第52話:悩んだら○○に行け
「はぁ……ダメだ、まったく見つかる気配がない……」
自室の机に突っ伏し、俺は盛大な溜息を吐いた。教会で門前払いを食らって以来、専属ヒーラー探しは完全に行き詰まっていた。
だが――俺の頭を抱えさせている悩みは、それだけではなかった。
「せんせぇ〜! お仕事お疲れ様ですぅ! 肩、揉んであげますねぇ!」
背後から駆け寄ってきたミラが、俺の首筋に両腕を回してきた。
むにゅうぅぅぅんっ……!
「ぶふっ!?」
後頭部と背中全体に、薄い部屋着越しのミラの超爆乳が隙間なくめり込んでくる。
「ふぇぇ? 先生、肩がすごくガチガチですよぉ? もっと力を抜いてくださいねぇ!」
「み、ミラ……! ちょ、当たってる! めちゃくちゃ当たってるから離れてくれ……!」
「え? 何が当たってるんですかぁ?」
キョトンと首を傾げるたびに、柔らかな肉塊が容赦なく背中を押し潰す。そこへ、隣の部屋からミミィが元気いっぱいに飛び込んできた。
「あ、ずるいミラ! 先生、私も新しい体操のフォーム見てほしいんだけど!」
「お、おいミミィ、お前その格好は……!」
ショートパンツにタンクトップ姿のミミィが、目の前で大きく足を広げて前屈してみせた。引き締まった太ももと汗ばんだ艶やかな肌が、至近距離で視界をジャックする。
共同生活に慣れた二人は、俺に対する警戒心が完全にゼロになっていた。
家族のように懐いてくれるのは嬉しい。だが、その無防備なお色気攻撃は、健全な男子の理性をミリ単位で削り取っていく。
(だ、駄目だ! このままじゃ頭がピンク色に染まって、エロいことしか考えられなくなるぅ……!!)
まるでエロアニメの人妻のような悲鳴が、脳内に響き渡る。
このままでは、鑑定士としての集中力もゲーマーとしての判断力も狂ってしまう。限界に達した俺は、ガバッと立ち上がった。
「す、すまん二人とも! 俺、ちょっと王都の治安維持、じゃなくて、外の空気を吸ってくる!」
「えぇ? 先生、どこに行くんですかぁ?」
「晩ご飯までには帰ってきてねー!」
無邪気な声に見送られ、俺は財布を引っ掴んで本部から飛び出した。
そして、路地裏で拳を強く握りしめた。
「――そうだ、娼館へ行こう!!」
男の理性を保つための、緊急避難的突撃である。だが、これまで俺が夜の街にあまり足を運ばなかったのには、明確な理由があった。この異世界の歓楽街には、衛生や治安の安全基準など存在しないのだ。
口コミやレビューで事前に調べることもできない。下手に安い店に飛び込めば、盗賊ギルドぐるみの美人局やぼったくり、地雷嬢に当たって身ぐるみを剥がされかねない。
安全を買うには、身元が保証された『高級娼館』しかない。だが、これまではミラの食費にお金が消え、そんな贅沢をする余裕などなかった。
「だが背に腹は代えられん! ヘソクリの全財産を注ぎ込んででも、賢者の平穏を取り戻す!」
俺は王都の一等地にある高級店街へ足を運び、分厚い金貨を支払って最高級の個室へ飛び込んだ。
◇
――それから、120分後。
「……ふぅ。世界が、澄み渡るように美しいな……」
極上のサービスを満喫した俺は、待合ロビーのソファに深く腰掛け、完全無欠の『賢者モード』を取り戻していた。
これでようやく、冷静にパーティ編成やヒーラー探しを考えられる。そう思いながら紅茶をすすっていた時だった。支配人室の扉が微かに開き、店主と従業員のヒソヒソ声が耳に飛び込んできた。
「おい、例の仕入れルートから買い取った『亜人奴隷』の件、どうなっている?」
「それが支配人、手を焼いておりまして。人間とは文化が違いすぎて、言葉は通じても、どう客前に出せばいいのか見当もつきません」
「困ったな、高い金を払って仕入れたんだぞ。せっかくの珍しい『獣人奴隷』を、このまま腐らせるわけにはいかん」
「ですが気性が荒く、少しでも触れようとすると激しく威嚇して噛みついてくる始末でして」
聞き耳を立てていた俺の耳に、強烈なパワーワードが突き刺さった。
(――じゅ、獣人奴隷だと!?)
