11. リトラスの武器屋にて
追加更新です。
デュロアルからリアンシティのマーケットへと続く道のりを、カインは慣れた足取りで歩く。横を歩くレミは見慣れぬ街の景色に興味津々で、あちこちへ左右に視線を走らせていた。
やがて人の往来が激しくなり、メインストリートの両脇に所狭しと露店や商店が立ち並ぶエリアへ出た。
「すごい……こんなに人がたくさん……! ねぇ、あれは何? これは? みんな何をしているの?」
見たこともない色鮮やかな光景に惹き込まれるレミを見て、カインの口元が自然と緩む。
「慌てるなって。時間はたっぷりあるんだから、ゆっくり案内してやるよ」
快晴の青空の下に広がる活気あふれるマーケット。この街は赤レンガ造りの建物が多く、空の青と街並みの対比が実に美しかった。
珍しい輸入雑貨が並び、どこからか香ばしく旨そうな匂いが漂ってくる。太陽の光を浴びて煌めく宝石や装飾品、広場を沸かせる大道芸人たち。色とりどりの風船が風に揺れ、威勢の良い客引きの声や、路上詩人の歌声が心地よく重なり合っていた。
目を輝かせながら小走りに店を覗き込んでいるレミの姿に、カインは胸を撫で下ろした。
驚きと戸惑いの方が強いようだが、少なくとも喜んでくれているのは確かだ。まだ強張りの残るその表情からでも、彼女の喜びが伝わってきた。
賑やかな繁華街を抜け、カインはふと通り沿いの一角で足を止めた。
「レミ、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの?」
「ちょっと武器屋に寄りたいんだ。研ぎに出していた剣を取りに行きたくてさ」
頷くレミを連れ、慣れた足取りで目的の店へと向かう。
辿り着いたのは、重厚で少し古びた赤レンガの建物だった。軒下には剣と盾を象った古風な木製看板が揺れている。誰が見ても一目で武器屋だと分かる、カイン行きつけの老舗店だ。
扉を押して中へ入ると、カランカランと心地よい鈴の音が店内に響いた。
「こんちはー!」
壁には各地から輸入された武具や、この店の主人が自ら打ち鍛えた名品が整然と並んでいる。武器屋特有の物々しさはなく、店内の景観を損なわないよう細やかな配置がなされていた。歩くたびに木張りの床がギシギシと鳴るが、それすらも老舗ならではの良い味わいだ。
「いらっしゃい……おお、カインか。剣を取りに来たのかね?」
カウンターでパイプをくわえながら新聞を読んでいた、白髪白髭の老人がこちらへ向き直る。カインはひらひらと手を振り返した。
「ああ、もう出来上がってるか?」
「刃こぼれを綺麗に研ぎ直しておいたぞ」
老人はカウンターの下から黒鞘の長剣を取り出し、差し出した。
受け取ったカインはゆっくりと剣を数インチ抜き、感覚を確かめるように目を閉じて精神を研ぎ澄ます。
手になじむ柄の感触、絶妙な重量バランス。預ける前に感じていたわずかな違和感は完全に消え去っていた。
「完璧! やっぱリト爺の腕は確かだな!」
「はっはっは、当然じゃ」
カインがニッと笑って剣を腰の帯に携えると、リトラスと呼ばれた老人は嬉しそうに目元を緩めた。
老鍛冶師リトラス=ソニアは、このセンティアル大陸でも指折りの名工として知られていた。しかし名声や金だけに群がる不頼漢を嫌い、滅多に自らの作品を売ろうとはしない頑固者だ。
だが、デュロアルの面々だけは別だった。
昔、モンスターに襲われていたところを救われて以来、ルディナスと深い親交を結び、組織の創設前から家族同然の付き合いを続けているのだという。
ふと、リトラスの視線がカインの背後に佇むレミへと注がれた。視線が交わると、レミはぺこりと丁寧に頭を下げる。
「おや……見かけん顔だな。お前さんの連れかね?」
「ああ、新しい仲間で、レミだよ。一昨日からデュロアルの『家』に来たんだ」
カインは一歩脇へ避け、リトラスに彼女の姿がよく見えるよう促した。
「レミ、こっちは鍛冶師のリトラス=ソニアさん。みんな『リト爺』って呼んでる。デュロアルができる前からルディナスさんと親交がある、古い付き合いなんだ」
「初めまして、リトラスさん。レミと申します」
レミが深々と頭を下げると、リトラスも破顔して手招きした。
