第55話:原初の使徒の罠
「いよいよ明日だな、お前たち」
レッドアイズ王都本部の屋上。
冷たい夜風の下で、俺は集まった五人の顔を見渡した。
「ふぇぇ……! 私、前回の演習の時みたいに暴走しないよう、しっかり力を制御しますぅ!」
ミラが大槌の柄を握りしめ、豊満な胸を上下させて意気込む。
「ミラ殿の背中は、私が死力を尽くして守り抜きます。……マルク先生、我が大盾、決して砕けぬところをお見せしましょう」
アークが大盾の縁を叩き、澄んだ瞳で力強く頷いた。覚醒の儀で落ちこぼれの烙印を押された少年の弱々しさは、もう微塵も残っていない。
「白銀ちゃんも準備万端だよ! ね、白銀ちゃん!」
「わんっ!」
ミミィの腕の中で、手のひらサイズの子犬――元・白銀狼王が尻尾を振る。
「……フン。暑苦しい連中だね。あたしは後ろから適当に霊気を投げて、生き残るのを手伝うだけさ」
ミャロは気怠そうに豹耳を動かし、腕を組んで鼻を鳴らした。だが、その腰のポーチには、俺が調達させた薬草や触媒がぎっしりと詰め込まれている。
「周囲の索敵、および罠の解除は私にお任せください。マルク様の指揮ラインを乱す者は、影から排除いたします」
ライラが冷徹な瞳のまま、ダガーの刃先を月光に透かした。
「よし。明日の演習は、ただの迷宮攻略じゃない。貴族クランやネロの罠、深層に潜む異変……何が起きてもおかしくない」
俺は一人ずつ目を見つめ、獰猛に口元を吊り上げた。
「だが、どんな理不尽が来ようと、俺たち六人なら突破できる。明日は思う存分、王都の連中に力を見せつけてやろうぜ!」
「おおおおおおッ!」
五人の気合の入った声が、夜の帳へ吸い込まれていった。ミーティングを終え、皆が自室へ戻っていく。俺は一人残り、夜空を見上げていた。
そこへ、背後から紫煙の香りが漂ってきた。
「――景気良く声を出してたじゃないか、マルク」
手すりに寄りかかり、煙管をくゆらせたセリアが姿を現した。
「セリアか。明日の作戦の手筈はいいのか?」
「あたしらを誰だと思ってんだい? ガインもロイスもヘレナも、あんたの調整のおかげで身体のキレは過去最高だよ」
セリアは満足そうに目を細め、煙を吐き出した。
「明日は鼻持ちならない貴族どもを叩きのめして、レッドアイズの名を王都の天辺に刻みつけてやるのさ」
「ああ、期待してるよ。……だがセリア、明日の大迷宮は間違いなく最悪の展開になる。くれぐれも油断するなよ」
「あん? ウチが大英雄になるって話だろ?」
「おまえなぁ……」
封印された悪魔『V.O.L.P.S』と、その復活を企む『原初の使徒』。義母エレオノーラが警告していた最悪のシナリオが、どうしても頭から離れなかった。
「へっ、どんなネズミがいようと、大剣で両断してやるだけさね。あんたこそ、ヒヨコたちを死なせないよう手綱を握りなよ」
セリアは煙管の灰を落とし、ニヤリと笑って階段へ消えていった。
◇
静まり返った王都の街並み。だが、その静寂の裏で――大迷宮の最深部では、恐るべき破滅の計画が最終段階を迎えていた。
王都近郊、大迷宮『黄昏の巨石回廊』の地下最深部。その中央で、紫黒の魔導光が怪しく明滅していた。
「……フフフ、美しい。実に見事な魔力の脈動だ」
闇に佇んでいたのは、黒い儀式用ローブの魔導士たちだった。フードの奥の瞳は、血のように赤く濁った光を宿している。彼らの前には、高さ十メートルを超える巨大な黒紫色の結晶柱――【大型魔力励起杭】が突き刺さっていた。
表面の呪詛文字がパチパチと音を立て、迷宮の奥底を流れる地脈エネルギーを強引に吸い上げている。
「大迷宮全域への魔力の接続……完全に完了いたしました、バロン司教閣下」
跪いた黒ローブの男が、歪んだ悦びを滲ませて報告した。
「うむ。オーグの迷宮で行った小規模な励起実験は成功した。そのデータを元に改良したこの『大型励起杭』ならば……」
バロン司教は杭を見上げた。
「明日、迷宮に集まる数百名の冒険者たちを、一瞬で逃げ場のない檻の中へと閉じ込めることができる」
狂気に濡れた声で、司教は低く嗤った。
「騎士団も、貴族のクランも、成り上がりの平民どもも。そのすべての命と魂が、我が主――偉大なる悪魔『V.O.L.P.S』様の復活の苗床となるのだ」
掲げた杖の先から、黒い霧が立ち込める。
大空洞の奥の闇から、ギチギチ、シャシャッ……と、無数の節足や甲殻が擦れ合う蠢動音が響き始めた。
闇の中に無数に光る、赤く狂乱した眼。
昆虫の甲殻に、猛獣の筋肉と大顎、猛毒の尾を縫合された――数十、数百頭の『人造キメラ軍団』が、飢餓に喉を鳴らして牙を研いでいた。
「準備は整った。明日の演習の最奥で……王都の愚者どもに、本物の絶望を刻み込んでやろうではないか」
黒ローブたちの哄笑が、地下深くの闇に不気味に木霊していった。悪意と陰謀、そして覚醒した六人の戦士たちが激突する『大規模レイド演習』の開幕まで、あと数時間――。




