幕間 始まりの神話
幕間と14話 一挙更新です。
これは、忘却の彼方に追いやられた、遠い神話の始まりの記述――。
今より溯ることおよそ五千年。
世界はあまねく生命の芽吹きに溢れ、神々の秩序のもとで静かな調和を保っていた。
地上の生とし生けるものは天空を仰いで神々を敬い、神々もまた慈愛をもって命の営みを見守る。
時に小さな諍いはあれど、世界は永遠とも思える平穏の刻を享受しているかに見えた。
だが――秩序を統べる神々の中に、その理を根底から愚弄する者が存在した。
絶対なる破壊を象徴する邪神、エルゲイン。
神々の中でも並び立つ者のない強大な神威を誇るエルゲインは、あまりに脆弱な地上の生命に等しく力を与え続ける創世の在り様に、深い疑問と蔑みを抱いていたのだ。
(なぜ、全能たる我らが、これほど脆く無力な虫ケラどもと等しく共存せねばならぬのか)
(なぜ、力を持ちながら地上を支配し、服従させぬのか)
(なぜ、我らに背く不完全な存在の芽を、異物として即座に摘み取らぬのか)
昏い思考の果てに、エルゲインは一つの不敬なる「真理」へと辿り着く。
この不完全な世界は、我ら神が整えた美しき庭ではない。
勝手に繁殖し、歪みを広げる欠陥の集積に過ぎないのだと。
神々が不完全な泥人形にまで無価値な慈悲を注ぎ、世界を蝕む害悪を看過したからこそ、世界は歪み、衰微しているのだと。
――ならば、すべてを無に還し、正しく創り直せばよい。
滅びを司る己の力こそが、この世界を真の完成へと導く至高の救済なのだと、邪神は信じて疑わなかった。
己の足元に跪く優良な種だけを残し、他の無価値な生を根絶やしにする――。
邪神エルゲインの歪んだ妄執は、やがて凄絶なる「大破壊」として地上に解き放たれることとなる。
エルゲインの振るう破壊の神威は、世界を刹那のうちに絶望の淵へと叩き落とした。
黒煙に覆われた暗澹たる空は太陽の光を永遠に閉ざし、焦土と化した大地から生命の息吹が消え去っていく。
明日を奪われた生命は途方に暮れ、絶叫の中で一つ、また一つと灯火を散らしていった。日に日に命が潰えていく惨状は、紛れもなく世界の終焉――末世の光景であった。
だが、地獄と化した地上を見つめ、静かに立ち上がる一柱の神がいた。
邪神エルゲインと対を成す強大な神威を誇る、誕生と再生の光神――ハーヴェル。
言葉による説得の途が完全に潰えたことを悟ったハーヴェルは、自らの神核を破砕する覚悟を固め、実力行使をもって邪神の暴走を打ち砕くべく対峙する。
創世の理を揺るがす神々の激突は、天を裂き、海を枯らすほどに凄絶を極めた。
死闘の果て、辛くも勝利を収めたのは光神ハーヴェルであったが、その神体もまた滅びの寸前まで摩耗し切っていた。
残された極小のエーテルを振り絞り、ハーヴェルは死滅しかけた地上に最後の「再生の祝福」を解き放つ。
そして、深手を負った自らの魂を癒やすため、果てなき封印の眠りへと就いたのだった。
いつ明けるとも知れぬ、悠久の刻の底へ――。
滅びの劫火を生き延びた地上の生命は、奇跡の再創生をもたらしてくれたハーヴェルに深く感謝し、その名を讃えながら新たな歩みを始めた。
しかし――重なる年月はあまりにも無慈悲だった。
数千年の歳月は神々の死闘をただの「美しき寓話」へと風化させ、人々の記憶から真実の恐怖を押し流していった。
かつて世界を滅ぼしかけた邪神の存在も、世界を救った光神の犠牲も、今や古びた伝承として一部の学術や狂信的な信仰の中に残るのみ。
……だが、それこそが、光神ハーヴェルが身を賭してまで願った世界の姿だったのかもしれない。
神という絶対的な庇護を失ってなお、生命が自らの足で立ち、自らの意思で未来を切り開いていくことこそを。
そして、時は流れ―――
神話がただの物語へと成り果てた時代に、再び「歪み」の芽が静かに解き放たれようとしていた。
この世界で一番広く知られているというハーヴェルとエルゲインの物語。
多くの人間がハーヴェルを信仰しています。




