第31話:魂魄の誓約と手のひらの狼王
「全員、奴の詠唱を阻止しろぉぉっ!」
俺の怒号が戦場を切り裂いた。
「大技の溜め動作に入るなんざ、完全な悪手だぞ狼王! なぜなら――うちの突破力は並じゃない!」
「言われなくても叩き割るよ! ――【紅蓮一閃・極】ッ!」
セリアの大剣が紅蓮の業火を噴き上げた。無防備に晒された狼王の眉間へ、刃が振り下ろされる。
「【剛力破砕】ぃぃぃっ!」
ミラの全身の筋肉が躍動し、黄金の魔力を宿した大槌が狼王の胸元へ激突した。
ドッゴォォォォォォンッ!!
紅蓮の炎と黄金の衝撃波が、同時に炸裂する。狼王の氷雪障壁が、内側から粉々に弾け飛んだ。
「ギ……ガ……ッ!?」
白銀の巨体が大きくよろめき、体勢を完全に崩す。
「防壁の上の全員、撃てぇぇぇぇっ!」
待機していた防衛隊の火炎弾、雷撃、鋼の矢が、無防備な狼王の全身へ突き刺さる。
ドガガガガガアンッ!
爆煙が晴れた時、全身から血と煙を流した白銀狼王は、ついに大地へ倒れ伏そうとしていた。 巨体が崩れ落ちる、まさにその瞬間――。
「――ミミィ、今だ!!」
俺は待機させていたミミィの背中に飛びつき、両手を力強く押し当てた。
「ひゃぅっ!? せ、先生……!?」
「魂を開放しろミミィ! 受け取れぇぇっ!」
防衛戦で稼いだ残りの経験値ストックを、ミミィのスキルツリーの深淵へ一気に注ぎ込む。
ドクンッ……!
ミミィの華奢な身体が、眩い黄金の光に包まれた。主脈はLv.2の限界を軽々と突き破り、【主脈Lv.3】へ昇格する。さらに、これまで培った戦士系の基礎スキルが連鎖反応を起こし、枝脈が完璧にコンプリートされていく。
光の中で覚醒する大器晩成の少女と、目の前で崩れゆく白銀の王。俺は笑みを浮かべ、この防衛戦の真の結末を見据えていた。
◇
人間のスキルツリーには、ごく稀に、他の枝とは比較にならないほど太く巨大な『主幹の節』が存在する。魂の奥に眠る、新たな職業の可能性を封印した特異な枝脈だ。
このノードが条件と経験値によって開花すると、そこを起点に、職業に特化した追加枝脈が一気に芽吹き始める。
既存スキルの延長とは、次元が違う。成長補正や魔力効率そのものが書き換わり、その人物の実力は文字通り『劇的』に跳ね上がるのだ。
「う、わぁぁぁ……っ! 身体の奥が、あったかい光でいっぱいです……!」
俺の視界の中で、ミミィの魂の深淵が黄金の光に照らし出されていた。【主脈Lv.3】への昇格と同時に、深奥に眠っていた巨大なノード――超希少職【テイマー】の封印が、砕け散ったのだ。
流れ込む経験値の奔流を受け、新しく開いたテイマーツリーの枝脈が、次々と光を帯びて完成していく。
魔獣の感情を直接読み取る【精神感応】。
契約した魔獣と生命力を共有し合う【生命リンク】。
そして、使役した魔獣を保護し、小型化して魔力空間に格納する【使役空間】――。
何年もかけて習熟すべき高位の枝脈群が、コンプリートされていく。
(よし……! 経験値はまだ山ほど残ってる! このまま一気に主脈Lv.4へ押し上げて、テイマー系統の完全制覇を狙うぞ!)
俺は経験値のバルブを限界まで開放し、奔流をミミィの器へ注ぎ込んだ。
だが――。
(……っ!? うおっ!? 嘘だろ……!?)
