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EDGE ―光と闇の約束―  作者: 岩梨
第二章 安息を揺るがす影
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22. ライフェンの思惑とこれから

 

「ねえ、どうしようカイン……! 青い髪のアイツ、相当ヤバいよ!! もし捕まったら、レミがどうなるか分かんないよ!」


 カインは疼く目元を指で押さえた。

 灼熱の余韻――己の内に燻る、真紅の痕跡。


「俺、行ってくる」

「行くって……どこを探すつもりなの!?」


 行き先も分からない街へ飛び出そうとするカインにリシェイが叫ぶ。だが、カインの頭の中には、確かな『手応え』があった。


「……なんとなく、居場所が分かる気がするんだ」


 根拠などない。

 だが、疼く瞳が指し示す方角――その先に彼女がいると、魂が教えてくれる。



 走り出したカインを追うようにリシェイも駆け出したが、曲がり角で正面から歩いてきたルディナスと激突した。ルディナスがよろめき、壁に手をつく。カインは尊敬する上司の小さな叫びに振り返って声をかけた。


「大丈夫ですか!」

「何をそんなに慌てているの。落ち着きなさい!」

「すみません! 急ぐんで!」


 一礼して再び駆け出そうとするカインを、ルディナスが厳しく呼び止める。


「レミがいなくなりました。研究所から追っ手が来たんです」

「なっ……!?」


 ルディナスの顔色が一変した。大陸外のこの地を突き止めるには早すぎる。だが、追跡者と対峙したというリシェイの悲痛な表情を見れば、それが事実であることは明白だった。


「俺、レミを追います」

「カイン!」

「このまま放っておけるかよ! 捕まったらまた酷い目に遭わされる! それに……あいつ、追い詰められたら自害しかねねぇんだ!」


 レミの考える逃げ場は「聖地」か「死」しかないのだから。捕まりそうになれば、間違いなく自分の命を断とうとするだろう。


「そんなのダメだ! 俺はあいつと契約したんだよ。安心して暮らせるようになるまで、俺が守るって!」


 あの花畑で初めて見せてくれた、心からの笑顔。

 ようやく手に入れた生きる希望を、彼女自身の手で消させたくなどなかった。


「何も悪くないのに自分を責めて、たった一人で苦しむなんておかしいだろ!!」


 孤独も、理不尽な苦しみも知っている自分だからこそ、見捨てることなんてできるはずがない。そして、今彼女を救えるのは自分でありたいと、魂が叫んでいた。



「連れ出したのは俺だ。なら、あいつを守り抜くのが俺の責任だ! ……すみません、しばらく休暇もらいます!」



 ルディナスの制止を振り切り、カインは夕闇の街へと疾走した。




「止めても無駄だとは思ったけれど……現実となると溜息しか出ないわね」


 飛び出していったカインとリシェイの後姿を見送り、デュロアルのトップであるルディナスは軽く頭を抱えた。現実離れした事態に対し、どこか楽観視していた自分にも小さく反省する。



「いやぁ、これってホントならマズイですよねぇ」



 近くにいたフェイが頭を掻きながら、眉根を寄せた。


「別大陸にまで執拗に追ってくるってことは、オレたち、もしかして『誘拐犯』か何かで訴えられてたりしないですか?」


 レミを不当に監禁していた博士こそが紛れもない犯罪者なのだが、レミ自身が己の過去を何も知らない状態だ。それに博士ほどの権力と財力があれば、真実などいくらでも捏造し、自分を「保護者」に仕立て上げるのは造作などない。フェイの危惧は決して大袈裟ではなかった。



「少なくとも、公に訴えるつもりはないでしょうね」



 ルディナスが即座にスッパリと言い切ったため、フェイは目を白黒させた。


「なんで言い切れるんですか? 実際、追っ手まで来てるんですよ? 権力を使って調査機関を動かされたら一発アウトじゃないですか。レミに身元の自覚がない以上、向こうが『保護者』だと主張すればこっちが誘拐犯に――」

「法的な手続きで訴訟を起こしたなら、そうでしょうね」

「あの権力者が公の裁きで負けるはずがないと思うんですけど。オレだったら手堅く公権力を使いますね」

「……そう、普通のケースならね」


 権力者に近しい身内の令嬢や、公に顔が知られた有名人などであれば、どれほど揉み消そうとしても隠し通すのは難しい。

 しかし、レミは己の身元どころか、本名すら知らないのだ。捏造する方が早いだろう。


 なぜ博士はそこまで徹底して彼女を世間から隠し続けるのか?その理由について、フェイはひとつの結論を導き出した。


「……あの監禁自体に、世間に知られてはならない意味があるんですか?」

「でしょうね」

「国に頼れば、一度レミの身柄を公的な場所へ引き渡して審議することになりますからね。審議の過程で身元照会をされたり、外部の医療・研究機関に彼女を検査される万が一の可能性すら、博士は潰したいんですか?」

