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スキルダイバー~追放された深淵の鑑定士は最強レギオンを作り上げる~  作者: 国木田。
動乱のレッドアイズ

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第62話:灼熱と氷冷の刃

「ミミィ、こっちへ来い!」


 アークとジュリアスが背中を預け合い、小型キメラの群れをせき止めた。その隙に、俺は手招きして叫んだ。


 少女が必死の形相で駆け寄ってくる。


「はぁっ、はぁっ……先生……っ!」


 荒い呼気とともに、口元から白い息が漏れていた。だが足元に付き従う手のひらサイズの白銀は、まだ元気そのものだった。丸い耳をピンと立て、銀色の小さな尾を機嫌よく振っている。小型キメラを前にしても怯えず、爛々とした瞳で戦場を見据えていた。


(さすがは、かつてオーグの樹海を支配した白銀狼王《シルバー・ルプス・ロード》だな)


 俺は身を屈め、膝に手をついて息を整えるミミィの顔を覗き込んだ。


「ミミィ、よく聞け。お前と白銀の連係なら、グランド・キメラの多重耐性を突破できる」


「えっ……あの、大きな化け物を……ですか……?」


「そうだ。奴は何重もの装甲と魔力防壁を張っている。並の刃や炎じゃ傷一つつかない」


「だが冷気耐性に僅かな『欠陥』がある。魔力を集中させた一撃なら、多重耐性を無効化できる」


 俺は視線を逸らさず、真剣な声音で問いかけた。


「……できるか、ミミィ?」


 一瞬の沈黙が落ちた。遠くで、ガインやセリアがボスの巨躯を押し留める怒号と破砕音が響く。ミミィは握り締めた剣を胸の前へ引き寄せ、ぎゅっと力を込めた。


「やってみます!」


 返ってきた声は、凛として澄み渡っていた。迷いも恐怖も、微塵も混ざっていない。かつてオーグの街で【荷運び】ばかり押し付けられ、悔し涙を流していた泣き虫少女の面影は、もうどこにもなかった。


 俺は口元を緩め、彼女の細い肩へ右手を置いた。


「よし。なら、お前の本当の力を見せてやれ」


 俺は魂の深奥にある経験値ストックへ意識を沈めた。ライラを強制昇格させた際の余剰ストック。覚醒したライラが殲滅した上位キメラ軍団と、ゴーレムから吸い上げた経験値の数々。


 それらを引き出し、ミミィへ直接流し込んだ。


 【経験値注入《エクス・インジェクション》】


 本来テイマーは後衛職だ。

 使役する魔獣を前衛とし、術者は後方から回復や号令を飛ばす。


 だが……。

 俺は出会った当初から、ミミィに「中距離戦」の傑出した才能を感じ取っていた。ミラの影に隠れているが、ミミィもまた怪物なのだ。その才能は、ロイスとの訓練で着実に開花しようとしていた。


「――【深淵透視《ディープサーチ》】」


 俺の視覚が、ミミィの魂の深層へ潜行していった。彼女は大食らいの超大器晩成型だ。並の人間なら主脈Lv.4に届く経験値を注いでも、幹そのものは微動だにしない。


 その代わり……ミミィの枝脈を見て、俺は目を見張った。


(多い……!)


 四方八方へ広がる光の神経網。【主脈Lv.3】という太い幹の節々から、ノードが枝分かれしていた。これほどの枝脈を持つ人間を見るのは、リアーチカ以来だった。


 この世界の理では、戦闘力は主脈の階位だけで決まらない。枝脈が開花することでも、肉体や魔力にステータス上昇の補正がかかるのだ。ミミィは、この枝脈の総数が多い。


 それは何を意味するのか。


 表記は【主脈Lv.3】のままでも、枝脈群を同時に開花させれば、実態は『Lv.4以上』の戦闘力を叩き出すということだ。


「中距離の体幹連動、魔獣との意識共有、そして属性の共鳴付与……!」


 選んだ枝脈へ経験値を注ぎ込み、強制的に解放させた。魂の奥底で、幾重もの鍵が同時に外れる澄んだ音が響いた。淡い金色の魔力がミミィの全身を巡り、神経系を一気に活性化させていく。


 少女の丸い瞳が、冴え冴えとした青白い燐光を宿した。


「身体が……すごく軽いです……! 白銀ちゃんの声が、頭の中に直接響いてくる……!」


「行け、ミミィ! 白銀の本当の力を見せてやれ!」


 俺の後押しを受け、ミミィは短剣を巨獣へ向けた。


「いくよ、白銀ちゃん!! 【グロウアップ】!!」


 澄んだ号令が、大空洞の天井を震わせた。その瞬間、銀色の子犬の全身から爆発的な白光が吹き上がった。光の奔流が小さな輪郭を呑み込んでいく。骨格が軋みを上げて広がり、筋肉が太く隆起していった。


 バシュウウゥゥッ!


