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スキルダイバー~追放された深淵の鑑定士は最強レギオンを作り上げる~  作者: 国木田。
下位鑑定士と少女たち

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閑話:王国騎士隊長ガルツ

 オーグの街を揺るがした『大森林討伐作戦』が幕を閉じた日の夕刻。王国騎士隊長である私、ガルツの意識は、救護所の天幕の中で深い闇から浮上した。ずきり、と鈍い痛みが頭の芯を揺らす。


 目を開けると、粗末な木組みの天井がかすんで見えた。全身を縛る包帯の圧迫感と、熱を帯びた皮膚の痛みが、生きていることを告げていた。


「気がつかれましたか、隊長!」


 駆け寄ってきた衛生兵の青ざめた顔を見上げ、私は掠れた声を絞り出した。


「……街の、民たちは……! 避難は、間に合ったのか……!?」


「ご安心ください! 討伐は無事に終わり、街にも民にも被害はありません!」


「そうか……よかった……」


 張り詰めていた息を吐き出し、私は重い頭を寝台へと沈めた。だが、安堵の直後に胸を焼いたのは、泥水のような苦い悔恨だった。大森林に突如として現れた巨獣、『デス・オーガ』。頭部に二本のねじくれた角を生やし、黒紅の甲殻と分厚い筋肉の鎧をまとった悪夢の化け物だ。


 結果はどうだったか。

 足止めの一撃を誇らしげに叫んだ直後、巨腕のただの一振りで私の身体は吹き飛ばされ、巨岩へ叩きつけられて意識を失った。部下たちも散り散りに蹴散らされ、前線の冒険者たちを無用の混乱と死の恐怖へ叩き落としたのだ。


「……私は、国家の騎士でありながら、部下を危機に晒し、民を守る盾にもなれなかったのか……」


 奥歯がギリと軋む。手甲を外された指先が、悔しさに震えてシーツを握りしめた。この世界において、人の階位は魂に刻まれた【主脈《スキルレベル》】によって厳格に定められている。


 【主脈Lv.4】は、中堅から一軍のエースとして名を馳せる。私自身も研鑽の末に【主脈Lv.4】の領域へと足を踏み入れ、王国騎士隊長としての地位と誇りを築いてきた自負があった。


 だが、あの『デス・オーガ』の腕力と耐久力は、桁が違いすぎた。


 最低でも【主脈Lv.5】の英傑が前衛に立たなければ、戦えぬ絶対の捕食者。そんな化け物を前にして、誰が街を守り抜いたというのか。


「……おい、衛生兵。一体誰が、あの化け物を止めたのだ? 王都から特級の増援でも駆けつけたのか?」


「いいえ、隊長。討伐を成し遂げたのは……現地の冒険者です」


「現地の冒険者だと……? ギルドマスターのバッカス殿か?」


「いえ。酒屋でよく見かけるという、駆け出しの女戦士……大槌使いの『ミラ』殿です」


「……は?」


 耳を疑った。


「馬鹿なことを言うな。あの女戦士なら私も見かけたことがある。確かに常識外れの巨躯ではあるが、身のこなしは鈍重で、基礎も覚束ない駆け出しではないか!」


「それが……本当なのです。オーガの足元が崩れた隙を突き、捨て身で大槌を胸に叩き込み、相討ちのような形で討ち倒したと……」


「相討ち……奇跡のまぐれ当たりとでも言うのか……?」


 信じられるはずがなかった。

 あの鋼鉄のような甲殻を、ただの駆け出しの力任せの一撃が貫けるはずがない。私は痛む身体を無理やり起こし、寝台から足を下ろした。


「た、隊長! まだ動いてはなりません! あばら骨にヒビが入っているのです!」


「止めるな。この目で確かめねば、死んでも死にきれん」


 壁に手をつき、足を引きずりながら、私は救護所の天幕の出入口へと向かった。


 天幕の布をわずかに押し開けると、夕暮れの橙色の光が目に沁み、立ち込める土煙と血の匂いが鼻先をかすめた。広場の中央には、胸部を粉砕されて横たわる『デス・オーガ』の巨骸があった。間違いなく、あの凶悪な魔獣が息絶えている。


