第56話:四天王とLv.9
夜の静寂が、宿舎の一室を深く満たしていた。窓から吹き込む夜風が、カーテンを微かに揺らしている。俺は硬いベッドに仰向けになり、天井を見つめて物思いに耽っていた。
(……思い返せば、あいつらによく似ているよな)
大槌を振るって豪快に戦うミラには、かつての四天王の一角、『剛鎚兎耳女帝 ベルヘルム』の面影が重なる。
大盾を構えて高潔な信念を貫くアークには、『黄金天騎士 リアンナ』の面影がある。
気だるげに俺をからかうミャロには、『吸血女王 プレアマリス』の面影を感じていた。
(……だが、あいつらとは違うところも多い)
ベルヘルムは兎耳の獣人で、天然ボケをかましながらも、戦場ではどこまでも豪胆な女帝だった。常に縮こまって「ふぇぇ」とおどおどしているミラとは、中身がまるで正反対だ。
リアンナは理想こそ高かったが、真面目すぎて融通が利かず、どこか抜けたポンコツな一面があった。アークは真面目で謙虚な上に、指導をスポンジのように吸収する柔軟な優等生だ。
プレアマリスもミャロも、俺をおちょくるのが大好きなのは同じだ。 だがプレアマリスは、冗談ではなく本気で俺の喉笛の血を啜りに来ていた危険な吸血鬼だった。
タダ酒と美味い飯で尻尾を振るミャロの毒舌など、可愛いものだ。
(……大蛇姫は、まあ、いいか)
最後の駄女神・大蛇姫の顔が浮かび、俺は苦笑して首を振った。あいつは仮にこの世界に転生していても、一日中床で丸くなって惰眠を貪っているだけだ。戦力としては端から役に立たないに決まっている。
思考を巡らせるうちに、胸の奥で眠る熱い炎へと意識が沈んでいく。
――【主脈Lv.9】。
スタンピードの夜、俺がゲーマーとして再び掲げた神話の領域。この世界であの頂点に到達できる者がいるとしたら、一体誰なのだろうか。
前世で、俺がLv.9候補の筆頭として心血を注いでいたのはベルヘルムだった。運営の露骨な「獣人優遇」で、Lv.9への要求経験値がごく僅かだが少なかったからだ。
この世界で器の深さだけなら、潜在Lv.8を秘めたミラが最も近い。
だが、そのためには『限界突破』の条件を揃えなければならない。それこそが、俺の真の職業――【技能深淵化士】の真骨頂だ。
魂の深淵に潜行し、隠された条件を成立させることで、器の限界枠そのものを拡張する権能。
だが、限界突破は前世から狂った仕様だった。キャラクターごとの条件がランダムかつ難解で、プレイヤーたちは血眼で条件を探し、無数の廃人が爆死していった。
実際、俺がLv.9まで限界突破できたのはベルヘルムだけだった。
(ミラ……その次に近いのが潜在Lv.7のセリアか。それに条件さえ揃えば、獣人補正を持つミャロも化ける可能性があるな)
一応、ミャロは俺の『奴隷』という契約だ。
主人の言うことくらいは、まあ……多分、聞いてくれるはずだ。
「……そういえば、ゼトの奴は元気だろうか」
暗闇の中に、かつての友の顔が浮かんだ。サービス終了の直前まで競い合い、最後に新作ゲームへ誘ってくれた最大のライバル。俺ですらドン引きするほどの、筋金入りのゲーム廃人だった男だ。
案外、俺と同じようにどこかのゲームの世界に転生して、大暴れしていてもおかしくはない。
ただ――それはきっと、この『マスターズ・レギオン』の世界ではない。
きっとゼトには、ゼトの世界がある。
なんとなく、そんな気がした。
「……さて」
俺は息を吐き、雑念を払うように毛布を引き上げた。明日は貴族クランの陰謀、ネロの悪意、そして『原初の使徒』のキメラ軍団との決戦だ。感傷に浸っている暇などない。
手塩にかけて育てた最高の部隊を率いて、明日の大迷宮を突破する。そしていつか必ず、神域【Lv.9】へ手を伸ばしてやる。
静かに闘志を燃やしながら、俺は深く瞼を閉じた。




