第44話:王国貴族学園
この世界には、一つの厳格な理が存在する。
Lv.2以降の戦闘スキルや専門職のノードが解放されるのは、魂の器が固まる「十五歳」からだ。つまり、本日の王国貴族学園の巡礼は、生徒たちの進路を決定づける重要な初鑑定――『主脈覚醒の儀』であった。
ウルズ教会からも、重鎮鑑定士たちが招集されている。限界値の片鱗や適性職業を視認できる者たちだ。
(……もっとも、俺の【深淵透視】から見れば、表面の数値しか追えない劣化版にすぎないがな)
表向き下級の俺の役回りは、アドバイザー係だ。適性を測った後の生徒へ、基礎訓練の方針を助言する。
(名門の嫡男は進路が決まっちまってる。狙い目は、初期スキルが地味な下級貴族の次男や三男、貧乏な特待生だな……そこにタンクの原石がいれば最高なんだが)
淡い期待を胸に、俺は学園の豪奢な控室の扉を開けた。
「――お、おおっ! マルク先生! 本日はご足労いただき、誠に恐縮でございます!」
「先生のお席はこちらに! お茶はいかがでしょうか!?」
部屋に入った瞬間、白髪を蓄えた教会の重鎮鑑定士たちが、揃って飛び起きて最敬礼してきた。
「あ、いや……皆様、どうぞお座りください。俺はただの下級アドバイザーですから……」
「滅相もございません! マルク先生の前に座るなど畏れ多い……!」
額に冷や汗をびっしりと浮かべ、ペコペコと擦り寄ってくる重鎮たち。
(……はぁ、本当にやりづらいぜ)
俺の表向きの階級は低い。だが、彼らが心底恐れているのは、俺の背後に君臨する育ての親――ウルズ教会を牛耳る冷酷無比な大司教エレオノーラだった。
あのエレオノーラの逆鱗に触れれば、重鎮だろうと辺境へ左遷される。彼らはそれを知っているのだ。
緊張感に耐えかね、俺は苦笑いして立ち上がった。
「本番までまだ少し時間がありますし、学園の空気を吸ってきます」
「は、はいっ! どうぞごゆっくり散策なさってください!」
深々と頭を下げる重鎮たちに見送られ、俺はライラを伴って中庭へ脱出した。
並木道を抜け、大噴水のある広場へ足を踏み入れた時のことだ。
「おいおい特待生! 平民の分際で俺たちの前を横切るなと教わらなかったのか?」
「大人しく靴の泥でも舐めて、貴族への礼儀ってやつを学びなよ!」
並木道の死角で、上級貴族の取り巻きたちが、泥まみれの小柄な男子生徒を足で小突いていた。
(……やれやれ、どこにでもいるテンプレ的ないじめっ子貴族だな)
溜息をつき、教会の人間として割って入ろうとした、その時だった。
「――そこまでだ! 学友相手に寄ってたかって、見苦しい真似をするな!」
中庭の空気をビリビリと震わせる、重厚で凛々しい怒号が響き渡った。
木立の奥から大股で歩み出てきたのは、十五歳とは思えないほど分厚い胸板と、均整の取れた体躯の少年だった。
精悍な顔立ちに、一切の怯みはない。
「ひっ……! ア、アーク様……!?」
「な、なぜあなたがここに……!?」
威張り散らしていた取り巻きたちが、顔面蒼白になった。足をもつれさせ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
少年の背中を見つめ、ライラがスッと俺の耳元で囁いた。
「……マルク様。あの方の名は、アーク・ドラグニール。王国屈指の武名で知られる名門、『ドラグニール公爵家』の長男です」
「公爵家の長男坊か……通りで絵に描いたような堂々たる体躯と佇まいなわけだ」
アークは倒れていた平民生徒の手を取り、優しく立ち上がらせた。
「怪我はないか? 衣服の汚れが酷いな、医務室で着替えをもらってくるといい」
「あ、ありがとうございます、アーク様……!」
生徒が走り去るのを見届けると、アークはこちらの視線に気づいて振り返った。
俺は胸の教会の紋章を示し、穏やかに歩み寄った。
「教会の巡礼鑑定士です。見事な仲裁でしたね、アーク様」
名門公爵家の令息なら、下級鑑定士を顎で使ってもおかしくはない。
だが――アークは即座に居住まいを正し、胸に手を当てて快活に頭を下げた。
