第48話:手加減知らぬ女王
深夜。俺とライラは一人の少年を連れて、『レッドアイズ』の本部へ戻ってきた。公爵家の生活を捨て、わずかな私物と無骨な大盾だけを背負って屋敷を抜け出してきたアークだ。
そして翌朝――本部の私室で、正式な顔合わせが行われた。
「ふぇぇ……! 先生、新しいお仲間さんですかぁ!? 私、ミラって言いますぅ!」
「私はミミィ! こっちは相棒の白銀ちゃんだよ! よろしくね!」
「わんっ!」
着替えを終えたばかりの二人が、満面の笑みでアークに駆け寄った。その瞬間――アークの凛々しい表情が、ピシリと凍りついた。
ミラのゆったりした部屋着の胸元では、歩くたびに布地を破らんばかりの超爆乳が弾んでいる。隣のミミィは、太ももが眩しいショートパンツ姿で、無邪気に至近距離まで詰め寄っていた。
「あっ……あ、あの……! は、初めまして……! ア、アーク・ドラグニールと……申します……っ!」
礼儀作法を叩き込まれてきた初心な十五歳の少年は、耳まで真っ赤に染め上げた。視線のやり場が分からず、完全にフリーズしている。
(……すまん、アーク)
俺は心の中で静かに合掌した。
(お前は男として……これから日常的に、とんでもない理性との戦いを強いられることになる。強く生きろよ……)
「よし、挨拶はそこまでだ! 午前中のうちに地下訓練場を貸し切ってある。アークのスキル調律と訓練を始めるぞ」
「はいっ!」
皆の返事が揃い、俺たちはレッドアイズの地下訓練場へ移動した。防音石に囲まれた広大な空間で、俺はアークの正面に立ち、その胸元へ意識を集中させた。
(――【深淵透視】)
現在値は、昨日覚醒したばかりの【主脈Lv.2】。潜在限界値は、依然として【Lv.4】のままだ。
「アーク。お前の限界値は現時点で【Lv.4】だ。世間の基準では、中堅止まりの凡骨ってことになる」
率直な言葉に、アークは一切の動揺を見せず、力強く頷いた。
「はい。私の限界がLv.4であることは、紛れもない事実です。ですが、それが私の魂の器です」
アークは大盾を握り直した。
「私はこの上限の全てを使い切り、誰よりも強固な盾になってみせます」
迷いのない瞳に、俺は思わず口元を緩めた。
「いい覚悟だ」
俺はアークの肩に手を置き、魔力の流れを指先でなぞった。訓練場の端から、腕を組んだガインとヴォルク、短剣を手にしたロイスが歩み出てくる。
「俺たちが相手でいいのか? 昨日Lv.2になったばかりの坊ちゃんにゃ、ちと荷が重すぎるんじゃねぇか?」
ガインがニヤリと笑い、巨大な木製両手斧を肩に担いだ。
「手加減は無用です、先輩方! 全力でお願いいたします!」
アークは大盾を構え、深く腰を落とした。
「アーク、腕で受け止めるな。『スキル体操』を思い出せ。大盾と大地を骨格で一体化させ、衝撃は背骨と骨盤から地面へ逃がすんだ!」
「はいっ!」
「行くぜ坊主! 耐えてみなッ!」
ガインの豪快な両手斧が、風を切って大盾へ振り下ろされた。
ドォォォンッ!
鈍い衝撃音が訓練場に響き渡る。
「ぐっ……おおおおおッ!」
最初、アークは衝撃を殺しきれずに数メートル後退した。だが足裏の重心を微調整し、息を吐いて肩甲骨を下げる。
「……もう一度お願いします!」
「ほう、骨があるじゃねぇか!」
ロイスの連続斬撃、ガインの重い連撃、ヴォルクの強烈なシールドバッシュ。容赦ない攻撃が、アークへ浴びせられる。昨日Lv.2になったばかりの少年には、吐き気を催すほどの地獄のシゴキだ。
だが――。
(……な、なんだこいつの適応速度は……!?)
