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スキルダイバー~追放された深淵の鑑定士は最強レギオンを作り上げる~  作者: 国木田。
下位鑑定士と少女たち

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第32話:勝利の祝杯と胃袋の底なし沼

 白銀狼王がミミィの光に包まれ、子犬の姿へと変貌した瞬間。統率を失った数百頭のフォレストウルフたちは、完全に戦意を喪失した。蜘蛛の子を散らすように、魔獣たちが樹海の奥へ逃げ去っていく。オーグの街の防壁の前に、静寂が訪れた。


「……勝った……のか?」


 防壁の上で弓を握りしめていた自警団の一人が、呆然と呟いた。


「勝ったぞ……! 俺たちの街は守られたんだ!」


「うおおおおおおおおっ!!」


 次の瞬間、防壁の上からも、避難所の中央広場からも、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。抱き合って涙を流す住民たち。武器を天に突き上げる冒険者たち。地獄の防衛戦は、人的被害を最小限に抑えた勝利で幕を閉じたのだった。


◇


 そして――その日の夜。


「街を救った英雄たちに乾杯だぁぁぁっ!」

「かんぱぁぁぁいっ!!」


 貸し切りとなった街一番の酒場『猪の突進亭』は、凄まじい熱気に包まれていた。レッドアイズの精鋭たち、自警団の幹部、そして俺たち一行。テーブルには、山盛りの肉料理と酒樽が次々と運び込まれていく。


「がっはっは! マルク、約束通り今晩の飲み食いは全額あんたのおごりだからな!」


 大ジョッキのエールを一気に干したガインが、豪快に笑って肉の塊にかぶりつく。


「いい飲みっぷりだねぇ! どんどん持ってきな、店主! 一番高い酒樽を片っ端から開けちまいな!」


 セリアも上機嫌でジョッキを掲げ、酒を呷っていた。

 俺は財布の軽さに、引きつった笑みで冷や汗を流していた。だが、酒場の隅の特等席では、まったく別の意味で壮絶な光景が広がっていた。


「ふぇぇぇぇん……! 身体中がバッキバキで、指一本動かすだけでも激痛が走りますぅぅ……!」

「うぅぅ……私も……太ももの付け根がピキピキして、立ち上がることすらできないよぉ……」


 ソファー席にぐったりと横たわっていたのは、ミラとミミィだった。短時間で急激に主脈を強化され、さらにランク6の幻獣相手に限界まで魔力を振り絞った。その反動で、二人を猛烈な筋肉痛と神経疲労が襲っていたのだ。


「ちょ、ちょっとミラ、あんまり動かないでよ……布が擦れるだけでも痛いんだからぁ……っ!」


「そ、そんなこと言われたってぇ……! 服の締め付けが痛くて、胸が苦しいんですぅ……!」


 ミラが身悶えするたび、薄手のインナーの胸元が大きく波打つ。隣のミミィも、太ももを擦り合わせてシーツをぎゅっと握りしめていた。


「くぅ〜ん……くぅ〜ん……」


 そんな二人の間で、銀色の子犬――元・白銀狼王が、心地よさそうに丸くなっていた。


「あぅぅ……よしよし、お腹空いたねぇ……はい、お肉ですよぉ……」


 ミラが痛む腕を震わせ、細切れの肉をスプーンで子犬の口元へ運ぶ。その無防備な姿が、酒場の男たちの視線を釘付けにしていた。


「おいおい……マルクのところの小娘たち、とんでもねぇ色気を振りまいてやがるぞ……」


「あんなの目の前で見せられたら、酒どころじゃねぇよ……」


 ガインやレッドアイズの男たちが生唾を飲み込む。俺は額を押さえ、深いため息をついた。喧騒から逃れて酒場の外のテラスへ出ると、夜風とともに紫煙の香りが漂ってきた。


「――いい夜風だねぇ」


 手すりに寄りかかって煙管を燻らせていたセリアが、朱色の瞳をこちらに向けた。


「セリアか。飲みすぎじゃないのか?」


「まさか。アタシの肝臓を舐めてもらっちゃ困るよ。……それにしても、見事な采配だったよ、マルク」


 セリアは夜空へ煙を吐き出し、柔らかい笑みを浮かべた。


「ガインもロイスもヘレナも、あんたの下じゃ見違えるように動く。あの子たちの育てっぷりも見事なもんさ。正直、舌を巻いたよ」


「……あいつらの才能と努力のおかげだよ」


「謙遜するんじゃないよ。――ねえ、マルク」


 セリアが煙管を下ろし、真剣な眼差しで俺の瞳を覗き込んできた。


「やっぱり、うちに戻ってこないかい? 副クランマスターの席だって用意する。報酬も今の二倍……いや、三倍弾むよ」


 セリアは一歩、距離を詰めた。


「アタシの隣で、もう一度『レッドアイズ』を大陸一のクランに押し上げてくれないかい?」


 かつての雇い主からの、これ以上ないほど破格で誠実な勧誘だった。

 だが――俺は迷わず、静かに首を横に振った。


「ありがたい話だが、断るよセリア」


「……どうしてだい? 金かい? それとも女かい?」


「違うさ。俺には、育て上げなきゃいけない弟子たちがいる。あいつらみたいな原石を見つけて、才能を磨き上げる……」


 俺は夜空を見上げた。


「そして、この目でスキルツリーの深淵の果てを確かめたいんだ。誰かの傘の下に収まるんじゃなく、自分の足でな」


 本心だった。


 街がスタンピードの危機に晒され、仲間たちがボロボロになるまで戦い抜いた直後だ。不謹慎なのは、痛いほど分かっている。


 だが――俺は今、楽しくて楽しくて仕方がないのだ。


 前世でサービス終了の瞬間まで夢見て、誰一人辿り着けなかった神話の領域――【主脈Lv.9】。仕様の壁に阻まれ、仲間たちが去り、灰色の世界で諦めるしかなかった未完成の夢。それが今、生身の熱気に満ちたこの世界で、手の届くかもしれない場所にある。


