24. 四人の旅立ち
それからしばらくして、息を切らせたリシェイとフェイがカインが示した街道付近の合流地点へやってきた。
カインは「ここから北西の方角に向かっている。とりあえず捕まえてくるからそのまま街道の入り口に向かえ」と言い残して猛スピードで駆け抜けて行ったのだ。
そして本当に結界の外でレミを見つけ出して確保して戻ってきたカインを見て、二人は目を丸くした。
「ああ〜! やっと追いついた! カイン速すぎぃ……」
「……マジで見つけちゃったヨ。お前、捜索犬か何かなの?飛び出した子犬の首根っこ捕まえた大型犬みたいに見えるんだけど?」
しゅんとするレミと、険しい顔のカインを見ていると言い得て妙な構図だった。
リシェイはレミの無事を確認出来て顔を歪めた。
「もうっ、レミっ! 心配したんだからね! いきなり消えたりしてバカっ!」
涙目になったリシェイがポカポカと肩を叩いてくる。自分のために危険を省みず追いかけてきてくれた仲間の温もりに、レミは胸が熱くなり、申し訳なさと嬉しさで涙がこみ上げた。
だが、いつまでも余韻に浸っている時間はない。
何にしてもここに留まるよりは落ち着いて話せる場所まで行こうと全員で納得すると、一行は、街道の結界に守られた林の陰へ移動した。
表の道から火が見えない場所を選び、フェイが鞄の中に入っていたマッチで小さな焚き火を起こす。
レミは腹を括り、三人に改めて自身の決意を語った。
研究所から現れた追っ手・ヴァートのこと。
そして、自分は北の最果てにある『救済の聖地』を目指して旅立つつもりだということ。
「たとえ普通の暮らしができなくても……静かに暮らせるなら、そこで新しい幸せを見つけられるかもしれないから。……『死ぬ』代わりに、私、あそこで生きてみたいの」
『救済の聖地』――過酷な収容所のような暮らしが待っているという噂を、フェイも知っていた。
生涯その島から出ることなく、外の世界を捨てる代わりに神に命を捧げる場所。
実態も分からないそんな場所に、十八歳の彼女が進んで行きたいはずがないのだ。
「やめときなって!」と制止するリシェイたちの言葉に、けれどレミは首を横に振った。
「あの地獄の研究所に戻るくらいなら……二度と捕まらない約束の場所なら、私にとってはかけがえのない『自由』なの」
カインは、彼女が研究所で受けてきた過酷な傷跡を覚えている。だからこそ、彼女の悲痛な選択を頭ごなしに否定して良いものかと迷った。
話を聞いたフェイは、思案顔のカインを横目で見やった。
「ルディナスさんから伝言。レミちゃんは屋敷へ戻さず、まず安全な場所へ逃がせって。向こうの警戒は強めておくそうだヨ」
頷いたカインは、不意に立ち上がると腰の剣を確かめた。
「……お前の意思は分かった。なら……せめてその『救済の聖地』とやらまで、俺も付き合う」
突然の申し出に、レミは青い瞳を大きく見開いた。
『救済の聖地』は異大陸の最北端。辿り着くまでには果てしない時間と危険が伴う。
カインにはデュロアルでの生活があるのに、こんな無謀な逃避行に付き合わせるわけにはいかない。
「だめだよ……! カインにはここに居場所があるのに!」
「結界の外をファイターでもねぇ女の一人旅なんて危険すぎる。そもそもお前、野宿したことあるか? 雨が降った時、どこで休めばいいか分かるのかよ?」
世間を知らず、旅に慣れていない彼女を一人で放り出すことなど、絶対にできるはずがなかった。
「それに……またあの追っ手が来たら、一人じゃ逃げ切れねぇだろ」
「それは……」
レミは言葉を詰まらせ、目を伏せた。
確かに先ほども、ヴァートの前では手も足も出ず、あっさりと拘束されてしまったのだ。リシェイが助けに来てくれなければ、今頃は暗い箱に詰め込まれて研究所へ連れ戻されていた。
カインはレミに背を向け、リシェイとフェイにボソリと耳打ちした。
「(今ここで何度説得したって意地張るだけだ。諦めさせるのは道中でやりゃいい。押し問答してる時間こそ危険だろ)」
「(なるほど!)」
ポンと手を叩くリシェイ。
だが、レミにとっては自分の都合でみんなの人生を狂わせてしまうことが何より心苦しかった。胸の前で指を固く組み、申し訳なさそうに視線を落とす。
「でも……そんな……そこまでしてもらうわけには……」
「約束、忘れたのか?」
カインの言葉に、レミは胸元で光るシルバークロスのチョーカーへそっと手を伸ばした。
『お前を守る』――あの花畑で交わした言葉。
カイン、リシェイ、フェイの三人は、互いに顔を見合わせてニッと笑い合った。
「遠慮なんてすんな。それに俺たち、ルディナスさんにタンカ切って出てきたんだ。ちゃんと付き合うぜ」
「アタシも、決めた! レミと一緒に行く!」
「オレなんてルディナスさんから勅命と豪華な餞別まで貰っちゃったからサ。今更手ぶらじゃ帰れないんだよネ~。ここは一つ、オレたちの顔を立ててくれないかナ? 可愛いレミともっとお喋りしたいし。あわよくば彼氏になれたら最高」
「「バカフェイ!!」」
カインとリシェイに同時に怒鳴られても飄々と鼻で笑うフェイ。その賑やかなやり取りに、レミの口から思わず「ふふっ」と小さな笑みがこぼれ落ちた。
そんな彼女の笑顔を見て、カインの表情も柔らかく解けていく。
「フェイの言う通り、どうせ長旅になるんだ。話す時間なんて山ほどある。……泣いてるより、笑ってる方がいいだろ?」
カインの言葉に同調するように力強く頷くリシェイとフェイ。
誰かが自分の隣にいてくれること。
自分を想い、共に歩んでくれる仲間がいるということ。
冷たい暗闇の研究所で孤独に震えていた頃には、想像すらできなかった奇跡のような未来が、今ここにあった。
「……ありがとう……カイン、リシェイ、フェイ……」
溢れ出る感謝とともに、レミはまっすぐに頷いた。
カインは改めて、彼女に向かって右手を差し出す。
「改めてよろしくな、レミ」
レミは心からの満面の笑みを浮かべ、その大きな手を力強く握り返した。
「……うん!」
夜空に輝く無数の星々が見守る中、運命の絆で結ばれた四人の旅が、今、静かに幕を開ける――。
これで二章終了です。読んでくださり、ありがとうございます。
ここからは外の世界に出ていく四人と、デュロアルに残った人達、そして追いかける者とこれから出会う者、色々動いていきます。
途中暗い展開もありますが、それぞれのキャラの個性と共に物語を辿っていただければ嬉しいです。




