21. ヴァートの警告
夜に続き更新予定です。
「レミ……僕は、君を――」
「何してんの!? アンタ誰!?」
路地の入り口から響いた甲高い叫び声に、二人はハッと視線を向けた。
路地の入り口で、息を切らせた小さな人影がこちらを睨みつけている。レミはその見慣れた姿に、胸が張り裂けそうになりながら叫んだ。
「リシェイ!?」
「レミから離れてよ!!」
リシェイは路地の脇に置かれていた木箱を、全力でヴァートめがけて投げ付け、ヴァートは咄嗟にレミから手を離して後ろへ飛んだ。拘束から解放されたレミのもとへ、リシェイが猛ダッシュで駆け寄る。
「大丈夫!? 変なことされなかった? 戻ったらいなくなってるから、探したんだよ、もうっ!」
「リシェイ……っ!」
こみ上げる恐怖と安堵に、レミはリシェイにしがみついた。だが、次の瞬間、現状の異常さを思い出してすぐさまヴァートの方へと向き直る。
木箱をヴァートは邪魔そうに蹴り砕いた。ガラガラと木屑が崩れ落ちる音の中、青い髪の青年は、凍りつくような冷ややかな瞳でこちらをじっと見つめていた。
「誰だか知らないが……邪魔をするなら、女子供でも容赦はしない」
ヴァートが右手をかざすと、虚空に禍々しい光が走った。その裂け目から現れた槍の柄を、彼は無造作に掴み取った。
何もない空間から突如現れた武器に、リシェイは息を呑んで立ちすくむ。
ヴァートの瞳には、先ほどまでレミに向けていた歪んだ情愛の欠片すら残っていなかった。
親友を守ろうと立ちはだかる少女へ向けられているのは――冷酷無比な、本物の『殺意』だった。
「何あれ……何もないところから武器が……」
未知の術で槍を顕現させ、ピッと切っ先を地面へ向けたヴァート。彼は酷く静かに、冷たい溜息を吐き出した。
「せめて痛みを感じないよう、一瞬で終わらせてあげるよ」
ヴァートの容赦のない一言に、レミは両手を大きく広げてリシェイの前に立ちはだかった。
「やめて! リシェイを傷つけないで!」
「それは彼女次第だ。おとなしく引き下がってくれそうにはないからね。どこの誰かは知らないが……」
「リシェイは、大切な私の友達なの! 絶対に死なせたりしない!」
レミはヴァートを強く睨みつけた。いつも怯えて視線を落としてばかりだった少女が見せた強い意志の光に、ヴァートは予想外の光景を見たように目を丸くした。
「私、絶対にどかない! ヴァートさんがリシェイを刺す前に私が盾になる!」
涙を流しながらも微動だにせず立ちはだかるレミの姿に、真の親愛を感じ取ったリシェイは、怯みかけた心を奮い立たせた。
確固たる覚悟を眼差しに宿すレミを見つめ、ヴァートはぽつりと呟いた。
「初めてだな……君が、そんな風に大声を出して誰かを庇うなんて……」
不意にヴァートの瞳から刺々しさが消え、槍の切っ先がゆっくりと下ろされた。
「君がおとなしく戻るなら、彼女に危害を加える気はないよ。僕は無意味な殺生を好むわけじゃないんだ」
「アンタ……もしかして、ライフェンってヤツの手下!?」
『戻る』という言葉に敏感に反応したリシェイを、ヴァートは冷たく射抜いた。
「そうだとしたら、どうだと言うんだ? 僕の最優先事項は彼女の保護であり、それ以外に興味はない。彼女さえ取り戻せれば、君がどうなろうと知ったことではないんだよ。……これは警告だ。今なら見逃してあげなくもないが」
リシェイは腰のダガーを引き抜いて構えようとしたが、レミに強く制止された。腕にしがみついてダガーを引かせまいとするレミを、リシェイは振り払おうとする。
「離してってば! アタシが……!」
「リシェイじゃ敵わないよ! お願いだから逃げて!」
その言葉にリシェイはカッとなった。自分だって訓練を積んできたデュロアルの戦士なのだ。カインやゼロの戦いだって見てきた。こんな優男に負けてたまるかという苛立ちと、戦闘員ではないレミに力量を指摘された悔しさがプライドを刺激する。
「やってみなきゃ分かんないでしょ!」
「私はリシェイにも、ヴァートさんにも傷ついてほしくない……!」
「え……?」
リシェイは思わず目を丸くした。仲間である自分を庇うのは分かる。だが、なぜ自分たちを追い詰める敵まで庇おうとするのか。
「じゃあ、どうやってここを切り抜けるの!? 二度と戻らないって決めたんでしょ!? なら、倒すしかないじゃない!」
「……交渉決裂だな」
ヴァートが再び槍を構え、リシェイもレミを背後へ押しやってダガーを突き出した。
レミの青い瞳から大粒の涙が溢れ出す。
二人が間合いを詰め、刃を交えようとしたまさにその瞬間――世界を揺るがすほどのエーテルがレミの身体の奥底から噴き出した。
「やめてぇぇぇっっっ!!!!」
突如、レミを中心に壮絶な閃光が解き放たれた。