ドクン、と心臓が跳ね上がった。鎮火していたはずの男のロマンとゲーマーの記憶が、一瞬で大爆発を起こす。
(獣人……! まさか、あのファンタジーの王道にして至高の存在、ピコピコ動くネコ耳やフサフサの尻尾を生やしたネコ耳娘なのか……!?)
前世のMMO『マスターズ・レギオン』で、獣人種族は運営の凄まじい贔屓を受けていた。ケモ耳や尻尾のデザインのクオリティが異常に高いだけではない。人間種にはない俊敏性や部族バフ、特殊な回復・補助スキルなど、性能面でも極めて優遇されていたのだ。
この世界に獣人がいることは知っていた。だが、人間至上主義が根強い王都で見かけることは滅多にない。まさか高級娼館の裏でお目にかかれるとは思わなかった。
(待てよ? 人間と身体構造や魔力の巡り、文化が根本から違う獣人種……)
スケベ心と同時に、鑑定士としての直感がギュルリと回転を始めた。
(前世と同じ仕様なら、獣人には人間に扱えない『独自の治癒や支援のツリー』が眠っている可能性が高いんじゃないか!?)
ウルズ教会が門前払いをしてくるなら、教会の常識の外にいる『獣人の原石』を拾えばいい。
「支配人さん、ちょっといいかな?」
俺は支配人室の扉をノックし、教会の巡礼鑑定士の身分証をチラつかせて中へ入った。
「おや? 神官様、何か不手際でもございましたでしょうか」
驚いて立ち上がった支配人に、俺は人当たりの良い笑みを向けた。
「いや、さっき廊下で話が聞こえてね。持て余している獣人の娘がいるんだろう? よければ俺に鑑定させてくれないかと思ってね」
「おお! 神官の鑑定士様が直々に!? ええ、ええ、もちろん構いませんとも!」
支配人は厄介払いの好機とばかりに揉み手をし、事情を説明し始めた。この王国にも奴隷制度はあるが、基本的には法を犯した「重罪人」にのみ適用される。
一般市民や他国の民を拉致して奴隷にすることは、国際法で禁じられている。
この店に獣人の奴隷がいるのは、獣人国特有の掟によるものだった。獣人国は罪人を死刑にせず「国外追放」とし、一定期間「奴隷身分」として他国へ売り払って監視・使役させるのだ。
国際条約に基づく年季契約であり、定められた年数や労働対価をこなせば、自動的に自由の身となる手はずだった。
「気性が荒くて客前に出せず、地下牢に押し込めたままでして。お引き取りくださるなら、破格でお譲りいたしますよ」
「話が早くて助かる。案内してくれ」
支配人に連れられ、薄暗い地下の待機室へ降りていく。
(ふふふ……ついに念願のケモ耳美少女とのご対面か……! ピコピコ動く三角耳に、小柄で華奢な猫耳娘……!)
オタク心を全開にして鼻の下を伸ばしていた俺だったが――重い鉄扉が開いた瞬間、脳内のピンク色の妄想は粉々に消し飛んだ。
「……あ?」
薄暗い部屋の片隅。粗末な長椅子に足を組んで腰掛けていたのは、小柄な美少女などでは断じてなかった。すらりと伸びた、しなやかで引き締まった長身。薄布越しでも主張する豊満な胸元と、妖艶にくびれた腰のライン。
頭には豹柄の丸い獣耳がピクリと動き、背後では斑点模様の太い尻尾が、気怠げに床を叩いている。
(ネ、ネコ娘じゃねぇ……! これはヒョウだ! ネコ娘じゃなくて『ヒョウ姉さん』だッ……!!)
