第40話:義母からの警告
夕暮れの紅い光の中、幌馬車は白亜の城壁に囲まれた大都市――『王都レ・ルミナス』の正門をくぐり抜けた。大通りを馬車と冒険者が行き交い、上空では騎士団の飛竜騎兵が旋回していた。
「ふぇぇ……! 何度見ても、王都の建物はお山みたいに高くて人がいっぱいですぅ……!」
窓から顔を出したミラが、規格外の胸元を揺らして感嘆の声を上げた。
「白銀ちゃん見て見て! 露店がいっぱい並んでるよ!」
「くぅ〜ん!」
ミミィの膝の上で、手のひらサイズの子犬――元・白銀狼王が嬉しそうに尻尾を振る。
「ふぅ……ようやく戻ってきたな。やっぱり住み慣れた街の空気は落ち着くぜ」
俺が伸びをすると、向かいの席で煙管をくわえたセリアがニヤリと笑った。
「感慨に浸るのは後にしな。まずはあたしらの本拠地に荷物を運び込むよ」
馬車が向かったのは、王都の一等地に構える石造りの大屋敷――『レッドアイズ』の王都本部だった。俺たち四人分の部屋に案内された後、俺はライラに視線を向けた。
「セリア、俺は教会の所属鑑定士として、本部に巡礼と調査の完了報告を入れてくる」
「はいよ。後で一階のメインホールにおいで。紹介したい奴もいるからさ」
教会の一室で、ライラが窓を閉めて結界布を張る。
「周囲の盗聴・索敵反応、感知されません。マルク様、通信の準備が整いました」
「助かるよ、ライラ」
俺は、安置されたウルズ教の小さな銀の『ご神体』の前に立った。教会本部と思考を直接結ぶ、【超長距離念波通信機】でもある神具だ。
精神を研ぎ澄まし、額に指先を当てて念を送り込む。
(――マスター、聞こえますか。マルクです)
微かなノイズの後、聞き慣れた女性の声が響いた。
『……繋がりましたね、マルク。王都への無事の帰還、ご苦労様でした』
俺を拾い育ててくれた義母であり、ウルズ教会の最高幹部――大司教エレオノーラだ。
(再度報告いたします。オーグの『苔生す緑鱗の迷宮』第5層にて、人工の『魔力励起杭』と、異なる魔獣のスキル系統を縫合した人造キメラの痕跡を確認しました)
(白銀狼王のスタンピードも、自然発生ではなく人為的な誘導によるものです)
通信の向こうで、エレオノーラが小さく息を呑む気配がした。
『……やはり再調査でも、そうでしたか。オーグの事件の全貌、確かに受け取りました』
その声は静かだったが、どこか満足げな響きを帯びていた。
『それにしても……勇者候補をLv.4に引き上げ、テイマー《ミミィ》に狼王を従えさせ、レッドアイズに食費まで転嫁するとは……ふふ、悪知恵だけはよく回る子ですね』
(うぐっ……全部筒抜けでしたか)
『当然です。ライラからの定時報告書も目を通していますからね』
横で直立不動のライラが、平然と前を見据えている。
(チッ、ライラのやつ、食費のことまで報告してやがったのか……)
内心で苦笑していると、エレオノーラの声音がふっと真剣なものに切り替わった。
『マルク。ここからが本題です。あなたに第二の特務を下します。――ミラとミミィ、そしてライラを正式に育成するためのパーティを結成しなさい』
(三人娘を育てるための……専用パーティを結成しろと?)
『ええ。真に才能を開花させるには、実戦の中で技能を噛み合わせ、チームとして連携を磨く必要があります』
『人選はあなたに一任します。彼女たちの指導役として、あなた自身が手綱を握りなさい』
頷きかけた時、エレオノーラが重々しく言葉を継いだ。
『それと……オーグの迷宮を汚染した犯人たちの正体についてですが』
『彼らは、かつて深淵へと封印された悪魔|『V.O.L.P.S』《原初の泥の悪意》の復活を目論む狂信の魔導結社――『原初の使徒』です。すでに王都へ潜入し、近日開催される国家行事『大規模レイド演習』に狙いを定めているようです』
(悪魔『V.O.L.P.S』を信奉する結社……『原初の使徒』……!)