 最高の原石たちを前にして、胸の奥に眠っていたゲーマーの魂が叫んでいるのだ。――もう一度、あの頂点【Lv.9】を目指せ、と。


 組織の傘に隠れて飼い殺される気など、最初からなかった。この手で最高の軍団を作り上げ、前人未到の高みへ手を伸ばす。その渇望こそが、今の俺を突き動かす唯一の衝動だった。


 俺の言葉に、セリアは一瞬だけ目を見張った。やがて呆れたように、だがどこか誇らしげに口元を吊り上げる。


「……フッ、ずいぶんといい顔つきになったじゃないか。昔のやる気のなかった専属鑑定士とは大違いだよ」


 セリアは煙管の灰をトントンと落とし、背を向けた。


「分かったよ。無理に引き留めるのは無粋ってもんさね。あんたの選んだ道、精々派手に突き進んで見せな」


「ああ、ありがとうセリア」


 爽やかな決意とともに、男と女の美しい別れの空気が流れた――その瞬間。


「――失礼いたします、マルク様」


 夜の帳から音もなく姿を現したのは、黒装束のライラだった。


「ライラか。どうした、改まって」


「はい。本日の戦後処理および、財政状況の最終試算が完了いたしましたのでご報告に上がりました」


 ライラは無表情のまま、長大な羊皮紙の伝票を俺の目の前へ突き出した。


「……ん? 財政状況? 防衛戦の報奨金と、ダンジョンや上位ウルフの素材売却益があるから、かなりの黒字のはずだが……?」


「いえ」


 ライラは冷徹な声で、無慈悲な現実を告げた。


「まず、レッドアイズの皆様が注文された高級酒樽十数本、および特選肉料理の山。こちらの飲食代が莫大な額に達しております」


「う、うぐっ……ま、まあそれは奢ると約束したからな……」


「さらに深刻な問題が一点。反動で代謝亢進を起こしたミラ様が、厨房の保存食と肉類を底なしの勢いで平らげ続けております」


「……は?」


「結果として、今回得られたすべての報奨金と素材売却益は完全に相殺・消滅いたしました。現在の残高はゼロです」


 ライラは淡々と続けた。


「さらにミラ様の捕食ペースが朝まで継続した場合、明日の日の出とともに我がパーティは完全に破産いたします」


「ぶっっっっ!?!?」


 俺は目玉が飛び出るほどの悲鳴を上げた。


 慌てて酒場の中を覗き込む。痛みに悶えていたはずのミラが、「ふぇぇ……お腹が空いて力が出ませんぅ……!」と半泣きになっていた。両手に骨付き肉と大皿のパスタを持ち、凄まじい勢いで胃袋へ放り込んでいる。


 その横には、天井に届きそうな空皿のタワーが積み上がっていた。


「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇっ! おいセリアァァァッ!」


 かっこよく去ろうとしていたセリアの背中へ、俺はなりふり構わず縋り付いた。


「な、なんだい見苦しいね! 決別の余韻をぶち壊すんじゃないよ!」


「セリア様! セリア姐さん! 金を貸してください! でなきゃガインかロイスを何日か無償で貸してくださいィィッ! このままじゃ弟子に食い潰されます!」


「知るかいそんなもん! 男なら自分で稼いで弟子を養いな!」


「そこをなんとかァァァッ!」


 情けなくセリアの腰にしがみつく俺の姿に、テラスには爆笑と呆れ声が響き渡った。


◇


 数分後。どうにか俺を振り払ってボックス席へ戻ったセリアの元へ、ガインとロイス、ヘレナが近づいてきた。


「ようマスター。……本当に良かったんですかい?」


 ガインがジョッキを置き、真面目な顔で尋ねる。


「わざわざオーグまで遠征してたのは、マルクを説得して連れ戻すためだったはずでしょう? あいつを手放しちまっていいんですかい」


 ロイスもヘレナも、心配そうにセリアの顔を見つめる。


 だがセリアは酒を一口含むと、ニヤリと狡猾な笑みを浮かべた。


「フッ……いいのさ。あいつのあの目を見たらね、無理に縛り付けるより、外で自由に暴れさせた方が何倍も面白くなるって確信したよ」


 セリアは煙管をくわえ、満足そうに目を細めた。


「それに――今のやり取りで、あいつにたっぷり『一生モノのデカい貸し』を作ってやったからね」


「へ……? 貸し、ですか?」


 きょとんとするガインたちに、セリアは悪魔のように笑って見せた。


「破産を救う代わりに、専属契約の借用書を一筆書かせてやったのさ。あいつの鑑定とスキル訓練は、今後いつでも『完全タダ』で使い放題ってわけだよ!」


 一瞬の静寂の後、レッドアイズの面々の顔に驚愕と狂喜の笑みが広がった。


「う、うおおおおおおおおっっ!」


「マジですかマスター!? タダで使い放題!? 教会の障害もなしってことですか」


「やったぜ! これで次の昇格も楽勝じゃないか!」


「さすがマスター、悪徳高利貸しも真っ青の策士ですね……!」


 歓喜の雄叫びとともに、酒場の大宴会はさらに激しいお祭り騒ぎへと突入していった。

おかしいなぁ。

普通、追放した側がザマァされるはずなのに、何故か追放された側がザマァされてる……。


<重要なお願い>

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