俺は目を見張った。
力任せに耐えていたアークが、わずか数十分で俺の脱力理論をスポンジのように吸収していく。十数合を超える頃には、ガインの全力の斧撃を、盾の角度をわずかに傾けるだけで地面へいなし始めていた。コォォン……と、澄んだ音が響く。
「俺の一撃が、完全に地面に吸い込まれちまったぞ!?」
ガインが目を丸くして叫ぶ。
「重心の移動に一切の無駄がない。初心者の動きじゃないぞ」
普段は無口なヴォルクすら、驚愕の声を漏らしていた。
(上限がLv.4だろうと関係ない。こいつは間違いなく、根っからの『本物の天才騎士』だ)
血の滲むような日々の鍛錬という土台があったからこそ、が一瞬で開花したのだ。息を荒らげながらも、アークの瞳は達成感で輝いていた。
「す、すごいです……! 腕にかかる衝撃が、本当に跡形もなく消えました!」
「ふふ、筋がいいわねアーク君」
見学していたリアーチカが、感心したように拍手を送る。
その時だった。
「あのっ! 先生、私もアークさんの訓練のお手伝いがしたいですぅ!」
観客席から、ミラがパッと手を挙げた。
「……ん? ミラ、お前がか?」
一瞬、俺の背筋に冷たい汗が流れた。
(まあ、今後同じパーティで前衛を組む間柄だ。お互いの攻撃力と防御の限界を肌で知っておくのも、良い経験になるか……)
「いいかミラ。絶対に魔力を込めるなよ? あくまで木剣を軽く振るだけの、素振りの延長だからな」
「はいっ! 優しくポコンって叩くだけにしますぅ!」
ミラは笑顔で頷き、訓練用の木剣を両手で握りしめた。アークは息を整え、再び大盾を構えて身体を沈めた。
「手加減は無用です、ミラ殿! どのような一撃であろうと、我が盾で受け止めてみせましょう!」
爽やかな笑顔で迎え撃つアーク。ミラは「えーいっ!」と愛らしい掛け声と共に、木剣をまっすぐ振り下ろした。
――だが、次の瞬間。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
訓練場全体が、地震のように激しく揺れた。目に見えるほどの衝撃波が炸裂する。
「ごはァッ!?」
アークの口から、蛙が潰れたような悲鳴が上がった。頑丈な大盾ごと、アークの身体が小石のように吹き飛んだ。訓練場の端の壁まで、一直線に消し飛んでいく。
ドゴォンと天井近くの壁にめり込み、そのまま力なくボトッと床へ落下した。
「……あ」
ミラが木剣を持ったまま、ぽかんと口を開ける。意識が急速にブラックアウトしていく中、アークの視界に最後に焼き付いたのは。木剣を振り切った反動で、荒馬のようにボヨンボヨンと暴れ狂うミラの超爆乳の残像だった。
「ア、アークーーーッ!?」
白目を剥いて気絶した少年に、俺は全力疾走で駆け寄るのだった。
◇
「ふぇぇ……アークさん、本当にごめんなさいですぅ……! 私、加減を間違えちゃって……!」
「いいえ、ミラ殿! 私の防御技術が未熟だっただけです……! ゲホッ、次は必ず受け止めてみせます!」
「アーク君、まだ起き上がっちゃダメよ。肋骨のヒビは治したけれど、脳震盪の揺らぎが残っているわ」
食堂に戻った一行は、テーブルを囲んで賑やかに昼食をとっていた。
気絶から復帰したアークをリアーチカが介抱し、ミラは申し訳なさそうに特盛りのシチューを彼の前へ差し出している。
「白銀ちゃんも心配してたんだよ? ほら、お肉あげるから元気出して!」
「くぅ〜ん!」
ミミィの膝の上で子犬が鼻を鳴らし、ガインやロイスが「がっはっは! 壁にめり込んだ時はどうなるかと思ったぜ!」と豪快に笑い飛ばす。
そんな団欒の光景を――食堂の入り口の物陰から、冷酷な眼差しで見つめる影があった。
レッドアイズ専属の上位技能鑑定士、ネロだ。
(……薄汚い平民どもが、下品に騒ぎ立てて……!)




