第41話:上位鑑定士と下位鑑定士
「改めまして、専属鑑定士のネロ・アルカディアと申します。前任のマルク先生、薄給での基礎鑑定、ご苦労様でした」
ネロが柔らかな笑みで頭を下げた。胸元では、国家試験をパスしたエリートの証である金色のバッジが主張している。
「どうも。ご活躍はセリアからも聞いていますよ、ネロ先生」
俺は大人の笑みで会釈を返しつつ、そっと精神を集中させた。
(な、なんだこいつ……なにかの間違いか……?)
ネロの主脈を覗き見て、俺は激しい不快感に駆られた。
「さて、みんな揃ったところで王都での活動方針を話し合おうか」
セリアがテーブルの中央に腰を下ろし、煙管に火をつけた。
すると、ガインが太い腕を組み、俺の正面へ身を乗り出してきた。
「おいマルク! この前のウルフ戦で、両手斧を振り下ろした時に右肩が張っちまったんだ。どこの枝脈を意識すりゃ直る?」
「俺も俺も! 踏み込み角度を診てくれよ。左足の切り替えがコンマ数秒遅れてる気がしてさ」
ロイスまでがニヤニヤと身を乗り出す。眼鏡を直したヘレナまでもが口を開いた。
「私もです。今の【魔力循環】だと、詠唱短縮の燃費が悪くて……マルク先生のアドバイスを再確認したいのですが」
「ちょ、ちょっと待てお前ら!」
俺は慌てて両手を振った。
隣で、ネロの眉がピクリと跳ね上がっていた。笑顔が、わずかに引きつっている。
「おいおい、俺に見えるのは【主脈Lv.3】までだぞ? Lv.4やLv.5のお前らは対象外だ。ネロ先生に診てもらいな」
俺は『表向きの三流設定』を盾に断ろうとした。だが、ガインは豪快に笑い、俺の肩をバシバシと叩いた。
「がっはっは! 何言ってんだマルク、まぁ見るだけでいいからさ!」
「そうそう! あんたが『ここを意識しろ』って言うだけで、なぜか身体の詰まりが消えるんだから不思議だよな!」
(……こいつら、俺がLv.3以上も見えていることに完全に気が付いてやがるな……!)
背筋に、冷や汗がツーと伝う。
長年一緒にやってきたガインたちは、俺の助言の精度を肌で知っているのだ。その空気に耐えかねたのか、ネロがテーブルを指先でトントンと叩き、割り込んできた。
「皆様、そこまでです。些細な違和感なら、現専属の僕が正確に診断いたします。国家試験の基準に基づけば、ガイン様の主脈の筋肉疲労は――」
「あー……ネロ先生、悪いんだがその診断、大雑把すぎてよく分からねぇんだよな」
ガインが頭を掻き、悪気のない顔で言い放った。
「マルクの助言はさ、身体の使い方の芯を直接突いてくるんだよ。魔力数値のグラフとか言われても、戦場じゃ役に立たねぇんだ」
「なっ……!?」
ネロの顔から、完全に血の気が引いた。
国家上位鑑定士のプライドが、粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
「まあまあ、ネロ。あんたはギルド本部との昇格手続きや対外折衝で忙しいんだからさ」
セリアが煙を吐き出し、苦笑交じりにフォローを入れた。
「現場の泥臭い微調整くらい、このタダ働き野郎に雑用としてやらせときゃいいのさ。経費節約にもなるしね」
「……ええ、セリアマスターの仰る通りですわね。失礼いたしました」
ネロは深く頭を下げた。だが、握りしめた拳の爪は、手のひらに食い込むほど白く震えていた。
「ふん……私は自室で次のレイド演習の書類を確認してまいります」
◇
ドレスの裾を翻し、ネロは足早にメインホールを出ていった。
本部の一角にある鑑定士執務室に入るなり、扉を乱暴に閉めて鍵を掛ける。
「――ふざけないでよッ!!」
モノクルをもぎ取って机に叩きつけ、美しい顔を憎悪に歪ませる。
「何なのよあいつは……!? ボクがどれだけ苦労して国家資格を取ったと思ってるんだ!? どうしてあんな三流に団員たちが群がるんだよ!」
レッドアイズの団員たちを初めて鑑定した時の戦慄が、ネロの脳裏をよぎる。【主脈Lv.3】やLv.4の戦士たち全員が、常識外れの精度で枝脈を完璧にコンプリートされていた異常事態。優秀な鑑定士が三人がかりで数年かけても届かない神業を、マルクは一人で成し遂げていたのだ。
「【主脈Lv.3】しか見えない下位鑑定士にできるはずがない……怪しい薬か、禁忌のインチキを使っているに決まってる」
ネロの瞳の奥で、ドス黒い嫉妬と猜疑心の炎が燃え盛る。
「調子に乗っていられるのも今のうちだよ、教会のネズミが……レイド演習で、貴族の前で化けの皮を剥いで、王都から追放してやる……!」
◇
一方その頃――レッドアイズの明るい食堂には、まったく別の空気が流れていた。
「ふぇぇ……! 王都のバタークッキー、サクサクでとっても甘くて美味しいですぅ……!」
「ミラちゃん、お口の周りにクズがついてるわよ。ほら、お茶も一緒に飲みなさい」
テーブルを囲んでいたのは、焼き菓子を頬張るミラと、白銀のローブのトップ治癒士リアーチカだった。
リアーチカは優しく微笑み、ミラの口元をナプキンで拭ってやっている。
「白銀ちゃんもクッキー食べる? はい、小さく割ってあげるね」
「わんっ!」
ミミィの膝の上で、銀色の子犬がクッキーの欠片をペロリと平らげた。
「経費の上限があるけど、みんなでお茶を飲むのって楽しいですね!」
「ええ、ミミィちゃんたちのおかげで、この本部もずいぶん賑やかになったわ」
和気あいあいとした女子会の笑い声が、食堂に響いていた。
◇
自室に戻った俺は、ライラと共に机に地図を広げていた。
「さて……専門パーティ結成の話だが、レイド演習で『原初の使徒』に備えるにも戦力が要る……」
「はい。奴らがキメラ化実験を企てている以上、極めて危険な戦いになります」
ライラが淡々と相槌を打つ。
「ああ。だからこそ、いつまでもレッドアイズの力に頼っているわけにはいかない」
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
「演習までに、俺たちの直属パーティとして動ける、自前の【専属の盾役】を絶対に確保しなきゃならない」
「王都の冒険者ギルドや野良の酒場ですね。スカウトの準備はいつでも可能です」
「よし、明日は朝一番で王都のギルドへ行くぞ。俺の【深淵透視】で、原石を見つけ出してやる!」
ネロはボクっ娘です。
普段は、エリートっぽい言葉使いですが、感情が高ぶると素の言葉使いになります。
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