閑話:3人娘のおつかい任務その1
「ふぇぇ……っ! 入らないですぅ……! 全然閉まらないですぅ……!」
中庭の石段の前で、巨女ミラが背嚢の上に全体重を乗せていた。豊満な胸元が揺れ、額に汗が光る。特大背嚢の口からは、茶色いパンの山が溢れ返っていた。
「ミラ様。遠征用の背嚢に、焼き立てパン三十個は過積載です」
音もなく現れたライラが、平然と荷紐を解いていく。
「ひゃぅっ!? ラ、ライラさん、没収しないでくださいぃ……!」
「重量過多は機動力を著しく削ぎます。携行食は最小限が鉄則です」
「で、でもぉ……! お夜食の干し肉と、おやつの焼き菓子だけは……!」
「すべて却下です。今回の任務は、三泊四日の行軍ではありません」
ライラは無表情のまま、パンを半分以上つまみ出していく。
「あはは……ミラ、遠足に行くんじゃないんだから我慢しなよ」
ミミィが苦笑いし、足元にすり寄る子犬の頭を撫でた。
「白銀ちゃんも、朝ご飯はお肉一切れだけで我慢したんだよ?」
「くぅ〜ん!」
子犬が尻尾をちぎれんばかりに振る。
「ふぇぇ……だって、歩いているとお腹が空いちゃうんですぅ……!」
「そこまでにしとけ、お前ら。朝っぱらから賑やかだな」
通用口から、法衣を着崩した青年――俺が現れた。
羊皮紙の地図を広げ、三人の前に立つ。
「いいか三人とも。今回の目的地は、王都の東にある『霧立ちの湖水集落』だ」
「薬草の採取と、特産魚の買い付け任務ですね!」
「ああ。これはお前たち三人だけで挑む、自立パーティの試験だ」
マルクは三人を順に見つめた。
「俺やレッドアイズたちは同行しない。現場の判断はすべて自分たちで下せ」
「はいっ! 任せてください、先生!」
「ふぇぇ……先生がいないと思うと、心細くて震えちゃいますぅ……」
「周囲の索敵、および安全確保は私にお任せください。マルク様」
「頼んだぞライラ。……ミラ、道中で腹が減っても勝手な買い食いは厳禁だぞ」
「は、はいですぅ! お腹がグゥって鳴っても、絶対我慢しますぅ!」
マルクに見送られ、三人と一匹は本部の門を出発した。東門へ続く大通りには、無数の屋台が並んでいた。肉を炙る音と、甘辛いタレの煙が漂ってくる。
ピタッ。
「……っ!」
ミラの足が、見えない壁に衝突したかのように止まった。
「す、すっごく香ばしい匂いですぅ……! タレが……お肉が呼んでますぅ!」
「駄目ですミラ様。出発してまだ十五分しか経過していません」
ライラがミラの腰布をぐいっと後ろへ引っ張った。
「一口だけでいいんですぅ! あの串焼きを一本だけペロッと……!」
「ミラ、前を見て! ほら、足を前に動かして!」
「わんわんっ!」
両腕を抱えられ、ミラはズルズルと引きずられていく。涙目で屋台の煙を振り返りながら、ようやく東門をくぐり抜けた。
街道へ出ると、青空と並木道が続いていた。しかし――出発からわずか二時間が経過した頃だった。
ゴルルルルルゥッ……!
地底の魔獣のような重低音が、静寂を切り裂いた。
「ひゃぅぅっ!? ご、ごめんなさいですぅぅぅっ……!」
ミラが真っ赤になり、お腹を両手で抱えてしゃがみ込んだ。
「ミラ……! まさかとは思うけど、もうお腹が空いたの!?」
「ふぇぇ……歩いていると、身体の芯がカッカと熱くなってきちゃうんですぅ!」
「歩行のエネルギー消費ですね。……想定の範囲内です」
ライラが立ち止まり、木立へ視線を向けた。
「背嚢の携行食だけでは、到底目的地まで持ちません」
「えっ……じゃあ、どうするのライラさん?」
「現地調達を行います。街道から少し外れた沢沿いで、昼食を確保しましょう」
「現地調達……! 野外のご飯ですね! 私、お魚捕まえてきます!」
「白銀ちゃんと一緒に、浅瀬へ魚を追い込んでください」
「わんっ!」
ミミィと白銀が清流へ向かう。
ライラはミラへ向き直った。
「ミラ様は、火を起こすための薪を集めてきてください」
「薪集めですね! 太い枝を拾ってくればいいんですかぁ?」
「太さは問いません。乾いた木であれば、丸太ごと運んでいただいて結構です」
「はいですぅ! お腹いっぱい食べるために、頑張りますぅ!」
ミラは倒木を両手で引っこ抜き、バキバキとへし折った。あっという間に、巨大な薪の山ができ上がっていく。一方の清流では、ミミィと白銀が水しぶきを上げていた。
「白銀ちゃん、あそこの岩陰に大きな魚がいるよ! 逃がさないで!」
「ぐるるっ……きゃんっ!」
白銀が水面へ、極小の氷結ブレスを放った。
カチィィィンッ!
水流の一部が凍りつき、驚いた大魚たちが水面へ浮き上がる。
「やったぁ! 白銀ちゃんナイスアシスト! 全部捕まえたよ!」
川魚を両手いっぱいに抱え、ミミィが誇らしげに駆け戻ってきた。
「見事な連携です。私が周囲で採取した香草を使いましょう」
ライラは小刀を抜き、鮮やかな手つきで魚の内臓を処理した。腹に香りの良い野草を詰め、大きな青葉で手際よく包み込んでいく。
「ライラさん、お料理もできるんですね! 手先がすごく器用です!」
「訓練の一環として、野草の鑑別と毒物の知識は叩き込まれました」
ライラは淡々と答え、焚き火の熾火の中へ包みを並べた。香草と魚の焼ける煙が、爽やかに漂い出す。
「ふぇぇ……! すっごくいい匂いですぅ……! 涎が出ちゃいますぅ……!」
「もうすぐ焼けますから、落ち着きなさい、ミラ様」
やがて、蒸気を上げる青葉の包みが一人一人に手渡された。葉を開くと、ふっくら焼き上がった白身から湯気が立ち上る。
「いただきますですぅ! はふっ、はふっ……もぐもぐ……!」
ミラが大きな口で齧りついた瞬間、丸い瞳がパッと輝いた。
「……っ! ふわふわで、皮がパリッとしてて、すっごく美味しいですぅ!」
「本当だ! 川魚なのに全然泥臭くない! 香草の香りが染み込んでるよ!」
「白銀ちゃんもどうぞ。骨を綺麗に取り除いた身です」
差し出された小皿の魚を、白銀がフガフガと平らげる。腹八分目まで満たされたミラが、満足そうにお腹をさする。
「ふぇぇ……生き返りましたぁ……ライラさん、ありがとうございますぅ」
「礼には及びません。……さて、火を完全に消火し、出発いたしましょう」
ライラは焚き火の跡に土を被せ、街道の方角を見据えた。
「この先、湖水地方の境界に入ります。湿地帯特有の魔獣にご注意ください」
「うん! お腹もいっぱいだし、どんな魔獣が来てもへっちゃらだよ!」
「はいですぅ! 私の大槌で、ぜんぶ吹き飛ばしてみせますぅ!」
気合を入れ直した三人娘と一匹は、目的地へ向けて再び歩み出した。




