第57話:突入大規模レイド演習
朝陽が昇る。
王都近郊の大迷宮『黄昏の巨石回廊』の門前広場には、王国騎士団、名門貴族クラン、一般冒険者など、数百名規模の軍勢が集結していた。
セリア率いる『レッドアイズ』本隊と、俺の自立六人部隊――ミラ、アーク、ライラ、ミミィ(+白銀)、ミャロが整列する。
周囲がざわめく中、俺は掲示された演習ルールを眺めていた。各層の踏破速度、中ボス討伐戦果、最深部ボスの到達順位。前世の同種イベントの仕様が、頭の中で鮮やかに蘇る。
(前世だと……先頭集団が雑魚のヘイトを切らずに突っ切り、後方へ敵をなだれ込ませる『トレイン《なすりつけ》』が定番の嫌がらせだったな)
ルートマップと貴族たちの下劣な笑みを一瞥し、俺は敵の企みを完全に看破した。
(どうせ貴族連中は、第4層の中ボス手前で雑魚の群れを丸ごと押し付けて、俺たちを肉壁として使い潰すつもりだ。……だが、好都合だな)
アークの【受け流し】、ミャロの持続霊気バフ、ミミィと白銀の氷結拘束、そしてミラの範囲粉砕。これを完璧に組み合わせれば、押し付けられた敵の群れなど「経験値稼ぎの糧」にできる。
不敵に口元を吊り上げていると、前方から嫌味な足音が近づいてきた。
「おや、これは……我がドラグニール家の恥晒し、アークではないか」
金糸の刺繍の甲冑を纏い、取り巻きを引き連れて現れたのは、『白銀の聖剣』のサブリーダー・ジュリアスだった。アークより六歳年上の従兄である彼は、冷ややかな蔑みの笑みでアークを見下ろした。
「潜在Lv.4の無職で家を逃げ出した出来損ないが、平民クランの掃き溜めとはな。演習にまで顔を出すとは、厚顔無恥なものだ」
「泥水がお似合いだぜ!」
取り巻きの貴族たちが、下品に大爆笑する。
ジュリアスは、冷ややかな視線を俺へ向けた。
「三流鑑定士が、落ちこぼれや奴隷崩れを集めておままごととは傑作だな。せいぜい迷宮の底で、魔獣の餌食になるがいい」
その背後では、ネロが「計画通りよ」と言わんばかりに、冷たい優越感の笑みを浮かべていた。
だが、かつてなら俯いていたはずのアークは、微動だにしなかった。その瞳には、曇りのない決意の光が宿っている。
「ジュリアス兄上。我が器が何であろうと、私は仲間を守るためにここに立っています。ドラグニールの誇りは、戦果で示させていただきます」
凛とした声で堂々と一礼するアークに、ジュリアスは苛立ちを隠すように舌打ちした。
「ほぉ、口だけは一人前になったか。せいぜい生きて帰るんだな」
「おいおい、マスターの留守を預かるリーダー風情が、朝からギャーギャーとやかましいねぇ」
セリアが巨大な大剣を地面にドスンと突き立て、紅蓮の魔力を滾らせて一歩前へ出た。
「演習の場でどっちが本物か、きっちり結果で見せてやるよ。せいぜい邪魔にならないよう、端っこで震えてな」
女傑の気迫に圧され、ジュリアスたちは苦い顔で先陣の列へ引き返していった。
直後、王国騎士団の号令とともにファンファーレが鳴り響いた。大迷宮の巨大な石扉が、轟音を立てて開放される。
「我らの武威を見よ――ッ!」
ジュリアス率いる『白銀の聖剣』が、先陣を切って浅層へ雪崩れ込んでいく。それを見送り、俺は仲間たちを振り返って笑った。
「行くぞお前たち。後ろから落ち着いて追撃し、中ボス広間で奴らの度肝を抜いてやる番だ」
「はいっ!」
「任せてください、先生!」
ミラが大槌を握り締め、ミャロが気怠そうに爪を研ぎ、アークが大盾を構えて一歩を踏み出す。貴族たちの悪意、ネロの陰謀、そして最深部で蠢くキメラ軍団の罠。それらが待ち受ける大迷宮へ、一行は堂々と足を踏み入れた。
◇
「グルルルルァッ――!!」
大迷宮の第2層。
薄暗い回廊の奥から、無数の地響きとともに砂煙が巻き起こっていた。
手柄を焦った『白銀の聖剣』が、浅層のモンスターを倒さずに駆け抜けた結果だ。置き去りにされたストーンゴーレムやロックリザードの群れが、ヘイトを引きずったまま後続の俺たちへ雪崩れ込んできたのだ。
「へっ、予想通りの『トレイン《なすりつけ》』だな」
前世で幾度となく見た嫌がらせに、俺は苦笑して口元を吊り上げた。
「全員、迎撃態勢! アーク、ガイン、ヴォルク、前衛を張れ! 真正面から突進をせき止めるぞ!」
「応ッ! 行くぜ壁になるぞ!」
「任せてください、ガインさん、ヴォルクさん! 【体軸維持】――【受け流し】!」
アーク、ガイン、ヴォルクの三人が大盾と両手斧を構え、横一列に肩を並べた。
ゴガァァァァァンッ!!
