第61話:要塞級キメラ《グランド・キメラ》
ズウゥゥゥンッ!
要塞級キメラの黒鉄の前脚が、石畳に叩きつけられる。 地面が波打ち、破片と埃が舞い上がった。衝撃波が空気を揺らし、焦げた鉄の匂いが鼻の奥に刺さる。
「くっ、なんて力だい……! まともに受けるんじゃないよ!」
大剣で受け止めたセリアが、歯を食いしばって後ろへ滑る。
「援護するぞ! たたみかけろ!」
生き残ったエリート騎士や上位冒険者たちも、意地を見せて横合いから斬りかかった。だが刃も魔法も、分厚い甲殻に弾かれて火花を散らすばかりだ。
後方から戦況を見据え、俺は舌打ちを漏らした。
(くそっ……手負いのアタッカーしか手駒がない……)
猛攻を受け止める盾役も、陣形を整える支援役も足りない。火力しか頭にない烏合の衆では、返り討ちに遭うだけだ。
「リアーチカ、そっちの様子はどうだ!」
「駄目です、手が回りません! 重傷者の止血と毒を抑えるだけで精一杯です!」
広間の後方では、治癒士たちが倒れた者の命をつなぎとめようと、必死で祈りを捧げていた。前線へ治癒を送る余裕など、どこにもない。
その時、ボスキメラの甲殻の隙間が赤黒く発光した。
シュウウウウウッ!
耳障りな噴射音とともに、ドス黒い毒霧が前衛一帯へ扇状に吹き荒れた。
「散開しなッ!」
セリアは勘の良さで飛び退いたが、他の前衛たちは黒煙に呑み込まれた。
「ぐあっ……身体が……重い……!」
「息が……毒針の痺れが回ってきやがった……!」
「ふぇぇっ!? て、手足に力が入りませんぅ……!」
ミラが膝をつき、大槌を取り落としそうになる。
「チッ、こんなの聞いてないよ、ご主人様!」
ミャロが飛び出し、不機嫌そうに獣耳を伏せて爪を交差させた。
「【霊気調律】! ほら、息を吸いな、筋肉の強張りを解いてやるよ!」
指先から淡い風が走り、前衛の毒素を中和しにかかる。だが毒の侵食はすさまじく、ミャロの額には大粒の汗が滲んでいた。
「飯とタダ酒に釣られて雇われたってのにさ、なんでアタシが命がけの奉仕をしなきゃいけないんだい!」
「文句は後だ、頼むぞミャロ!」
俺はキメラの動作パターンと関節の隙間を観察した。
だが、敵も単なる獣ではない。
ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ!
背中の甲殻が開き、複数の黒い杭が上空へ射出された。
「上から来るぞ、かわせ!」
前衛が左右へ転がり、杭は後方の石畳へ深々と突き刺さった。直後、杭の外殻がギチギチと開き、中から小型キメラが這い出してきた。
ギシャアアッ!
小型キメラたちは前衛を無視し、動けない負傷者や、反動で倒れたライラへ殺到した。
「行かせるかぁぁぁッ!!」
その凶刃の前に、大盾を構えたアークが立ち塞がった。
ガンッ、ガキンッ!
アークは地面を踏みしめ、骨格で衝撃を受け止めて爪牙を弾き返す。前線では、セリアが単身でグランド・キメラの足元へ斬り込んでいた。
「喰らいなッ!」
紅蓮の大剣が一閃し、前脚の関節部を真っ赤に焼き斬る。歴戦の主脈Lv.5の実力は本物だ。ガインやロイスも、毒の痺れに顔を歪めながら武器を振るっていた。
「がはっ……これくらいで、くたばるかよ……!」
「マスターの背中は……渡さねぇぜ……!」
血反吐を吐きながらも戦い続ける、レッドアイズの猛者たち。
「…ふぇぇ…・・・」
一方、ミラは地面に両手をついたまま、震える身体を起こせずにいた。
(……やはり、これが経験の差か)
この世界では、魂の器である【主脈】の階位が強さの絶対的な指標とされる。だが同じLv.4でも、修羅場をくぐった戦士と守られて育ったミラでは、逆境での耐久力や執念がまるで違う。
レッドアイズの面々はあの瞬間、毒を少しでも軽減する動作を取っていたのだ。
「ミラ、焦るな! 息を整えることに絞れ!」
声をかけつつ、俺は反撃の手を組み立てた。主力の連続攻撃の間、ボスの耐性にわずかな綻びがあるのを見逃さなかった。
(これだ……!!)
「勝機は見えた! ミミィ、俺のところへ来い!」
しかし、ミミィは叫び返した。
「せ、先生っ! ライラさんを置いていけません……っ!」
ミミィは動けないライラを抱きかかえ、小型キメラから必死に守っていた。小型の白銀も唸り声をあげるが、数が多すぎて動けない。
「私がそちらへ――っ!」
アークが救援に向かおうとする。だが大盾をどかせば、他の負傷者たちが食い破られてしまう。小型の爪がアークの肩口を浅く裂き、鮮血が散った。
「くっ……!」
絶体絶命の包囲の中、鋭い金属音が空気を切り裂いた。
ギィンッ!
一筋の銀光が走り、ミミィたちへ飛びかかった小型キメラの首を両断した。
「――その役目、私に任せてもらおう」
返り血を浴びた純白の甲冑を鳴らし、そこに立ったのはジュリアスだった。細剣を構え直し、鋭い眼光で群れを睨み据える。
「ジュリアス兄上……!?」
「この令嬢と後方は、ドラグニールの騎士として我が引き受けた。お前は己の役目を果たせ!」
ジュリアスは地を蹴り、群がる小型キメラを次々と斬り伏せていく。迷いを捨てたその背中に、アークが力強く頷いた。
「行くぞ、アーク!!」
「――はい、ジュリアス兄上ッ!!」
二人の騎士の声が重なり、乱れかけた戦線が再び強固に結ばれ直した。