 信じられない。

 本当にあの化物が討伐されていた。


◇


「ふぇぇぇ……痛い、痛いですぅ……! 全身の筋が切れちゃいそうですぅ……!」


「はいはい、ミラさん動かないで。ほら、あーんして。スープ冷めちゃうから」


 寝台の上で涙目になって縮こまるミラと、甲斐甲斐しく木匙でスープを口に運ぶ少女ミミィの姿があった。噂通りの大怪我、いや、酷い筋肉痛のように見える。


 だが――私の視線は、その二人ではなく、少し離れたところに立つ一人の青年に釘付けとなった。教会の質素な法衣をまとい、羊皮紙を片手に冒険者たちへ指示を出している青年。


 ウルズ教会の巡礼鑑定士として出向してきた、下位鑑定士マルク神官だ。


「おい、そっちの槍使い。太ももの止血帯を少し緩めろ。鬱血して枝脈の魔力が滞ってるぞ」


「あ、はい先生! ……うお、本当だ、痺れが引いてきた!」


「そっちの重装兵は、泥水で冷やした布を首の後ろに当てておけ。頭の打撲は後から熱を持つからな」


「へい! 助かります、先生!」


 青年は淡々と、的確に負傷者たちの状態を見抜き、指示を飛ばしていた。その佇まいは、一見すればどこにでもいる教会のしがない衛生員に過ぎない。


 しかし――私の歴戦の勘が、背筋をチリチリと粟立たせていた。


(……なんなのだ、あの男は……?)


 奇跡の相討ち。現場の冒険者たちは口を揃えてそう囃し立て、彼自身も「奇跡的な幸運でした」と穏やかな笑みを浮かべて誤魔化している。だが、彼の足元や衣服には、死線をくぐり抜けた者特有の乱れや動揺が一切ない。


 周囲の歓声や熱狂に流されることなく、その切れ長の瞳は、冷徹なまでに戦場全体の損耗と人間の配置を俯瞰していた。


 あたかも、最初からこの結末を盤面の上で描き切っていたかのように。


(あの青年が……後方でただ見守っていただけの鑑定士が、あの奇跡を裏で糸引いていたとでもいうのか……?)


 技能鑑定士《スキルリーダー》とは、他者の魂の形を読み取り、技能の伸ばし方を助言する導き手だ。戦闘の最前線で奇跡を起こすような力など、教会の高位神官であっても持ち合わせてはいないはずだ。

ましてや、彼は表向き【主脈Lv.3】までしか視認できぬ下位の鑑定士に過ぎない。


 だが、私の直感が告げていた。命懸けで突撃した私を子供のようにあしらったあの怪物を、泥濘の奥で完膚なきまでに打ち破った真の要は――あの澄んだ瞳を持つ青年なのだと。


「……名誉も、手柄も誇らず、民の命を救い、影に徹するというのか」


 胸の奥底から、熱いものが込み上げてきた。民を危険に晒した自分自身の浅ましさが、恥ずかしくてたまらなかった。真の武威とは、派手な甲冑や勇ましい号令にあるのではない。


 誰にも知られずとも、理不尽な死の前に静かに立ち塞がり、弱者をあるべき未来へと導くことこそが、本物の『盾』の姿ではないのか。


「神官殿……貴方は一体、何者なのだ……」


 夕日に照らされる青年の背中を見つめながら、私は心の中で深々と頭を垂れた。この傷が癒えたなら、必ずあの男の前に赴こう。


 教会のしがない下位鑑定士としてではなく、この街を救い、私に真の騎士のあり方を背中で教えてくれた無名の英雄として――全霊の礼を尽くすために。

超チョイ役ですが、ガルツ好きなキャラなんです。

次の登場予定は……多分もう出てこないかな(泣)

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