真白な光の柱が天を突くように立ち昇り、昼間以上の光量が薄暗い路地裏を一瞬で飲み込んでいく。あまりの眩しさに、リシェイもヴァートも視界を奪われ、腕で目を覆うしかなかった。
***
――ドクン
心臓が跳ね上がるような強い脈動が、全身を駆け抜けた。
トレーニングルームで剣を振っていたカインは、金縛りに遭ったようにその場に固まった。
「っ……!? な、何だ……!!」
手から滑り落ちた剣が、カランと虚しい音を立てて床を転がる。拾い上げようとした瞬間、両目の奥が灼熱の炎で焼かれるような激痛に襲われ、カインは思わず目頭を強く押さえ込んだ。
「目……っ、何……っ!!」
この熱気、この圧迫感――『真紅の瞳』の力だ。
感情が高ぶっているわけでもないのに、なぜ突然、抑えきれないほどのエネルギーが湧き上がってくるのか。
視界が真っ赤に染まり、頭が割れるような頭痛とともに、己の中の荒々しい破壊衝動が渦を巻いて溢れ出しそうになる。
「うっ……あ、あぁっ! くそっ…!!」
***
路地裏を埋め尽くしていた光の柱が、徐々に収束していく。
眩しさに目を塞がれていた二人を見て正気に戻ったレミは、リシェイの手を強く掴むと、疾風のごとく走り出した。
まだ視界が完全に回復していないヴァートは、目を細めながら手を伸ばしたが、距離感を掴めずその手は宙を掻いた。
「くっ……! 待つんだ、レミ!」
光の柱と叫び声を聞きつけ、表通りから市民が集まり始めていた。さすがに人の目に晒されるのはまずいと判断したヴァートは、一足飛びで屋根の上へと躍り出ると、闇の中へ一時退却した。
雑踏の中を、レミはリシェイの手を引いて必死に駆け抜ける。何人もの通行人にぶつかったが、振り向いて謝る余裕すらなかった。
完全に人ごみに紛れ、ヴァートの気配が遠のいたことを確認すると、レミは走りながらリシェイへ視線を向ける。その瞳には、悲壮な決意が宿っていた。
「……もう少しで、リシェイまで危険に巻き込むところだった……」
「えっ……? レミ、何を……」
「ここからはもう、一人がいい。ごめんね……私、迷惑ばかりかけて……」
本当はもっと早く、デュロアルから去るべきだったのだ。けれど、ここでの暮らしがあまりにも温かく幸せだったから、留まりたいと甘えてしまった。
初めてできた『家族』のような存在。
生きる喜びを教えてくれた大切な場所。
けれど――その甘えが、大切な仲間を失うことに直結するのだと痛感させられた。
「カインに……みんなに、ありがとうって伝えて……! さようなら!」
「待ってよ、レミっ!」
レミは手を振り払うと、ひしめく人の波の中へ一人飛び込んでいった。
リシェイは必死に手を伸ばしたが、押し寄せる群衆に阻まれて届かない。遠ざかっていく銀色の髪。人垣を掻き分けようにも、思うように前へ進めなかった。
あっという間に、レミの姿は雑踏の中に消えてしまった。
「レミ、どこ!? 待ってよ! さよならなんて……そんなのダメだよ!!」
リシェイは悔しさに拳を強く握りしめた。一人で探し続けるより、まずカインたちに知らせなければ。リシェイは唇を噛み、屋敷へ向けて駆け出した。
***
一方、デュロアル本部のトレーニングルーム。
「……収まった……? 一体、何だったんだ……」
床にうずくまっていたカインは、ゆっくりと両手を顔から離した。
瞼を開くと、赤く染まっていた視界は元に戻っていた。だが、激しい熱の余韻と脂汗が額を濡らし、荒い息が肩を上下させる。
最近──いや、レミと出会ったあの日以来、瞳や妙な声に関わる事象の頻度が増えている。
それは薄々感じていた。
落ちていた剣を拾い上げ、鞘へ納める。
疲労のせいかもしれないと自分に言い聞かせた。シャワーを浴びて着替え、自室へ戻ろうと廊下を歩いていたその時、リシェイの慌ただしい足音が響いた。ただごとではない雰囲気に、カインは小走りで駆け寄った。
「おい、リシェイ。何バタバタしてんだよ」
「カイン! レミ……レミが!!」
「レミ……? どうしたんだ、一体何があった!?」
騒ぎを聞きつけたフェイも廊下の奥から姿を現す。血相を変えたリシェイは、カインの胸倉を掴まんばかりの勢いで叫んだ。
「あの研究所の追っ手が来たの! 撒いたんだけど……レミがそのまま、いなくなっちゃったの!!」
「何だって!?」
カインとフェイの声が重なった。
追撃の可能性は頭にあったが、まさか異大陸のこの街をこれほど早く特定してくるとは。カインはリシェイの肩を掴んだ。
「レミはどっちに行ったんだ!?」
「わ、分かんないよ! 人混みでもみくちゃになっちゃって……」
(あのバカ、頼れって言ったろ!!)
自分の楽観と、一人で全てを背負って飛び出した彼女への激しい焦燥が、カインの胸を苛んだ。