 暴風とともに光の膜が四散した。そこにいたのは、愛らしい子犬では断じてなかった。青みがかった銀毛を波打たせ、成人の背丈ほどもある筋骨隆々の四肢で石畳を捉えた、堂々たる狼だった。


「グルルルルッ……!」


 大気を震わせる重低音の唸り声。口元からは、触れるものを瞬時に凍らせる極小の氷粒が、白い蒸気となって立ち上っていた。


「白銀ちゃん……!」


 ミミィが息を呑み、頼もしそうに微笑んだ。人獣の魂を結ぶ【生命リンク】を通じ、狼の超低温の魔力がミミィの腕から剣へと流れ込む。


 キィィィィン……!


 金属が凍てつく甲高い音が、静まり返った広間に響いた。刀身が淡い蒼色に染まり、周囲の空気から水分が奪われて、無数の氷の結晶が舞い散る。


 その刃は、触れるものすべてを閉ざす極寒の冷気を帯びていた。


「先生、行ってきます!」

「ああ、派手に暴れてこい!」


 ミミィが地面を蹴った。


 その隣を、一匹の狼が風のような速さで並走する。落ちこぼれのレッテルを脱ぎ捨て、覚醒したテイマーの少女が前線へ躍り出た。


◇


「焼き尽くしな! ――【紅蓮一閃】ッ!」


 セリアの気合いとともに、真紅の大剣が横一文字に薙ぎ払われた。紅蓮の業火が、グランド・キメラの胴体を真正面から呑み込む。


 バチチチッ!


 しかし接触の瞬間、表皮から濁った紫の光が噴き出し、炎熱と斬撃の威力を急速に減衰させていく。複数の魔獣の素材を無理やり縫合したことで生じた、多重耐性だ。


「チッ、炎も斬撃も吸い取りやがるかい!」


 刃が装甲の半ばでピタリと止まる。だが、セリアは顔色一つ変えずに獰猛な笑みを浮かべた。


「なら――力尽くで押し潰すまでさね!」


「グルルァッ!?」


 セリアは大剣へ全体重を乗せて踏み込んだ。ギチギチ、メリメリと重い音が響き、刃が装甲ごと肉を削り潰していく。


「ひえぇぇ、おっかねぇマスターだぜ……!」


 後ろで構えていたガインが、引きつった声を漏らした。その力比べの真っ只中、銀色の閃光が疾走した。


 成体となった狼――白銀だ。

 鋭い爪音とともに、白銀がキメラの側部と超高速ですれ違った。


 ピキキキキッ!


「なっ……!?」


 ロイスが目を剥いた。

 キメラの脇腹の装甲に幾重もの亀裂が走り、太い氷柱が次々と生え出たのだ。

 極低温に晒された装甲が、白く凍りついて脆く変質していく。


「装甲が……凍りついただと!?」


 重装兵のヴォルクも驚愕の声を上げた。

 そこへ、冷気を追うようにミミィが飛び込んだ。


「はぁぁぁっ!」


 ザシュッ!


 ミミィの剣が、凍てついた装甲ごとキメラの肉を深く切り裂いた。

 吹き飛んだ青黒い血液が空中で凍り、石畳に乾いた音を立てて落ちる。


「ギシャアアッ!」


 怒り狂ったボスが前脚を振り上げ、ミミィめがけて叩き落とした。


 ガンッッ!


 その巨腕を、横合いからの飛び蹴りで弾き返したのは白銀だった。太い四肢をしならせた、完璧な迎撃だ。隙ができた敵へ、ミミィはさらに踏み込んだ。


 【ステップ・イン】の滑らかな重心移動から、【ジャンプ】を連動させる。刃から冷気を噴き上げながら、キメラの関節と装甲を正確に切り落としていった。『マスターズ・レギオン』のテイマーは、後方から魔獣に指示を出す職業だった。だが、枝脈を調律された今のミミィは、前衛として渡り合える戦士へ変貌していた。


 周囲の王都の冒険者たちが、呆然とその姿を見つめる。


「へっ、やるじゃないかい、お嬢ちゃん!」


 セリアが満足そうに叫んだ。


 紅蓮の炎が装甲を焼き、極寒の刃が傷口を凍らせる。急激な加熱と冷却の繰り返しで、キメラの外殻はボロボロと崩れた。巨獣は断末魔のような唸り声を上げて後退していく。


 その時、後方から力強い足音が響いた。


「ほら、とっとと行きな!」


 ミャロの乱暴な叱咤に背中を押され、大槌を抱えた巨女が駆け込んできた。


「ふぇぇ……あ、ありがとうございますぅ……!」


 ミラだ。


 ミャロの懸命な解毒で、ようやく毒の痺れから立ち直ったのだ。その瞳からはおどおどした気弱さが消え、確かな闘志が宿っていた。

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