第59話:ライラ覚醒
ドクンッ……!
前世のMMO『マスターズ・レギオン』の指揮官スキル――【戦域統率】。
「な、なんだ今一瞬……!?」
「身体が……軽い!? 毒の痺れでも動けるぞ!?」
「魔力の通りが滑らかだ……! 心拍数の乱れが収まっていく……!」
床にへたり込んでいた冒険者や騎士たちの基礎ステータスが、一律10%底上げされた。パニックに呑まれた数百名の戦士へ、俺は喉が張り裂けんばかりの怒号を叩きつけた。
「いつまで小便漏らして突っ立ってやがる! 死にたくねぇなら俺に従え!」
「今からこの広間の全指揮権は――俺が預かる!!」
覇気を帯びた号令に、広間の誰もが息を呑んで背筋を伸ばした。俺は前世の軍団編成のノウハウを総動員して叫んだ。
「全軍を四部隊に再編成する! 盾持ちはアーク、ガイン、ヴォルクを中心に中央へ! 【前衛盾壁部隊】として外郭を塞ぐぞ!」
「おうッ! 野郎共、俺たちの後ろに並びなッ!」
「治癒士と神官はミャロとリアーチカの両脇へ! 【広域治癒部隊】として霊気循環と解毒を回せ!」
「チッ、人使いの荒い男だね。ほらアンタたち、あたしに合わせな!」
「軽戦士と斥候はロイスとミミィにつけ! 【遊撃拘束部隊】として敵の足を止めろ!」
「魔導士と弓兵はヘレナとミラの背後へ! 【後方砲撃部隊】として、指示した座標へ一斉射撃だ!」
烏合の衆だった各クランが、光のラインに導かれるように強固な陣形へ組み直されていく。
その時――。
「ギシャアアッ!」
防衛線の隙間から、一頭のキメラが、毒で倒れたジュリアス目掛けて飛びかかった。
「し、しま――っ!?」
ジュリアスが死を覚悟し、目を固く閉じた刹那。
コォォォォン……!
澄んだ金属音が響き、キメラの凶爪が真上へ跳ね上げられた。
「……え?」
恐る恐る目を開けたジュリアスの前に、大盾を構えて立ち塞がる少年の背中があった。
「ア……アーク……!?」
アークは軽やかな足さばきでキメラの姿勢を崩し、大盾の縁を叩きつけて吹き飛ばした。落ちこぼれと嘲笑してきた従弟に命を救われ、ジュリアスは震える声を絞り出した。
「な……なぜ、私を助けた……!?」
アークは大盾を構えたまま、振り返らずに澄んだ声で答えた。
「ジュリアス兄上。家族が死ぬところなんて、誰も見たくないでしょう」
「ッ…………!」
打算も恨みもない、真っ直ぐで高潔な言葉だった。ジュリアスは己の器の小ささを思い知らされ、震える手で地面を握りしめた。アークの肩を借りて立ち上がったジュリアスは、歯を食いしばって俺の姿を見据えた。
かつて三流鑑定士と見下した男が放つ、本物の指揮官の覇気。これ以上くだらないプライドにしがみつけば、全員が犬死にするだけだ。
ジュリアスは血塗れの剣を握り直し、残存する騎士たちへ声を張り上げた。
「……『白銀の聖剣』の全騎士に通達するッ!!」
苦渋と、迷いを断ち切った怒号が響き渡る。
「これより我がクランの指揮権を、マルク殿へ全面委譲する! 騎士の誇りにかけて、彼の指示に従えッ!!」
「ジュリアス様……!? は、ははっ!」
貴族騎士たちが一斉に俺の指揮下へ組み込まれ、戦列が一枚岩へと統合された。俺はジュリアスの覚悟を受け止め、広間全体を見渡した。
(陣形は整った。だが、長期戦なら結界の魔力吸収でこちらが先に尽きる)
(今必要なのは――敵の指揮系統を刈り取る『スピード』と『殲滅力』だ)
俺は背後の黒装束の少女へ向き直った。
「ライラ、覚悟はいいか?」
ライラは無機質な仮面をふっと緩め、獲物を前にした肉食獣のような、獰猛で美しい笑みを浮かべた。
「……ずっと、待っていましたよ、マルク様」
「よし、受け取れぇぇぇっ!!」
俺はライラの細い肩を掴み、道中で溜め込んだ経験値ストックを一気に解放した。
【経験値注入】!!!
