第37話:異世界転生者、身売りする
「断れない最高の提案だと? 寝言は寝てから言いな」
セリアは煙管を指先で弄び、冷ややかな視線を俺に向けてきた。
「言いくるめようとしても無駄だよ。『貸し』はびた一文まける気はないし、人員のタダ貸しなんて論外さね」
「分かっているさ。貸しをきっちり清算した上で、お互いが儲かる極上の取引の話をしに来たんだよ」
俺は向かいの椅子を引き、堂々と腰を下ろした。
隣のガインがジョッキを置き、怪訝そうに眉を寄せる。
「おいマルク、破産寸前で頭がおかしくなったか? 素寒貧が、マスター相手に何を持ちかける気だ?」
「素寒貧なのは現金だけさ。俺の手元には、今の『レッドアイズ』が喉から手が出るほど欲しい資産がある」
「資産?」
セリアの瞳が、わずかに細められた。
俺は身を乗り出し、低く落ち着いた声で切り出した。
「セリア、あんたたちが王都へ戻り、一気に『大手クラン』へ駆け上がろうとしている野望は知っている」
「へぇ、それがどうしたんだい」
「今のレッドアイズは少数精鋭だ。ガインもロイスもヘレナも、俺が調整したおかげで申し分ない完成度を誇っている」
「だがな、王都の大手や貴族直属のレギオンと張り合うには、『手数の厚み』と『突出した爆発力』が足りない」
「ッ……」
痛いところを突かれ、セリアの喉が微かに動いた。
王都では、スタープレイヤーの存在と戦力層の厚みが、クランの評価に直結する。
「そこで提案だ。俺たち4人を――期間限定で、レッドアイズの『直属特務ユニット』として丸ごとセットで売りつけてやる」
「は? 4人セット売りだとぉ!?」
セリアが素っ頓狂な声を上げ、ロイスとヘレナも目を丸くした。
「そうだ。セットの内容を説明してやろう」
俺は指を一本ずつ立てていった。
「一人目、このマルク。全員の精密鑑定とスキル調整を即座に行えるベテラン専属アナリスト」
「二人目、ミラ。主脈Lv.4に覚醒し、ランク6の白銀狼王の氷雪障壁ごと胸板を粉砕した、超重火力アタッカー」
「三人目、ミミィ。【主脈Lv.3】の超希少職テイマー。小型化した狼王を使役し、氷結の足止めと立体的な牽制をこなす遊撃手」
「四人目、ライラ。教会仕込みの冷徹な技術を持つ【主脈Lv.3】アサシン。索敵、潜入、不意打ちのスペシャリスト」
酒場の空気が一変した。
「マジかよマスター!」
ガインが身を乗り出して叫んだ。
「丸ごとうちの戦力に!?」
「そいつはすげぇや! そんな戦力を連れて凱旋すりゃ、ギルド本部も貴族連中も度肝を抜かれるぜ!」
ロイスも興奮を隠せず、テーブルを叩いた。
セリアは煙管をくわえ、じっと俺を凝視していた。商売人の計算が、凄まじい勢いで回っている。
「悪くない提案だね。その4人がうちの傘下で動くなら、王都での評価は跳ね上がる」
セリアは目を細めた。
「で――その美味い話の裏にある、あんたの『要求』は何だい?」
「条件は二つだけだ」
俺は人差し指と中指を突き出した。
「一つ目。提携期間中、俺たち4人の依頼報酬と素材売却益の一部を天引きし、『貸し』を段階的に清算して帳消しにすること」
「ふん、妥当だね。労働で返すってんなら文句はないよ。で、二つ目は?」
「二つ目。移動と滞在中の、俺たち4人の宿泊費、移動費、備品代――そして何より『すべての食費』を、レッドアイズのクラン経費で全額負担することだ」
静寂が、酒場を支配した。
数秒の沈黙の後――セリアが立ち上がり、机を両手で思い切り叩きつけた。
「おい待てぇぇぇぇぇっ!!」
セリアの怒号が店内に響き渡る。
「あんた、サラッととんでもない爆弾をねじ込んできたね!? 要するにあの底なしの胃袋を、うちの金庫に丸投げしたいだけじゃないか!」
「ケチなことを言うなよセリア。大手だって欲しがる主脈Lv.4のアタッカーを、飯代だけで使い倒せるんだ。実質タダみたいなもんだろ」
「タダなわけあるかい! あいつの一晩の食費で、中堅パーティの装備が一式揃っちまうよ!」
「だが、彼女の一撃はそれ以上の価値を生むぜ。白銀狼王を叩き割ったあの破壊力、一番近くで見ていたのはあんただろ?」
俺が不敵に笑いかけると、セリアはぐぬぬと奥歯を噛み締めた。天秤の上で揺れているのは、ミラの莫大な食費というデメリットと、国家戦力級の4人ユニットがもたらす絶大な実益だ。
「チッ、食えない男だよ、本当にさ……!」
セリアは激しく煙を吐き出し、ドカリと椅子に座り直した。
「いいだろう! その取引、乗ってやるよ! ただし、王都に着いたら骨の髄までこき使ってやるから覚悟しな!」
「毎度あり。話が早くて助かるよ」
俺たちは羊皮紙の契約書に互いのサインを走らせ、ガッチリと握手を交わした。
◇
宿屋へ戻ると、ミラが山のような肉料理を平らげ、満足そうにお腹をさすっていた。
「ふぇぇ……ごちそうさまでしたぁ……! 先生、私、またいっぱい食べちゃいましたぁ……」
「いいんだミラ、遠慮なく食え。今日からお前の飯代は、全部セリアのクランが払ってくれることになったからな!」
「ほ、本当ですかぁ!? セリアさん、すっごく太っ腹で優しい人ですねぇ!」
満面の笑みで喜ぶミラ。膝の上で子犬を抱き、「わぁ、白銀ちゃん初めての王都だね!」と目を輝かせるミミィ。
その横で、ライラが無表情のままスッと耳元に近づいてきた。
「見事な責任転嫁ですね、マルク様」
「人聞きが悪いな。正当な業務提携と言ってくれ」
破産の危機を強引に乗り越え、俺たちは王都行きの馬車に乗り込むべく荷造りを始めた。
かつて、ここまで追放元に寄生し続ける主人公が居ただろうか?
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