「チッ、また新手の調教師かい? 何度来ても同じだよ、豚野郎ども」
切れ長の琥珀色の瞳が、冷徹な殺気と共に俺を射抜く。圧倒的な大人の色気と、触れれば喉笛を掻き切られそうな危険なオーラが漂っていた。
「おいおい、そんなに睨むなよ。腹が減ってるんだろ? ほら」
敵意がないことを示すため、俺は携帯用の干し肉を差し出した。豹姉さんは怪訝そうに眉をひそめつつ、電光石火の手つきでひったくり、ワイルドにガリッと噛み砕いた。
豪快に咀嚼しながら、彼女は気怠そうに指を立てて俺を見下ろしてくる。
「……おいアンタ。煙草、持ってないのかい?」
人差し指と中指で煙をくゆらせる仕草をして、上目遣いに催促してくる。
「あいにく吸わないから持ってないな」
「チッ、使えない男ね。干し肉一切れ寄越したくらいで、あたしを懐柔できると思ってんじゃないよ」
あからさまに鼻を鳴らし、辛辣な毒舌を吐き捨ててくる。
(うわぁ、めちゃくちゃキツい目つきで罵倒してくるドSなお姉さんだ……)
俺は引きつった笑いを浮かべながら、すれ違いざまに彼女の手首へそっと指先を触れさせた。
(――【深淵透視】)
鑑定眼が、彼女の魂の深淵へ潜行していく。
展開されたスキルツリーの輝きに、俺は息を呑んだ。
(……なっ、主脈の潜在限界値が――【Lv.6】……!?)
現在値は主脈Lv.2。だが、その魂の器は途方もない高みへ通じていた。
さらに、魂の深層に眠る特殊な職業ノード。
それを凝視した俺は、全身に鳥肌が立つのを感じた。教会の神聖魔法を一切持たない代わりに、前世のゲームでも極めて希少だった獣人系統のレア治癒職――。
(主脈Lv.4到達で解放される隠し上位職――【聖霊導医】!?)
自然霊の加護と生命の脈動を直接調律する、ヒーラー職だ。
神聖魔法のような長い詠唱も、魔力枯渇のリスクもない。ノータイムの「高速即時全快」や「広域状態異常遮断」を操る、前世のエンドコンテンツ用の超実践型ヒーラーそのものだった。
(……マジかよ)
俺は、腕を組んで冷たく見下ろしてくる美女を見上げた。
(このキツい目つきで煙草を要求してくるドSな豹姉さんが……パーティー全員を癒やす『聖霊導医』だと……!?)
口を開けば毒舌が飛んでくる美女が、戦場では誰よりも味方の命を救い上げる最強の回復役。
(なんだその最高すぎるギャップ萌えはッ……!! たまらん、たまらんぞこれッ!!)
胸の奥で、ゲーマーとしての興奮と男のロマンが大爆発を起こした。
「おい、何をニヤニヤ気持ち悪い顔で見てんだい。さっさと消えな」
毒づく豹姉さんを前に、俺はニヤリと笑い、支配人を振り返った。
「支配人さん、契約成立だ。このお姉さん、俺が言い値で買い取るよ」
「ほ、本当ですか神官様!?」
「――は? アンタ、正気かい?」
呆然と目を見開く豹姉さんの前で、俺は金貨の袋をチャリンと鳴らした。
「正気も何も、俺はお前が喉から手が出るほど欲しいんだよ。……ようこそ、俺たちのパーティへ」
探していた最後のピース――最強にして最凶のドSヒーラーが、ついに手中に収まった瞬間だった。