ゴオオオオオオオッッ!!
手のひらから黄金の光の奔流が流れ込み、ライラの全身が目も眩む閃光に包まれた。このレイド戦で得た経験値ストックは、そこそこの量だった。
(大食らいのミミィなら途中で止まる。だが、基礎が完成したライラなら話は別だ!)
確信通り、ライラの主脈はLv.3を突き破り、Lv.4を一瞬で通過した。一気に【主脈Lv.5(完全開放)】へ到達する。
さらに最上位暗殺スキル群――【影渡り】【幻影分身】【魔力結節断ち】の枝脈が、次々とコンプリートされていく。
LEVEL UP LEVEL 4!!
――CONGRATULATIONS!! LEVEL 4 COMPLETE!!
LEVEL UP LEVEL 5!!
――CONGRATULATIONS!! LEVEL 5 COMPLETE!!
シュウゥゥッ……と、黒銀の影のオーラが彼女の全身を包み込んだ。この世界では、枝脈をすべてコンプリートした戦士は、基礎能力と【魔力循環】の効率に全体補正がかかる。
(国のトップ層や騎士団長クラスは主脈Lv.6。Lv.5を完全コンプリートした今のライラは、実質的に国家最高戦力のLv.6に匹敵する……!)
歓喜を噛み締め、俺は号令を飛ばした。
「全軍、迎撃陣形を維持しろ! アーク、ガイン、ヴォルク、盾壁を絶対に通すな!」
「この壁は一枚たりとも割らせねぇよ!」
「【完全受け流し】――展開ッ!」
アークの重心操作を起点に、重装盾の連動壁が展開された。
キメラの突進力が、ことごとく大地へ逃がされていく。
そこへミャロが、【主脈Lv.3】【精霊呪療士】の霊気バフを前線へ循環させ、疲労と毒素を蒸発させた。
「チッ、死に損ないどもが。ほら、さっさと手足を動かしな!」
リアーチカの神聖魔法も重なり、前衛のHPを常に回復させる「補給機関」が完成する。
中衛では、ミミィと急成長した白銀(子犬)が氷雪トラップをばら撒く。
ロイスが変幻自在のステップで敵の側面を撹乱し、足を完全に止めた。
「白銀ちゃん、凍らせちゃえ!」
「わんっ!」
「へっ、足元がお留守だぜ!」
敵の進軍が封じられた、その刹那――。
「――仕留めます」
ライラの囁きとともに、彼女の姿が空間からフッと掻き消えた。主脈Lv.5スキル【影渡り】。音も気配も残さず、ライラは影を伝って敵の中枢へ転移した。
「ギシャッ――!?」
統率役の上位キメラが異変を察知した瞬間、ライラの黒い短剣はすでにその首筋へ吸い込まれていた。
【魔力結節断ち】――五連撃。
ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ!
五本の黒い軌跡が閃き、上位個体五頭の魔力核が同時に両断された。
「ギ……ガ……ッ!?」
指揮個体を瞬殺され、キメラ軍団はパニックに陥った。連携が音を立てて瓦解していく。
「な、何という速さだ……!?」
後方のジュリアスや王国騎士団長が絶句した。
「一瞬で上位個体を全滅させただと……!? あんな神速の暗殺術、見たこともないぞ……!」
敵陣が崩壊し、一箇所に固まった瞬間を、俺は見逃さなかった。
「今だ、後方砲撃部隊! ヘレナの魔力座標へ全弾ぶち込めぇぇっ!!」
「吹き飛びなさい! ――【極大紅蓮焦土】ッ!」
ヘレナの極大火球と全砲撃部隊の一斉射撃が、群れのド真ん中で炸裂した。
ドッガァァァァァァンッッ!!!!
さらにそこへ、主脈Lv.4の怪力戦士が空を切り裂いて突入する。
「これで……おしまいですぅぅぅっ!! 【剛力解放】――フルスイングぅぅぅっ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
ミラの超重力スイングが大地を揺らし、残るキメラの群れをまとめて粉々に消し飛ばした。
キメラたちの陣形はライラの超速移動で、次々と崩され、トドメに集中砲火が浴びせらせる。絶望的だった防衛戦は、「殲滅戦」へと逆転していた。