俺は思わず、内心で目を見張った。
主脈Lv.4の境界線に触れた瞬間、膨大な経験値が底なしの湖のようにゴクゴクと飲み干された。ゲージが、ピタリと停滞したのだ。
(なんて奴だ……! ミラがスルスルと経験値を吸収したのに比べて、ミミィは主脈Lv.6の限界値を持つ超大器晩成型特有の『経験値の大食らい』だ!)
莫大なストックを注いでも、Lv.4の壁すら突破できない。Lv.5への到達など、到底不可能だった。
LEVEL UP LEVEL 3!!
――CONGRATULATIONS!! LEVEL 3 COMPLETE!!
(まあいい……! 主脈はLv.3だが、テイマーとしての基礎と奥義の枝脈は完璧に芽吹いた!)
俺は手を離し、肩で息をしながらミミィの背中を押した。
「ミミィ、前を見ろ!」
「は、はいっ!」
「瀕死に追い込まれたモンスターに対し、敬意と親愛の情を込めて魂の架け橋を繋ぐ――それこそがテイマーの基本にして極致だ!」
目の前では、セリアとミラの必殺技と一斉射撃を浴びた白銀狼王が、光の粒子となって消滅しようとしていた。樹海を統べた誇り高き王が、命の灯火を散らそうとしている。その瞬間、ミミィの胸の奥で、覚醒したばかりの【精神感応】が共鳴した。
(あ……痛い……苦しいよ……)
群れを守るために戦い抜き、力尽きようとしている王の孤独と悲しみ。それが、直接ミミィの心へ流れ込んできたのだ。
「死なせない……! こんなところで、消えさせたりしないよ……!」
ミミィの瞳から迷いが消え、強い決意の光が宿った。生まれつき動物が大好きで、傷ついた生き物を見捨てられない少女だった。
「待ってて……! 今、助けてあげるからね……!」
ミミィは大地を踏みしめ、両手を胸の前で祈るように重ねた。覚醒したテイマーの魔力が、指先へ凝縮していく。
金色の淡い光が、白銀の弓矢の形に紡ぎ出された。
「いっけぇぇぇぇぇぇッ! ――【魂魄の誓約】ッ!」
放たれた光の矢が、一直線に飛んだ。消滅しかけていた白銀狼王の胸元へ、吸い込まれるように突き刺さる。
ドォォォォォォンッ!
契約の成否を分ける魔力の奔流が爆発した。まばゆい閃光と暴風が、戦場全域を覆い尽くす。上空に金色の巨大な魔法陣が浮かび上がり、光の粒子が二つの魂を結ぶように渦を巻いた。
「くっ……!?」
「きゃあっ!?」
セリアもガインも、ミラやライラすらも、腕で顔を覆って暴風に耐える。
(頼む……成功してくれ……! ランク6の幻獣相手のテイムだ、失敗すれば狼王はそのまま消滅する……!)
俺は脂汗を浮かべ、光の嵐の向こうを凝視した。
やがて――荒れ狂う風がふっと止み、白煙がゆっくりと晴れていく。
「……おい、マルク」
大剣を下ろしたセリアが、顎が外れそうなほど口を開けて呟いた。
「……あのバカでかいデカ犬は、一体どこへ消えちまったんだい……?」
防壁の前の焦土に、体長五メートルの白銀狼王の姿はどこにもなかった。
代わりに、静まり返った大地の真ん中に――。
「くぅ〜ん……くぅ〜ん……」
手のひらサイズの愛らしい『銀色の子犬』が、丸くなってすやすやと眠っていた。
額には、王の証である小さな銀の紋章が淡く輝いている。
「……は? 犬コロが、縮んだ……!?」
セリアが大剣を取り落としそうになる。ガインやロイス、ヘレナも、完全に固まって目を丸くしていた。
「討伐……じゃなくて、テイムしたってことですか……!?」
「ふぇぇぇ……! す、すっごく小さくて、可愛らしいわんちゃんですぅぅ……!」
ミラが目を輝かせて駆け寄ると、子犬はパチリと黄金の瞳を開けた。トコトコと短い足で駆け寄り、ミミィの靴の爪先に頭をすりつける。そして嬉しそうに尻尾を振り、「わんっ!」と甘えた声を上げたのだった。
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