第45話:アーク・ドラグニール(上)
「よし、気を取り直して仕事だ。相談役としてきっちりアドバイスしてやるか」
表向きの俺の役回りは、限界を測定された生徒たちへ、当面の身体操作や枝脈の伸ばし方を助言するアドバイザーだ。
「次の方、どうぞ」
「失礼いたします、教会のアドバイザー様!」
礼儀正しく席に着いたのは、引き締まった体躯の名門武官貴族の男子生徒だった。手元の羊皮紙には、上位鑑定士たちの診断結果が記されている。
俺の【深淵透視】にも、いくつか制約がある。
見るだけで読み取るのと、身体に直接触れて行うのとで、精度に差はない。だが、解析の「速度」には雲泥の差が出るのだ。
次々と生徒をさばくこの場では、じっくり時間をかけるわけにもいかない。とはいえ、相手はプライドの高い十代半ばの貴族たちだ。見知らぬ神官にいきなり触れられれば、警戒するのも無理はない。
「魂の巡りを詳しく診るため、少し肩に触れてもよろしいですか?」
「あ、はい! よろしくお願いいたします!」
俺は一人一人に了承を得てから、そっと肩に手を当てた。
「ええと……診断結果は、主脈の潜在限界がLv.5、推奨される適性職業は『剛剣士』でしたね」
「はい! 父からは我が家の伝統である重剣術を極めろと言われております。ですが、序盤はどの枝脈から鍛えるべきか悩んでおりまして……」
意識を集中させ、【深淵透視】を走らせる。
視界の奥で、少年の魂のツリーが黄金に輝いた。
(……なるほど。筋力の伸びしろは申し分ないが、体幹のバランスが少し不安定だな)
「君の場合、Lv.1の【腕力強化】ばかりを急ぐのはやめなさい。まず【体軸維持】と【足腰強化】を反復し、枝脈をコンプリートさせるんだ」
「体軸と足腰……ですか? 剣を振るう腕の筋力ばかりを鍛えておりました!」
「剣の重さに振り回されていては、腕力を上げても威力は逃げる。水樽を運ぶように脱力した土台を作れば、Lv.3で覚える【剛撃】の威力は倍以上になるでしょう」
「脱力した土台……! なるほど、目から鱗が落ちる思いです! ありがとうございます、教会の先生!」
少年は目を輝かせ、猛烈な勢いでメモを取って頭を下げた。
「次の方、どうぞ」
続いて席に着いたのは、大きな眼鏡をかけた小柄な令嬢だった。
「あ、あの……失礼いたします。私の診断結果は潜在限界Lv.4、『精霊魔導士』なのですが……」
「どうしました? 何か悩みでも?」
「はい……詠唱短縮の練習をしているのですが、どうしても魔力が感じ取りにくくて……才能がないのでしょうか」
不安そうに俯く彼女の手首に触れ、ツリーをスキャンする。
(ふむ……肺と胸郭の使い方が硬いせいで、魔力の循環が途中で詰まっているのか)
「才能がないなんてことはないさ。君は呪文を唱える時に、無意識に息を止めて肩をすくめているね?」
「えっ……!? な、なぜそれを……!?」
「呼吸を止めると、胸の魔力が圧迫されて感じにくくなるんだ。息を深く吐き出しながら、お腹の底から魔力を押し出すイメージを持ちなさい」
「息を吐きながら……あ、本当です! 胸の詰まりがすっと消えました……! すごい、先生は本物の名医ですわ!」
令嬢は顔を紅潮させて何度も礼を言い、嬉しそうに席を立っていった。
(……なんだ、みんないい子たちばかりじゃないか)
貴族といえば、他者を見下す鼻持ちならない連中ばかりだと思っていた。だが話してみれば、多くの生徒が、己の才能を国や領民のためにどう生かすかを真摯に考えていた。まあ、腐った貴族ばかりなら、この国もとっくに滅んでいるはずだ。真っ直ぐな向上心に触れ、俺も自然と熱を込めて助言を続けていた。
その時だった。
――ワァァァァァァッ!!
