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スキルダイバー~追放された深淵の鑑定士は最強レギオンを作り上げる~  作者: 国木田。
下位鑑定士と少女たち

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閑話:食料危機来る

『苔生す緑鱗の迷宮』への遠征二日目。第2層の掃討を終え、ミラが【主脈Lv.4】への昇格を果たした翌朝のことだ。


 燃え尽きた灰の前に座り込み、俺は両手でこめかみを押さえていた。


「……うーむ」


「おはようございます、マルク様。朝からずいぶんと深く悩んでおられますね」


 背後から、衣擦れの音すら立てずにライラが現れた。


「ライラか……。ああ、頭を抱えざるを得ない事態だ」


「状況は把握しております。食料が底をついたのですね」


「……話が早くて助かるよ。だが、どうしてこうなった」


 俺の足元には、すっかり空になった干し肉の木箱と、綺麗に舐めとられた保存缶が転がっている。


「そもそも、携帯食だけであのミラの巨躯を満たすのが無理なのは最初から分かっていたさ。だから樹海で狩った魔物の肉や、川の魚を獲って騙し騙しやってきたんだ」


「はい。その判断自体は極めて合理的でした」


「だろ? 俺はこういうことも予想して、アイテムボックスにあらかじめ余分に食料を詰め込んできたんだ。なのに、どうして一晩で影も形もなく消え失せてるんだよ……!」


「原因なら明確です。昨夜、ミラ様が【主脈Lv.4】へと正式に昇格された際、マルク様がついつい羽目を外して宴会を開いたからですね」


ライラは淡々と、一切の感情を交えずに事実を突きつけてきた。


「うっ……」


「『今日くらいは祝いだ、腹いっぱい食え』と仰り、マルク様自らアイテムボックスの封印を解いて、干し肉の束と特大チーズ、小麦樽を次々と供出しておられました」


「いや、だってあんなに嬉しそうに笑われたら、ついな……」


「結果として、ミラ様は常人の十倍以上の速度で、備蓄のすべてを胃袋へ収められました」


 人の肉体において、【主脈《スキルレベル》】の階位が上がるということは、骨格や筋肉、魔力回路の密度が根本から作り直されることを意味する。特に中堅上位の領域である【主脈Lv.4】への到達は、身体が要求する代謝エネルギーの桁を跳ね上げる。


 ましてやミラは、かつて俺の【経験値注入《エクス・インジェクション》】によって一時的に高位の身体感覚を細胞に刻み込まれた存在だ。肉体が本来の器に追いつこうとする過程で、異常なほどのカロリーを貪欲に欲してしまうのだ。


「……あいつの胃袋、本当にブラックホールなんじゃないか?」

「それに関連して、一つご報告がございます」


 ライラは懐から小さな手帳を取り出すと、指先でページをめくった。


「オーグの街を出発する前、ギルドの過去記録から『ミラ様がこれまで大成できなかった理由』を独自に調査いたしました」


「あいつの過去? 身体が大きくて不器用だから、どこのパーティからもお荷物扱いされてたんだろ?」


「表面上はそう記録されていました。しかし、実態は異なります。ミラ様と過去に一時的なパーティを組んだ冒険者たちの脱退理由を照会したところ、ある共通点が見つかりました」


「共通点?」


「はい。組んだパーティのすべてが、活動開始から一週間以内に『食費の破綻』を理由に解散、またはミラ様を除名しておりました」


「……は?」


「むしろ戦力としてはかなり高い評価を得ておりました。しかし、真の問題は、依頼の成功報酬をすべて食費に充ててもなお赤字になるという、その圧倒的な捕食量でした。要するに、あまりの食欲に誰も手が出せなかったのです」


 静まり返った清流のほとりに、乾いた風が吹き抜ける。


「才能の問題じゃなくて、ただの経済テロリストだったのかよ……!」


「はい。彼女が不遇をかこっていた最大の要因は、スキルの適性ではなく、同行者の財布を確実に破壊する燃費の悪さにありました」


 手帳をパタンと閉じたライラが、無機質な漆黒の瞳で俺を見つめてくる。


「ですから、マルク様が頭を抱える必要はありません。これは自然現象であり、不可避の災害です」


「慰めになってないぞライラ! 現実に俺たちの飯がゼロになったことには変わりないんだからな!」


 俺はがばりと立ち上がり、頭を激しく掻きむしった。


 本来の予定であれば、今日は朝から『苔生す緑鱗の迷宮』の第3層へ潜り、鋭利な長槍を構えるリザードマンの小隊を相手に本格的な実戦訓練を開始するはずだった。だが、空腹のまま前衛を立たせれば、集中力が切れて思わぬ被弾を招く。なにより、腹を空かせたミラを戦場に連れて行くのは、指揮官としてあまりにも忍びない。


「……あー、予定変更だ!」

「探索の中止ですね」


「中止じゃなくて延期だ。今日は一日、全力で食料確保に当てる! 樹海の獲物を片っ端から狩り尽くして、川魚を釣り上げて、食える山菜を根こそぎ引っこ抜くぞ!」


「賢明なご判断です」


「ヴォルクにもそう伝えてくれ。『今日のメイン任務は迷宮攻略ではなく、サバイバル調達だ』ってな」


「了解いたしました。ヴォルク殿なら、手慣れた様子で罠を仕掛けてくださるでしょう」


 ライラが短く一礼した、その時だった。


 背後の大型テントの幕が、カサリと音を立てて開いた。


「ふぇぇ……せ、先生ぇ……」


 現れたのは、寝起きの乱れた髪を揺らし、眉を八の字に下げた巨女だった。

 薄手の部屋着の胸元を両手で心細そうに押さえながら、のっそりと歩み寄ってくる。


 ぐうぅぅぅぅ〜……。


 静かな森の朝に、まるで中型魔獣の唸り声のような重低音が、ミラの平らなお腹から盛大に響き渡った。


「ひゃうんっ!? あ、あの……昨日の夜にあんなにたくさんいただいたのに……朝起きたら、もうお腹がペコペコで力が出ませんぅ……」


 恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め、涙目で縮こまるミラ。その申し訳なさそうな顔を見て、俺の胸の中にあった苛立ちは、急速に苦笑いへと溶けていった。


「いいさ、気にするなミラ。お前が力をつけてる証拠だ」


「ふぇぇ……本当ですかぁ……?」


「ああ。だから今日は一日、みんなでお前の腹を満たすための狩りに出るぞ!」


「わぁっ! お肉ですかぁ!? 私、お手伝い一生懸命がんばりますぅ!」


 満面の笑みを咲かせた怪力娘の姿に、俺は肩をすくめながら、腰の解体用の短剣をしっかりと締め直した。


あのミラが、少ない携帯食料だけで遠征なんてできるわけがないですよね。

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