第42話:ロイスとマルクの秘密会談
王都の裏通りの大衆酒場は、夜更けになっても活気にあふれていた。油じみた丸テーブルの向かいで、ロイスが素焼きのジョッキを傾ける。
「ぷはぁっ! マルクとこうしてサシ飲みなんて、いつ以来だ? 珍しいこともあるもんだな」
「悪かったな、急に呼び出して。ちょっとお前に頼みがあるんだ」
俺はエールに口をつけた。
「頼み? 明日からあの爆弾娘達を数日間預かる話かい?」
「ああ。基本はガインたちと一緒に基礎をさらってもらう予定だが、一人だけ、お前に重点的に見てもらいたい奴がいる」
ロイスは泡のついた唇をぬぐい、片眉を上げた。
「あー、あの黒装束の姉ちゃんか。悪いが、あいつの身のこなしはとっくに完成してるぜ。俺が教えることなんてねぇよ」
「違う。ライラじゃない」
「あん? じゃあ、ミラちゃんの方か? あれはガインの領分だろ」
「ミミィの方だ」
ロイスは、きょとんと目を丸くした。
「ミミィ? あの狼の子供を連れた娘っ子か? ……おいおい、あいつはテイマーだろ?」
「そうだ」
「テイマーの技術なんて知らねぇぞ。魔獣を前に出して、自分は後ろから指示を飛ばすのが基本だろ。斥候の俺に何を教えろってんだ」
「普通のテイマーならその運用で合っている。だが、ミミィの場合は違うんだ」
ロイスは腕を組み、細い目をさらに細めた。
「……なるほどな。俺に面倒を見させるってことは、あいつを前衛でも後衛でもなく『中衛』に置きたいってことか?」
「察しが良くて助かるよ」
「中衛テイマーねぇ……本人が前線の一歩後ろで剣を振るうってかい? 魔獣の操作だけで手一杯だろ」
「ミミィの反応速度と体幹なら、こなせる。白銀も居るしな。もちろん、お前の観察眼をあてにしてだ」
真顔で言う俺に、ロイスは苦笑して首を振った。
「俺の観察眼だぁ? 買い被りすぎだぜ」
「買い被ってないさ。ガインが前に出られて、ヘレナが安全に詠唱できるのは、お前が隙間を埋めているからだ」
俺はジョッキを置いた。
「敵の視線や重心のブレを先回りして潰す立ち回りは、お前が一番うまい」
同じ主脈でも、枝脈の組み合わせと連携の妙で、実力は天と地ほど変わる。主脈Lv.4のロイスは、敵の初動を察知する感覚系の枝脈を無駄なく整えている。だから戦場の穴を瞬時に塞げるのだ。
照れくさそうに鼻をかいたロイスが、ふと真顔になってグラスを置いた。
「……なぁマルク。なら何で、中衛専門の連中や片手剣の剣士に声をかけないんだ? 剣ならそっちが教えやすいだろ」
俺は手元のジョッキを見つめ、少し口ごもった。
「……あいつらに見せると、ショックが大きすぎるからだよ」
「あ?」
「あいつらじゃ、ミミィの才能を見て自信を失いかねない。自分の役割に絶対の自負を持つお前じゃないと、受け止めきれないんだ」
ロイスの表情から、軽薄さが消えた。
「……あいつは、そこまでなのか?」
「ああ。あいつの魂に眠っている枝脈の広がりは――あのリアーチカに近い」
ロイスの息が止まった。
目を見張ったまま、俺の顔を凝視している。
「……リアーチカに近い、だと? おい、冗談だろ……?」
「本気だ」
「リアーチカと同系統の器が、中衛で魔獣と暴れる遊撃手だと? とんでもない化け物が出来上がるぞ」
「だからこそ、お前に頼みたい。あいつに距離感の測り方と、味方に合わせる呼吸を教えてやってほしいんだ。……無理そうか?」
ロイスは深く息を吐き出し、口端をニヤリと吊り上げた。
「無理なわけあるかよ。面白そうじゃねぇか。受けて立つぜ」
「助かるよ」
「ま、期待に応えてみせるさ。……だけどよ」
ロイスはエールを一口あおり、どこか恨めしそうに俺を見た。
「同門の仲間としては、少し妬けるぜ。あんたがそんな楽しそうに別の弟子を語ってるとさ」
「え?」
不意を突かれ、俺は間抜けな声を出した。
「お前……俺を、師だと思ってくれてるのか?」
「当たり前だろ」
ロイスはあっけらかんと言い放った。
「ガインもヘレナも、俺もそのつもりだぜ。マルクがいなきゃ、俺たちなんざ路地裏でくすぶって、とっくに野垂れ死んでたよ」
胸の奥が、熱いもので満たされていく。貴族派幹部たちの圧力で、クランを追放される形で契約解除になった時。俺は少なからず引け目を感じていた。あいつらは見捨てられたと怒っているのでは。そう恐れていたが、目の前の男に蟠りは微塵もなかった。
「……ありがとうな、ロイス」
「礼なんていいっての。それにさ、戻ってきてくれて感謝してるのは俺たちの方なんだぜ」
ロイスはグラスの縁を指でなぞり、声を一段落とした。
「マルクが出ていってから……マスターは、本当に苦しそうだったからな」
脳裏に、昼間に見たセリアの姿が浮かんだ。
「マスターは強がりだから弱音を吐かねぇが、背負ってるものが重すぎたのさ。一番救われたのはマスターだよ」
「……そうか」
「だからさ、おまえの連れだろうが、きっちり鍛え上げてやるよ。全部まとめて、レッドアイズの看板なんだろ?」
ロイスがジョッキを持ち上げ、ニッと笑いかけた。
俺もジョッキを握り直し、カチンと小気味よい音を響かせて杯を合わせた。
大規模なレイド演習を前に、交わされた約束。
酒場の喧騒は、夜遅くまで続いていた。
あんまり描写が無かったので分かりにくくして申し訳ありませんが、ミミィはずっと片手剣と盾で戦っていました。ドラクエで言えば銅の剣とお鍋のフタくらいの装備です。
<重要なお願い>
冒険の先が少しでも気になった方は、リアクション、☆、ブックマークお願いしますm(__)m




