10. デュロアルで迎える朝
本日、11時台と20時台の2回更新の予定です。
デュロアルに迎えられて、三日目の朝。
カーテンの隙間から差し込む柔らかい光に、レミはゆっくりと目を覚ました。
「ん……あかり……?」
身を起こし、そっとカーテンを開ける。
目の前に広がっていたのは、黄金色の朝日に照らされた街の屋根と、どこまでも澄み渡る青空だった。
あの冷たい隔離室も、鉄格子の窓も、左手を締め付けていた禍々しい拘束具も、もうどこにもない。
昨日、メルとリシェイが楽しそうに選んでくれたピンクのトップスと白いフレアスカートに袖を通す。部屋を出ると、廊下の窓辺には花瓶に挿された鮮やかなオレンジ色の花が飾られていた。
「綺麗……。確かこれ、カーネーション……」
本でしか知らなかった世界。
本物の花を見たのは、人生でこれが二度目だった。
一度目は――あの冷たい研究所で、照れくさそうに笑いながら花束を差し入れてくれた、青い髪の青年。
(ヴァートさん……)
胸に去来した温かさと切なさをそっと抱きしめ、レミは首を振って歩き出した。
トントントン――と、廊下の奥からリズミカルな音が響いてくる。
辿り着いたのは明るい厨房。エプロン姿のメルが、鼻歌交じりに包丁を動かしていた。
「あら、レミさん。おはようございます、早いですね!」
「おはよう、メル。何をしているの?」
「みんなの朝ご飯ですよ。当番制なんですけど、うちの人たち、壊滅的にお料理が下手で……放っておくと台所が大変なことになっちゃうんです。だから結局、私が作ることになっちゃって」
メルは困ったように肩をすくめた。そんなメルの姿を見つめ、レミは胸の前できゅっと手を握りしめた。
「メル……お願いがあるの」
「え?」
「私に、お料理を教えてほしいの。……少しでも、みんなの役に立ちたいから」
真剣な青い瞳で見つめられ、メルは目を丸くしたあと、パッと花が咲くような満面の笑みを浮かべた。
「もちろん喜んで! じゃあ早速、基本の野菜スープから特訓しましょう」
***
午前八時。
「カイン〜、起きてー! 朝だよーっ!」
バフッ!と布団を引っ剥がされ、カインは朝の冷気とリシェイの声に叩き起こされた。
「……うっせぇなぁ。なんで朝からそんな元気なんだよ……!」
「早起きしないと損するって言ってるでしょ。ほら、さっさと顔洗って! 朝ご飯片付かないじゃん!」
渋々身支度をして部屋を出ると、リシェイが「遅いし!!」とまた膨れる。いちいち起こしにくるなと文句を言いながら食堂のドアを開けたカインは、立ち止まった。
「おはよう、カイン」
テーブルでスプーンを並べていたレミが、振り向いてぺこりと頭を下げる。
だが、その姿は出会った時とはまるで違っていた。
「……あれ? 髪、切ったのか?」
腰まであった銀髪は、肩甲骨の下あたりですっきりと切り揃えられ、額には軽やかな前髪が作られている。
厨房から嬉しそうに現れたメルが、レミの肩に手を添えた。
「ふふ〜ん、どうですか! 私が見立てた前髪、すっごく似合ってるでしょう? まるでお人形さんみたいに可愛いです」
「お、おう……なんか、すげぇ印象変わったな。前よりずっといいじゃん」
「ちょっとカインさん、もっと気の利いた褒め言葉はないんですか!」
メルに突っ込まれながら席に着くと、レミがおずおずとスープ皿を運んできた。刻んだ野菜がたっぷり入ったコンソメスープに、ハムと卵のトースト。
「これ、レミさんが作ったんですよ!」
「へぇ……いただきます」
カインがスプーンを口に運ぶ。
一口すすった瞬間、思わず目を見張った。
「……美味いじゃん。野菜の甘みが出てて、ちょうどいい味付けだ」
「ほんとだ! メルが作ったのと同じくらい美味しい」
「えへへ、レミさん、一度手順を説明しただけで全部覚えちゃったんです。私より筋がいいかも!」
褒め言葉のシャワーを浴びて、レミは恥ずかしそうに頬を染め、ぎこちなく口元をほころばせた。
「ありがとう……。誰かに『美味しい』って喜んでもらえたの、初めてだから……すごく、嬉しい」
その控えめな笑顔の愛らしさに、メルは内心で(か、可愛すぎる……!)と悶絶している。
食後のコーヒーをすすりながら、リシェイが椅子を揺らした。
「今日アタシたち、みーんな仕事休みなんだよね。何する何する!?」
「俺はレミを街に連れてって、足りない日用品や服を買い揃えようと思ってたんだけど。お前らも来るか?」
カインの何気ない提案に、リシェイが「行くー!」と飛び跳ねようとした瞬間――メルがすかさずリシェイの口を後ろから塞いだ。
「むぐっ!? なにすんのメ……んんっ!?」
「何言ってるんですか、リシェイちゃん! 私たちはこれから女子トークで大忙しですよねぇ!?」
メルはリシェイの背中を小突いて合図を送りながら、満面の笑みをカインに向けた。
「というわけですので! 私たちはお邪魔いたしません。カインさん、存分にデートを楽しんできてくださいね!」
「そうそう! 頑張ってね、カ・イ・ン!」
ぶふっっ!!!
カインは飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
テーブルに飛散する黒い液体にリシェイとメルがぎゃあぎゃあと捲し立てた。
「ぎゃあああっ! 汚ったなーい!」
「カインさん最悪ですー」
「ゲホッ、ゴホッ……! な、何言ってんだバカコンビ! デートなわけあるか!!」
「いいからいいから! ほらレミさん、楽しんできてくださいね!」
二人はケラケラと楽しそうに笑いながら、パタパタと廊下へ逃げ去っていった。散らばったコーヒーを布巾で拭きながら、カインは盛大に頭を抱える。
「ったく、あいつら……」
すると、隣でエプロンを外したレミが、不思議そうに小首を傾げてカインを見上げてきた。
「ねえ、カイン。『デート』って、なあに?」
変わらぬ無垢さで放たれた一撃に、カインは拭く手を止め、天を仰いだ。
「……覚える必要のない言葉だ。ほら、食ったら行くぞ」