「そういうことよ。わざわざ公にせず裏の追っ手を差し向けて直接狙ってくるのは、あくまで秘密裏に回収するのが目的だからよ」


 力尽くであろうと説得であろうと、彼女が『何事もなかったかのように水面下で戻ってくる』ことこそが、博士にとっての条件なのだ。


「博士としても公の権力を介入させたくない。でもこちらも、博士の影響がどこまで及んでいるか分からない以上、迂闊に彼女の身柄を預けるわけにはいかないわ」


 フェイは「めんどうくさ……」と頭を掻いた。だが、博士も表沙汰にしたくないのなら、こちらにも付け入る隙はある。少なくとも、公権力によって一方的に身柄を押さえられる事態を避けられるなら、仲間を逃がすために動く余地はありそうだった。



 飛び出していった二人は大切な仲間であり、この一ヶ月でレミにも情が移っていた。

 あんなにも生きる喜びを噛み締めていた仲間の窮地をなんとかしてやりたいという思いは、フェイとて同じだった。



 カインも事態の深刻さは理解しているだろうが、彼は感情に任せて突っ走る癖がある。

 リシェイに至っては事態を正確に把握できているか怪しいものだ。レミもまた、決して落ち着いて対処できる状況ではない。



 フェイは「やれやれ」といった様子でため息を吐くと、チラリとルディナスを見やった。



「……ル~ディナ~スさ~ん」



 甘えるような声を出してきた彼の意図を察し、ルディナスはふっと溜息を漏らした。


「あなたも行ってあげて。あの二人じゃ危なっかしいわ」


 フェイは一見軽薄に見えるが、全てにおいて冷静で慎重だ。周りが熱に呑み込まれている時ほど、一歩引いた視点で物事を見ることができる。彼が同行すれば、カインたちの最高のストッパーになってくれるはずだ。


「オレは勅命もらいましたよ? あのバカは未承認だから、有休なくなったら欠勤って事で。査定でガッツリ引いてやってくださいネ」

「もういいわよ。その代わり、全員無事に帰ってきなさい」

「もちろん。ルディナスさんの麗しいお姿が見られなくなるなんて耐えらないからネ」


 相変わらずの軽口に苦笑しつつ、ルディナスは自身の右手を見やった。


「餞別よ。旅の資金にしなさい。当分は連絡も取れないでしょうからね。今後の対策はこちらで急ぎ手配するわ。あなたは今すぐここから離れ、二人を追いかけることに専念しなさい」


 そう言って、ルディナスは右手に嵌めていた大粒のダイヤの指輪を外し、フェイへ投げて寄越した。受け取ったフェイはさすがに目を見開いた。


「い、いや! そこまでしてもらうわけには……! これ、相当ヤバい値段しますって!」

「構わないわよ。どうしても気になるなら……帰ってきたら死ぬほど働きなさい。主にカインへの貸しにしておくわ」



 フェイは感謝を告げると、応接室にあった簡易医療ポーチを腰に巻き、自室から最低限の荷物を鞄に詰め込んで走り出そうとした。


 ルディナスは懸念事項を思い出し、フェイを呼び止める。


「レミを見つけても、ここへは連れ戻さないで。まず安全な場所へ逃がしなさい。目立つ移動手段を使うのも避けなさい。カインにもそう伝えて」

「了解」

「大きな乗合船や定期便には、既に手が回っている危険があるわ。ここからは、博士の網を甘く見ないことね」

「権力ですか? それとも裏の力?」

「……両方よ」


 ルディナスは一瞬だけ何かを思い出しかけるように眉根を寄せたが、すぐにいつもの冷静な表情へと戻った。


「……ここは、大丈夫なんですか?」


 フェイは、屋敷に残る仲間たちを案じていた。追っ手はすでに、レミの居場所をこの街まで絞り込んでいる。デュロアルとの繋がりまで知られているかは分からないが、この屋敷へ辿り着く可能性も否定できなかった。


「レミがここを離れたと分かれば、追っ手も彼女の行方を追うはずよ。ただ、こちらの警戒も強めておくわ」


 監視の目が付く可能性はある。それでも、レミの身柄を案じずに済むなら、こちらも打てる手は増える。


「でも……さっきの追っ手が、実力行使で突っ込んでくるんじゃないですか?」


 力勝負になった場合、今の屋敷にはカインと肩を並べられる『ゼロ』が不在だ。他のファイターも多数いるが、実質的なトップクラスが抜けているのは事実だった。

 しかし、ルディナスは不敵な笑みを浮かべて見せた。



「ここは私の居場所なのよ? 必ず守り抜いてみせるわ」


 その力強い言葉に、フェイは安堵した。自分たちがオロオロと立ち回るより、彼女に任せておけば間違いはない。ここで大騒動を起こす事は研究所にとってもメリットはないだろう。



 真剣な面持ちで助言をくれた上司に軽やかに手を振ると、フェイは二人に追いつくべく夕暮れの街へと疾走していった。



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