大講堂の天井を突き破らんばかりの歓声と、地鳴りのような拍手が巻き起こった。
「――来たぞ! アーク様だ!」
「学年首席にして、ドラグニール公爵家の若鷹!」
「当代屈指の天才剣士のお出ましだぞ!」
生徒たちや教師陣が一斉に立ち上がり、熱狂的な眼差しを壇上へ注ぐ。 中央の赤い絨毯を堂々と歩いていくのは、中庭で見事な仲裁を見せた少年――アーク・ドラグニールだった。十五歳とは思えない鍛え抜かれた体躯。気負いのない爽やかな笑みを浮かべ、祭壇へ進み出る。
(……あいつ、やっぱりただ者じゃないな)
俺は目を細め、アークの全身を観察した。
指先には分厚い剣ダコ。手首の腱は鋼のように引き締まり、足裏の重心移動には一切の無駄がない。家柄や血統に甘えず、どれほど過酷な鍛錬を重ねてきたか。その身体つきから、ありありと伝わってきた。
壇上の貴賓席では、胸元に無数の勲章を佩用した壮年男性が、厳格な眼差しで我が子を見下ろしていた。王国軍の重鎮であり、アークの実父――ドラグニール公爵だ。歴代の当主が『聖竜騎士』や『剛剣聖』といった国家最高戦力を輩出してきた、武門の最高峰。周囲の期待も父親の重圧も、常人の比ではないはずだった。
アークが祭壇の前に立ち、三つの水晶の中心へ静かに両手をかざす。
「我が魂の器よ、神の御前にその形を示せ――」
三人の重鎮鑑定士が一斉に杖を掲げ、全魔力を注ぎ込んだ。
カァァァァッ!
水晶が眩い白光を放ち、アークの全身を魔力の奔流が包み込む。講堂全体が静まり返った。誰もが「主脈Lv.6」か、最高位戦闘職の覚醒を確信して息を呑んでいた。
しかし――。
「……ん? な、なんだこれは……?」
「波長が……いや、しかしこの反応は……」
水晶を覗き込む鑑定士たちの顔から、急激に血の気が引いていった。三人は青ざめて顔を見合わせ、額を突き合わせて狼狽し始めた。
「馬鹿な……見間違いではないのか!?」
「何度も測定し直した! だが、何度測定しても波長が第4領域で完全に途切れている……!」
「ドラグニール公爵家の直系で、このような数値などあり得ん……!」
不穏なやり取りに、講堂の空気がざわめき始める。アークも微かに眉を寄せ、不安そうに鑑定士たちを見つめた。
「あの……鑑定士様? 私の結果は……?」
重鎮鑑定士の一人が、震える手で羊皮紙を握りしめ、冷や汗を流して壇上の中央へ進み出た。
そして、静寂の大講堂に、信じがたい宣告が響き渡った。
「――ア、アーク・ドラグニール様の覚醒結果を発表いたします」
鑑定士の声は、絶望に震えていた。
「主脈の潜在限界値――【Lv.4】。そして……追加発現の職業は――【なし(無職)】です」
――時が、完全に凍りついた。
武名高き名門公爵家の直系でありながら、潜在限界は一般兵士レベルの中堅止まり。さらに、いかなる上位戦闘職の適性すら持たない、ただの「戦士」。
「……え?」
アークの手が、力なく祭壇から滑り落ちた。
直後――静寂が破れ、大講堂はざわめきと罵声の渦へ叩き落とされた。
「嘘だろ……!? アーク様が……潜在限界Lv.4だと!?」
「追加の職業適性なしの……戦士……!?」
「公爵家の嫡流が、ただの凡骨だったっていうのかよ!」
「あんなに偉そうに首席面していたくせに、蓋を開けてみれば落ちこぼれじゃないか!」
「ドラグニール家の恥晒しめ……!」
さっきまで羨望の眼差しを向けていた生徒たちが、手のひらを返して嘲笑を浴びせかける。ドラグニール公爵は、我が子をゴミを見るような一瞥で見下ろした。そして一言も発することなく席を立ち、大講堂を去っていった。
「父上……」
アークの絞り出すような声は、冷たい嘲笑にかき消された。少年の精悍な顔から血の気が失われ、瞳に底なしの絶望と孤独が広がっていく。俺はそれを、相談席からじっと見つめていた。
「……残酷なものですね」
ライラが、氷のように静かな声で呟く。
「ええ、世間一般の鑑定眼で見れば、彼は今日この瞬間に『天才』から『無能の落ちこぼれ』へと転落したことになります」
「……ああ、そう見えるだろうさ」
俺は静かに立ち上がり、拳を握りしめた。壇上で立ち尽くす少年の背中に、【深淵透視】の意識を研ぎ澄ませる。
(……俺の目で見ても、あいつの主脈の上限値は間違いなく――【Lv.4】だ)
巷の冒険者たちは潜在上限Lv.3、4がほとんどですが、貴族となるとLv.5も珍しくありません。
さらに、上級貴族ともなると、お抱えの鑑定士がいるので、Lv.4以上の数もぐっと増えます。
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