「これは教会の神官様。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
嫌味も打算も感じさせない、清々しい礼節と爽やかな笑顔。
「本日の『主脈覚醒の儀』、どうぞよろしくお願いいたします。私のような若輩者ですが、神の導きに従い、全力を尽くす所存です」
(……ほう。名門のボンボンと聞いて構えていたが、とびきり気持ちの良い好青年じゃないか)
裏表のない真っ直ぐな瞳と、芯の通った澄んだ声。スクールカーストの頂点に立ちながら、決して他者を見下さない器の大きさ。俺は一目で、強い好感を抱いた。
(ドラグニール公爵家の長男、アーク……か)
◇
大講堂の祭壇には、青白い光を放つ三つの巨大な魔導水晶が配置されていた。水晶を囲み、老練な上位鑑定士たちが三人一組で祝詞を唱えている。
「精神を統一せよ。魔力波長を同調させ、魂の根源より枝脈の脈動を読み取るのだ……!」
「波長測定完了。主脈の深度を計測……魂の臨界点、第4領域に達しております!」
「よし、記録せよ! 主脈の潜在限界はLv.4、発現適性は『上級魔導士』だ!」
祭壇から降りてきた男子生徒が、貴族生徒たちから割れんばかりの拍手を浴び、誇らしげに胸を張る。貴族の子弟の『主脈覚醒の儀』は、国家の軍事と権力構造を左右する最重要行事だ。誤審は許されない。だからこそ、三人がかりで意識を同期させる厳重な体制が取られていた。
(……なるほどな。最高峰の鑑定士が三人がかりで魔力を絞り出して、ようやく精度90%前後ってところか)
列から少し離れた相談席で、俺は腕を組んでその様子を眺めていた。
魂には「潜在限界値」や「隠し職業ノード」も眠っている。一般の高位鑑定士では、そこまで見通せないのだ。
(それに比べて……俺の【深淵透視】は、一瞬触れるだけで潜在限界も隠しノードも100%見通せる。前世のMMO知識と合わさると、つくづく反則じみたチート能力だな)
俺は己の手のひらを見つめ、小さく息を吐き出した。
だが――規格外の力を授けられたことに、胸の奥では拭いきれない疑問が渦巻いていた。
(……そもそも、ウルズ神は一体何を狙って、俺をこの世界に呼び寄せたんだろうな?)
俺にできることの本質は、「他人の魂の深淵を見抜き、最短ルートで怪物を育成すること」だ。
それも内政や生産系ではない。圧倒的に、戦闘特化のスキルツリーの調律に特化している。
(……戦闘のスペシャリストばかりを効率よく量産させて、神は何を企んでいる? 人間同士の泥沼の権力闘争や戦争を面白がるための娯楽か?)
もし神の狙いがそんな悪趣味なチェスゲームなら、正直反吐が出る。
(……いや、違うな。エレオノーラが言っていたはずだ。太古の深淵に封印された悪魔『V.O.L.P.S』、そしてその復活を目論む狂信結社『原初の使徒』の存在を)
オーグの迷宮で見た人造キメラ。王都の大規模レイド演習で企てられている生体実験。
もし神の意志が実在し、俺を転生させた意味があるのだとすれば――。
それは、神々すら手を焼く破滅の災厄を打ち破る「対抗戦力」を、俺の手で育て上げさせるためなのかもしれない。
「……マルク様、難しいお顔をされていますが、何か気になることでも?」
背後に控えていたライラが、気遣うように小声で耳打ちしてきた。
「いや、ちょっと神様の意図について壮大な妄想をしていただけさ」
「神の御心ですか。……私にはわかりませんが、エレオノーラがマルク様を溺愛……いえ、重用されていることだけは確かです」
「溺愛って言い直そうとしただろ今。あの鬼ババアがそんな殊勝なタマなわけないだろ」
「国家機密ですのでノーコメントとさせていただきます」
「おい」
ライラとの軽口で、少し肩の力が抜けた。俺はパンと両手で頬を叩き、相談席の椅子に深く座り直した。
何故、エレオノーラがマルクを原初の使徒から遠ざけたかったのかの答え合わせ。
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