閑話:ロイスの指導
朝の澄んだ空気が、レッドアイズ本部の訓練広場を満たしていた。
「おーよしよし、いい子だなぁ! 可愛い奴だぜ」
ロイスはしゃがみ込み、手のひらサイズの子犬を撫で回していた。
白銀は仰向けになり、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「……オーグを震え上がらせた『白銀狼王』がこれかい?」
魔獣の面影など微塵もない姿に、ロイスは苦笑した。
「ロイスさん、白銀ちゃんを可愛がってくれてありがとうございます!」
ミミィが木剣を握り、元気に頭を下げた。
「先生から、ロイスさんは戦場の隙間を埋める達人だと伺いました!」
「達人だなんて買い被りすぎだぜ。……まあ、軽く手合わせしてみるか」
ロイスは立ち上がり、訓練用のダガーを構えた。
「手加減はしねぇぞ。いつでも飛び込んできな!」
「はいっ! 【ステップ・イン】!」
ミミィはマルク直伝の体幹操作で、鋭く地を蹴って懐へ滑り込んだ。踏み込みから、木剣をまっすぐに振り下ろす。
パシッ!
ロイスは最小限の身のこなしで刃筋を外し、ダガーの腹でいなした。
「おっと! 足腰の踏ん張りや瞬発力はなかなかの筋だぜ」
「!? 簡単に受け止められちゃいました……!」
「動きはいいが、こりゃ剣術は完全に素人だな!」
「テイマーが魔獣と一緒に前線の一歩手前まで出るなら、これじゃ足りねぇ」
「足りない、ですか……?」
「ああ。中衛を張るなら、敵の反撃を弾くための盾も必要だ」
この世界では、【主脈】だけでなく【枝脈】の連携が強さを左右する。魔獣への指示と自身の攻防を両立させるには、確かな型が不可欠だった。
「……まったく、足さばきだけじゃなく盾術と剣術まで教えるなんてよ」
ロイスは頭を掻き、ため息をついた。
「俺だけじゃ荷が重いぞ、マルク」
「あの……ロイスさん、私、やっぱり無理でしょうか……?」
不安そうなミミィに、ロイスは慌てて手を振った。
「無理なわけねぇだろ! まずは俺の得意な足さばきから叩き込んでやる!」
「はいっ!」
「敵を正面から迎え撃つな。相手の視線や肩の引き、重心の傾きを盗み見るんだ」
ロイスはダガーの切っ先を揺らし、流れるようなステップを実演した。
「相手が踏み込んでバランスを崩す、コンマ数秒先の隙間に身を滑り込ませろ」
「視線と重心……隙間に滑り込む……」
「そうだ! 理屈は後だ、身体で覚えな!」
再び打ち合いが始まった。
だが慣れない観察眼に、ミミィの動きが硬くなる。
その時、足元の白銀が石畳を蹴った。
パチッ!
白銀の口から極小の氷粒が放たれ、ロイスが踏み込む石畳へ着弾した。
「うわっと!? 足場を凍らせやがった!?」
ロイスの体勢がわずかに傾ぎ、右肩の重心がブレる。その刹那、ミミィの身体が、教わった通りの隙間へ自然に滑り込んだ。
トンッ。
木剣の切っ先が、ロイスの喉元へピタリと突きつけられた。
「……え?」
ミミィは目を丸くした。
「わんっ!」
白銀が誇らしげに短い尾を振る。
「……参った。一本取られたぜ」
ロイスは両手を挙げ、楽しげに吹き出した。
「白銀のアシストも見事だが、あの隙間へ迷わず飛び込んできたのはお前だ」
「私、ちゃんと滑り込めていましたか……!?」
「ああ、完璧だったぜ! 足さばきの勘はもう十分に掴めてるな」
ロイスは首を鳴らし、ダガーを鞘へ納めた。
「あとは剣術と盾術だな」
脳裏に浮かぶのは、酒場でマルクが言っていた遠慮がちな言葉だった。
『他の奴らに見せると、才能の差にショックを受けかねない』。
「……まったく、あいつも過保護すぎるんだよ」
「レッドアイズは、人の才能くらいで心折れたりしないんだよ」
「え? 何か言いましたか、ロイスさん?」
「なんでもねぇよ! よしミミィ、ここで白銀と一緒に少し待ってな!」
ロイスは親指を立てた。
「うちのクランで一番腕の立つ、中衛の剣術使いを呼んできてやるからよ!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
飛び跳ねるミミィを残し、ロイスは足早に広場を出ていくのだった。