巨石モンスターたちの剛撃が、前衛の三枚看板に激突した。だが、アークの精密な脱力とベテラン二人の踏ん張りで、衝撃はすべて澄んだ音を立てて大地へ逃がされる。
「ミミィ、ヘレナ! 足元を完全ロックしろ!」
「はいっ! 白銀ちゃん、いっけぇぇーっ!」
「わんっ!」
白銀の口から放たれた氷雪嵐が、敵集団の足元を一瞬で分厚い氷漬けに変える。さらにヘレナが眼鏡を押し上げ、呪文を紡いだ。
「――【泥濘拘束】!」
氷結と泥濘の二重拘束で、巨石モンスターたちは完全に身動きを封じられた。
「ミラ、ライラ、ロイス! 一気に粉砕しろ!」
「たぁぁぁぁっ! 【剛力解放】――【爆砕連撃】ぃぃぃっ!!」
ミラの超重力スイングが大気を叩き割り、拘束されたモンスターの群れを大地ごと消し飛ばす。撃ち漏らした個体も、ライラとロイスの電光石火の刺突が急所を貫き、光の粒子へ還っていった。
「ふん、いい手応えだね。ほらアンタたち、さっさと次に進むよ」
ミャロが指を鳴らし、ノータイムで霊気バフを供給してスタミナを全快させる。押し付けられた障害は、わずか数分で消滅した。俺たちは無傷のまま、経験値と魔石だけを手に入れたのだ。
「よし、このまま最短で駆け抜けるぞ!」
前世で何百回と周回した大迷宮の構造が、脳内に展開されていた。
「次の分岐、右の通路は落とし穴トラップだ! 左の崩落壁の隙間をすり抜けろ!」
「了解だ! 本当によく道を覚えてやがるぜマルク!」
ロイスが感嘆の声を上げる。俺たちは一切の無駄足を踏まず、中層の迷路を猛スピードで踏破していった。
その光景を見せつけられたネロは、顔面を真っ青に染めて震えていた。
(な、何だよこれ……!? 雑魚を押し付けて足止めしたはずなのに、なんで消耗するどころか猛スピードで追いついてるんだよ……!?)
前方のジュリアスも、後方から迫る足音に気づいてギョッと振り返った。
「な、なぜだ……!? あれだけの魔獣をなすりつけたというのに、なぜ平民どもが脱落せずに追いついてくる!?」
焦燥に顔を歪めるジュリアスたちを尻目に、俺たちは第4層のドーム状の大広間――中ボス部屋『巨石の広間』へ到達した。広間の中央には、苔むした岩肌の巨大な中ボス――『エンシェント・ゴーレム』が鎮座している。
焦ったジュリアスが、部下たちへ剣を振り上げた。
「おのれ平民どもめ、先を越されてたまるか! 我が『白銀の聖剣』の武威を見よ! ボス討伐の一番槍は我らがいただくぞッ!」
「おいおい、焦って突っ込むと痛い目を見るぞ」
俺が部隊を制止し、静観の構えを取った――まさにその刹那だった。
ズズズズズズズズッ……!!
ドガァァァァァンッッ!!
大迷宮全体を根底から揺るがす、凶悪な大地震が発生した。広間の出入口の石門が、紫黒の結界によってバキンと完全に封鎖される。
「な、なんだ!? 扉が閉まったぞ!?」
「結界が破れない! 転移スクロールも反応しないぞ!?」
貴族たちの悲鳴が響き渡る中、俺は背筋に走る強烈な悪寒とともに、大空洞の天井を見上げた。悪魔『V.O.L.P.S』の狂信者たちが仕掛けた破滅の罠が、ついに牙を剥いた瞬間だった。