デュロアルに籍を置く者は多いが、カインたちが暮らす『家』に迎えられる人間はほんの一握りだ。最後に加わったリシェイでさえ数年前のこと。あそこに受け入れられたというだけで、彼女が信頼に足る娘なのだとリトラスは察したようだった。
ふと店内を見回していたカインは、あることを思いついた。
「そうだ。レミにも何か護身用の武器があった方がいいんじゃないか?」
「武器……?」
「ああ。俺が守るって言っても、何かと不安だろ?」
「そ、そんなことないよ……!」
信用していないと思わせてしまったかと、レミは焦ったようにぶんぶんと頭を振る。
「ははっ、分かってるって。皮肉じゃないんだ。護身用でも持っていれば気休めにはなるだろ。リト爺、レミにも何か扱いやすいものを見繕ってやってくれよ」
するとリトラスは、カウンター脇から一本の細身の杖を取り出した。透き通る魔水晶があしらわれた、上品な装飾の品だ。
「フム……このロッドなどはどうだ? 女性でも扱いやすく、折りたたみ式で場所も取らんが。潜在エーテルの値が低くても、防御壁と相手をつき飛ばす程度の攻撃波なら出せるものだ。どうだ?」
「そうだな……。戦闘員ってわけじゃないから、ゴツくて邪魔になるのは重いしな」
カインたちが品定めをしていると、レミがふと店内を歩き出し、壁に掛けられていた一本の弓に手を伸ばした。そして、躊躇いもなくすっと美しいフォームでそれを構えてみせたのだ。彼女が弓を選ぶとは思っておらず、カインは驚いて目を瞬かせた。
「レミ、それ弓だぞ? 弓は的に当てるだけでも相当な訓練が必要だと思うけど」
「大丈夫。私、弓は結構得意なの。昔、心を落ち着かせるためによくやっていたから……。研究所では力は制限されていたから、当たれば光の粒になる遊びみたいなものだったけど、今なら少しくらい攻撃力に出来るかも……」
「弓を? あの研究所でか? なんでまた弓なんだ?光の粒って?」
──『集中して弓を引く時間は、心を落ち着かせるのにも良いと思うんだ』
そう言って、優しく弓の手ほどきをしてくれた『彼』の姿がレミの脳裏をよぎる。
「構えの基本は覚えているよ。ヴァートさんに教わったから」
聞き覚えのない名前に、カインは片眉を跳ね上げた。
「ヴァート? 誰だ、それ」
「えっと……」
レミは言葉を濁し、カインから視線を逸らした。その先に、店の端に設置された練習用の的がある。彼女は的へ向けて弓を構えたが、矢を手に取る様子はなかった。
「おい、レミ。矢は――」
「大丈夫。矢がなくても……私の中のエーテルを使えばいいから」
リトラスが興味深そうに白い眉を上げた。
「ほう。試すなら、その的を使うといい。周りには当てんようにな」
「はい。ありがとうございます」
レミは的の正面へ立ち、改めて弓を構え直した。
「今までは枷で力を抑え込まれていたけれど……もうできると思うの。私、体内のエーテルを練り上げるのは得意だから」
静かに息を整え、弦を引く。
周囲の空気が微かに震え、彼女の指先へ淡い光が集まり始めた。術師がエーテルを練り上げる時に感じる、あの独特の気配だ。
次の瞬間、引き絞られた弓に、一筋の光の矢が形を成した。
バシッ――!!
弦が鳴り、解き放たれた光の矢が的の真芯を射抜いた。光は衝撃とともに霧散したが、木製の的には深くえぐれた跡が残っている。
「……おいおい。矢が要らねぇって、そういうことかよ」
カインは的とレミを交互に見つめ、驚きの息を吐いた。
「エーテルを矢の形にして、狙ったところへぶち込むなんて……腕のいい術師でも、そう簡単にはできねぇぞ」
矢を形作るだけでなく、的に届くまでその形と威力を保ち続ける。弓の腕前はもちろん、エーテルを操る技量も並外れているらしかった。
(ヴァートって奴のことも、研究所での暮らしも気にはなるけど……言いたくねぇなら、無理に聞き出すこともねぇか)
カインは改めて、レミが手にしている弓を見た。慣れたものを持っていた方が、本人も心強いだろう。
「決まりだな。リト爺、この弓を頼む」
「うむ。畳み方も教えておこう」
リトラスから扱い方を教わり、レミは弓を丁寧に折りたたんだ。専用の留め具で腰元に収めると、その位置を確かめるようにそっと手を添えた。
買い物と挨拶を終えた二人は、軽く雑談をすると温かく見送ってくれるリトラスに手を振り、武器屋を後にして再び活気あふれるマーケットへと繰り出した。