前世のMMO『マスターズ・レギオン』でも、ダンジョンの核を奪い、人造合成獣を量産していた敵対勢力だ。
だが、悪魔を信仰していた奴らでも、悪魔の名前までは出なかったはず……『V.O.L.P.S』とは一体……
背筋に冷たいものが走る俺に、エレオノーラは厳格な声で命じた。
『マルク。『原初の使徒』はあまりにも危険です。奴らの企みを阻止するのは、王都の上位クランや王国騎士団の役目。あなたたちはこれ以上、奴らに関わってはなりません』
(……関わるな、ですか?)
『あなたの役目は三人の育成です。レイド演習への参加は構いませんが、奴らの気配を察知したら即座に手を引きなさい』
だが、俺は引き下がらなかった。
(……断ります、マスター)
『……何ですって?』
念波の向こうで、エレオノーラの気配が険しくなった。
(レッドアイズはあの演習に参加します。あいつらが奴らの実験に巻き込まれるなら……俺は引く気はありません)
『マルク! 相手は教会でも全容を掴みきれていない狂信結社なのですよ!? 一歩間違えれば命を落とします!』
(分かっています。ですが、あいつらは俺が育て上げた連中だ。得体の知れないキメラの苗床なんかにされてたまるかってんです)
(それに――いざとなれば、俺の能力で奴らの鼻先をへし折ってやりますよ)
エレオノーラは、しばし沈黙した。
やがて、諦めと呆れの混ざった深い溜息が脳裏に届く。
『……はぁ。本当に、昔から一度言い出したら聞かない子ですね。誰に似たのやら……』
(マスターに似たんでしょうね。……で、装備やパーティ結成の活動資金ですが……教会から特別予算が下りたりしますよね?)
すかさず経費を無心する俺に、エレオノーラはピシャリと言い放った。
『甘えないでください。自分の意思で危険に首を突っ込むのです。資金も自分たちで賄うのが教育の一環だと、以前もお伝えしたはずですよ』
(えっ……!? ま、まさか……)
『当然、教会からの追加予算は一銭も出しません。軍資金くらい、その悪知恵で何とかしなさい』
(ちょ、ちょっと待ってくださいマスター! あいつらの食費だけでも破産寸前なんですよ!?)
『期待していますよ、マルク。……通信を終了します』
(ああっ、マスター!? クソババアァァァッ!!)
ぷつりと念波が途切れ、冷酷な沈黙が部屋を支配した。
「……また全額棄却ですか、マルク様」
「ああ、綺麗さっぱり一文も出さないそうだ! まったく、相変わらず人使いの荒い義母上だぜ!」
俺は頭を抱えて机に突っ伏した。
「やれやれ……任務だけ背負い込むことになったな。こうなったら、レッドアイズとの提携をしゃぶり尽くして稼ぐしかないぞ」
「承知いたしました。金策のサポートはお任せください」
身なりを整え、俺たちはレッドアイズ本部のメインホールへ向かった。
◇
オーク材の扉を開けると、広間の中央にセリア、ガイン、ロイス、ヘレナ、ヴォルクが集まっていた。
そして――テーブルの上座には、見慣れない一人の女性が腰掛けていた。銀糸のローブに、金色のモノクル。胸元には、国家公認の『上位技能鑑定士(Lv.5対応)』を示す金色のバッジが輝いている。
「戻ったかいマルク。紹介するよ、うちが新しく雇った専属鑑定士のネロだ」
ネロが優雅に立ち上がり、柔らかな笑みで進み出た。
「初めまして、前任のマルク先生。教会所属のLv.3鑑定士様だと伺っております。お噂はかねがね」
愛らしい声で微笑み、丁寧に頭を下げるネロ。
だが――。
彼女が目を細めた刹那、モノクルの奥にギラリと宿ったドス黒い嫉妬。三流鑑定士を見下す、冷たい蔑みの光。
俺の観察眼は、それを決して見逃さなかった。
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