第63話:二大巨頭の一撃
戦況を見据えていた俺は、前線へ怒鳴った。
「ミミィ、隙を作れ! あとはセリアとミラに任せろ!」
「はいっ! 白銀ちゃん、足元を止めて!」
「グルルァッ!」
白銀が石畳へ息を吹きかけると、吹雪がキメラの四肢を一瞬で凍りつかせた。動きを封じられた巨体が、大きく前へ傾ぐ。
無防備となった頭部の亀裂。そこへ、並び立つ二つの影が同時に地を蹴った。
「消し飛びなァッ!!」
セリアの紅蓮剣が灼熱の弧を描き、頭部装甲を焼き斬る。その亀裂の真上へ、ミラが天高く舞い上がって大槌を振りかぶった。
「みんなの道を――塞ぐなぁぁぁぁっ!!」
ミラの全身の筋肉が軋み、全魔力が一撃へと集約される。
「【剛力解放】――【超重力爆砕撃】ぃぃぃっ!!」
ドッゴォォォォォォォンッッ!!!!
轟音とともに、超重力の一撃が亀裂から体内深くへ浸透した。
ビキビキ、ドガガガガアンッ!
内側から膨れ上がった衝撃波が甲殻を突き破り、要塞級キメラの巨躯は粉々に粉砕された。黒煙が晴れ、出入口を塞いでいた紫黒の結界が、ガラスのようにパリンと砕け散った。
「しょ、消滅した……!?」
「結界が……開いたぞォォォッ!!」
今度こそ本物の歓喜の雄叫びが、生き残った数百名から一斉に沸き上がった。ジュリアスは己の未熟を恥じるように、俺とアークへ深々と頭を下げた。セリアは満面の笑みで、バチンと俺の背中を叩く。
「へへっ、いい手応えだったよ、マルク!」
「ああ、見事だったぜ」
俺は広間の奥に現れた、最深部へ続く大階段を見据えて瞳を細めた。
「ふぇぇ……や、やりましたぁ……!」
黒煙が晴れ渡る中、ミラが膝に手をつき、大槌を地面に降ろした。だがその直後、前線の中央でコテンと小さな音が響いた。
「ひゃぅっ……!? あ、足が……うごかな……痛い痛い痛いっ!」
ミミィがペタンと座り込み、両手で太ももを押さえて身悶え始めた。同時に、狼からプシューッと白い煙が噴き出し、ポンと手のひらサイズの子犬へ縮んだ。
「くぅ〜ん……?」
元に戻った白銀は、涙目で転がるミミィの顔を、心配そうにペロペロと舐めて回る。
「痛いよぉ白銀ちゃん! 手足の筋肉が千切れそうだよぉ……!」
「おいおい、どうしたんだい? 骨でも折られたかい?」
駆け寄ってきたミャロが豹耳をピクリと動かし、ミミィの肩へ手をかざした。
「【霊気調律】! ……って、あれ? 傷も毒もないね。治癒の魔力が弾かれちまうよ」
首を傾げるミャロの横へ、白銀の法衣を揺らしてリアーチカが駆け寄ってきた。ミミィを一瞥したリアーチカは、遠くで苦笑いする俺を見やり、深いため息をついた。
「またマルク先生の不思議な力ですね……? これ、私の治癒でもまったく効かないんですよ」
「えっ、治らないのかい!? 冗談じゃないよ、アタシの腕が悪いみたいじゃないか!」
抗議するミャロの横で、ミラがほっとしたように口元を緩めた。
「ふぇぇ……今回は、私じゃなくてよかったですぅ……」
「ミラ、酷いよぉぉ……!」
ミミィの情けない悲鳴が響き渡り、激闘の緊張感は温かな笑いへ溶けていった。
「さて……元凶の大型励起杭を、綺麗サッパリ引っこ抜きに行くとしますかね」
◇
大階段を下り、俺たちは大迷宮『黄昏の巨石回廊』の最深部――『地脈の心臓部』へ足を踏み入れた。
動けないライラとミミィ、負傷者たちは第4層で待機させた。即応可能な精鋭のみで降りてきた空間は、息が詰まるほどの静寂に包まれていた。
守護者も、狂信者の人影もひとつもない。ただ――大空洞の中央に、大樹のような紫黒の巨柱がそびえていた。悪魔『V.O.L.P.S』の【大型魔力励起杭】だ。
ドクン……ドクン……
誰も触れていないのに、杭は心臓のように妖しい光を明滅させ、脈動のたびに重低音の唸りを響かせていた。無機質に、自律的に、迷宮のエネルギーを吸い上げ続けている。その光景に、ジュリアスやセリアも息を呑んだ。
「な、なんだこれは……誰もいないのに、勝手に動いているのか……!?」
「……機械仕掛けの生贄トラップってわけか。気味が悪いね」
「感心してる暇はないぜ。一気にカタをつけるぞ!」
俺は【深淵透視】で、杭の内部構造を解析した。
「アーク、左の衝撃ピンを叩き折れ! ヘレナ、右のバイパスを瞬間凍結!」
「ミラ、セリア、露出した中心核をまとめてぶち砕けぇぇっ!!」
「応ッッ!!!」
アークのシールドバッシュが左のピンを粉砕した。ヘレナの氷結弾が、右の回路を凍結停止させる。
「これで……おしまいだぁぁぁっ!!」
「消し飛びなッ!!」
ミラの超重力スイングと、セリアの紅蓮剣の業火が同時に直撃した。
バギィィィィィンッッ!!!!
破砕音とともに、悪魔の杭はバキッと折れて機能を失った。吸い上げられていた地脈エネルギーが、清らかな黄金の光となって迷宮全域へ還流する。
立ち込めていた紫黒の瘴気が、完全に消滅していった。空気が澄み渡り、破壊された杭の周囲を確認する。人の気配は一切なかった。最初から遠隔・自動で起動するよう設計されていたのだろう。
不穏な暗号石板と紋章だけが、冷たく転がっていた。
(……幹部が現場にいなくても、これほどの罠を無人で仕掛けてくるのか)
敵組織の底知れぬ技術力に、俺は警戒を強めた。その時、背後から金属鎧の足音が近づいてきた。
振り返ると、ジュリアスが立っていた。かつての傲慢な表情はどこにもない。彼は俺とアークの前に歩み寄り、深々と頭を下げた。
「……マルク殿、そしてアーク」
ジュリアスの真摯な声が、静まり返った大空洞に響く。
「私の浅はかな驕りのせいで、全軍を壊滅の危機に陥れた」
「貴殿の指揮とアークの高潔さがなければ……我らは全員、骨を晒していただろう」
「心から詫び、そして――感謝する」
名門ドラグニール家のプライドを捨て、一人の戦士として頭を下げる従兄。アークは穏やかな笑みを浮かべ、そっと手を差し伸べた。
「……無事でよかったです、ジュリアス兄上」
「アーク……っ」
二人の固い握手に、『白銀の聖剣』の騎士たちや『レッドアイズ』の面々からも温かい視線が注がれた。いがみ合っていた貴族と平民が肩を叩き合う。未踏の難関大迷宮を踏破した、戦友の絆がそこにあった。
「さて、と……地上で待つ連中を、盛大に驚かせに戻るか」
俺たちは仲間と共に、光の差し込む地上への凱旋の帰路についた。




