていない。
「……それとも、あなたも『従わざるを得ない』のかしら?」
その言葉に、ヴァートの表情が歪んだ。
「……黙れ……!」
窓ガラスが砕け散った。
夜の闇へ消えた影を追い、メンバーたちが部屋を飛び出していく。
「ルディナスさん! お怪我はありませんか!?」
駆け寄るメルに、ルディナスは微笑んだ。
「大丈夫よ。ウィリスも、すぐに来てくれて助かったわ」
ウィリスが頭を下げるのを見てから、白髪の男へ向き直る。
「素晴らしいタイミングだったわね。おかえりなさい、ゼロ」
「……研究所絡みの案件を、なぜ俺に振らなかった?」
挨拶を返すこともなく問われ、メルが戸惑う。
ルディナスは涼しい顔で受け止めた。
「あの段階では情報が不十分だったのよ。上司の判断として、カインに頼んだの」
ゼロの眉間に皺が寄った。
無口で、本部にも滅多に留まらない男だが、ルディナスとはデュロアル創設以来の付き合いだ。高難度の依頼から裏の暗殺仕事まで請け負う彼を、正面から御せる者は少ない。
「まず、留守中の事情を説明するわ。話はそれからよ」
ルディナスは、レミの保護からカインたちの出発までを手短に伝えた。
ただし、彼女が目指す『救済の聖地』の名は伏せておいた。どこで誰が聞いているか分からない。
「……研究所に監禁されていた、銀髪の娘……」
一通りの話を聞いたゼロは右目の傷跡に手を当て、しばし黙り込んだ。眉間の皺が深くなっていく。
「……時が満ちたな」
「何のことかしら。こちらは、あの子たちの抜けた穴を埋めるのに大忙しなのよ」
ルディナスはすれ違いざま、彼の肩へ軽く手を置いた。
その陰で、小さく畳んだ紙をポケットへ滑り込ませる。
「あなたにも任務を引き受けてもらうわ。今度は、連絡を切らさないで頂戴ね」
「……分かっている」
ゼロはそれ以上何も訊かず、部屋を後にした。
「せっかく帰っていらしたのに、もう行っちゃうんですね……」
残念そうに見送るメルへ、ルディナスは「あれが彼の性分だから」と笑った。
ウィリスは二人のやり取りを胸に留め、荒れた部屋を見渡した。
組織内での探り合いは禁物だ。今ここで問いただすつもりはない。
「……まずは、部屋の掃除から始めましょうか」
***
「あの時のルディナスさん、本当にカッコよかったです。私も、あんな風に強い女性になりたいなぁ……」
紅茶のカップを包み、メルが憧れを口にする。
可愛らしい呟きに、ウィリスは物思いから顔を上げ、微笑んだ。
「そうだね」
ルディナスとゼロが何を知っているのか、考えても推測にしかならない。
今は、自分にできることをするだけだ。
「……レミさんの身元調査も、途中になってしまいましたね」
メルがカップへ目を落とした。今は飛び出してこの場に居なくなってしまった友人の境遇の辛さを改めて考えた。
「私、兄妹が多くて、家が騒がしいのを嫌だと思ったこともあるんです。でも、レミさんのお話を聞いたら……せめて、本当のお名前だけでも分かればいいなって」
ウィリスは静かに頷いた。
「調査は続けるつもりだよ。僕の独断だけれどね」
「本当ですか?」
「何か手掛かりが見つかるかもしれない。みんなが戻った時に、教えてあげたいから」
――戻った時。その言葉にメルの顔が明るくなった。そうだ、今いなくなったからとて、全てを諦めてしまう必要はないのだ。レミにはカイン達、デュロアルの仲間がついている。
彼らがただレミを孤独の中に放り出すはずがない――そう考えると希望がわいてくる。
「じゃあ私も、いつでも帰って来られるように、お部屋を綺麗にしておきます!」
ウィリスは笑みを返した。
調査を続ける理由は、レミのためだけではない。この事件の裏に潜む何かを、見過ごすことはできなかった。
カップを置き、再び銃を手に取る。
「レミのことは、ひとまずあの三人に任せようか。……僕たちは僕たちで、みんなが無事でいられるよう、できることをしよう」
お昼ごろ続き更新予定です




