第2話:辺境出張所の格安巡礼
「……はぁ、この街かぁ」
ゴトゴトと揺れる乗合馬車から降り立つ。
ギルドとの契約を切られたと報告した。途端に、教会本部から命じられたのは、近隣の寂れた街への「巡礼」だった。
「まあ、義理がある以上、言われた仕事はこなすしかないんだがな」
ぼやきつつ向かったのは、古びた木造の建物だ。
『冒険者・傭兵ギルド オーグ出張所』の看板をくぐる。軋む重い扉を、押し開けた。
薄暗い室内には、古い木材のカビ臭さが漂っていた。ぽつんと置かれた受付台に、無精ひげを生やしたはげ頭の中年男が座っている。男はあくびをかみ殺し、指先で耳毛を引っ張っていた。
(ギルドの受付は愛想のいい美少女や美人がやってるって、どこの世界の話なんだろうな……)
大都市のギルドなら、客寄せに女性を雇うところもある。だが、地方の現実はこれだ。俺はカウンターへ歩み寄り、銀の身分証をことりと机に置いた。
「こんにちは。ウルズ教会の者です。巡礼に参りました」
「あぁ? 教会……? おいおい兄ちゃん、巡礼なんざ他所で――」
身分証を覗き込んだ男の目が、カッと見開かれた。
「ぎ、技能鑑定士の巡礼だとぉっ!?」
男は勢いよく立ち上がった。汗ばんだ手をもみ、カウンターから身を乗り出してくる。
「おおっ、先生! よくぞお越しくださいました! 本当にありがてぇ!」
「どうも。そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」
「何を仰いますか! 今すぐ部屋へご案内します! さあさあ、こちらへ!」
奥の部屋へ案内する男の背中を見て、俺は内心で苦笑した。
(うーん……こういうところが、前のクランからウザがられてたんだよなぁ)
この世界で、技能鑑定士はクランの成否を決める最重要の人材だ。どの枝を伸ばせば、次のスキルが開花するのか。その条件を正確に助言する技能鑑定士がいなければ、クランはいとも簡単に全滅する。
このため、国家に登録されたフリーの技能鑑定士は、契約金が非常に高い。立ち上げたばかりのクランには、到底雇えない。そこで頼りになるのが、契約金が格安で済む教会所属の技能鑑定士だ。
しかし、ここには大きな落とし穴がある。
まず「お布施」の名目で、依頼の成功報酬の一部が自動的に差し引かれる。さらに、クランの素行や社会貢献は教会に厳しく監視される。素行の悪い冒険者や荒くれ者の傭兵は、鑑定を拒否されてしまう。
そして極めつけが、月に一日以上義務付けられた「巡礼」だ。
巡礼では、鑑定士が街の冒険者や傭兵を『格安』で鑑定して回る。クランからすれば、自分たちの払った金で街のライバルを強化されるようなものだ。正直、まったく面白くない。
(まあ、俺は、巡礼は嫌いじゃないんだが……)
知識のない駆け出しでも、スキルの伸ばし方を一つ知るだけで、生き残る確率は大きく上がる。
(……とはいえ、クランを大きくしたかったセリア達からすれば、面白くなかっただろうな)
教会の干渉を嫌い、金を払ってでもフリーのLv.5鑑定士に乗り換える。元雇い主のその判断に、俺は改めて納得していた。
ギルドマスターとの挨拶を終え、ロビーへ戻る。受付の男が、興奮気味に声をかけてきた。
「先生! 準備が整いましたぜ! 外の連中、もう待ちきれねぇ様子です!」
窓の外には、建物を半周するほどの長蛇の列ができていた。
正規の鑑定料を払えない弱小クランの面々。今日明日の飯にも困る新人冒険者たち。誰もが、ぎらついた目で順番を待っている。教会の格安鑑定は、彼らにとって唯一の希望なのだ。
俺は特設の机の前に、ドカリと腰を下ろした。
集まった群衆に向けて、声を張り上げる。
「押し合わないで順番に並んでくれ!」
ざわついていた冒険者たちが、ピタリと静まり返る。
俺は羽ペンを握り直し、いつものお約束で釘を刺した。
「最初に言っておくが――俺は下位技能鑑定士だからな!! 診られる主脈は【Lv.3】までだ! 期待しすぎるなよ!」
◇
「はい、次の方。……主脈Lv.2、【初級剣術】に引っ張られすぎですね。【体幹強化】を伸ばす意識で素振りをしてください」
「あ、ありがとうございます先生!」
「はい、次。……【火炎魔法】より【魔力循環】のノードが詰まってますね。呪文の連打はやめて、瞑想を増やしてください」
「うおぉ……! 言われた通りにしたら、なんか胸のつかえが取れた気がする!」
羽ペンの音を響かせ、俺は列をなす冒険者たちを淡々とさばいていく。
(そういえば……『マスターズ・レギオン』でも、街の酒場に行けばランクの低いNPCなら簡単にスカウトできたっけな)
鑑定用紙を受け取り、一喜一憂して去っていく冒険者たち。その背中を見送り、俺はふと前世の記憶を反芻していた。
(ゲームのあの仕様って、現実で言えばこういう光景のことだったのかもなぁ)
『マスターズ・レギオン』は、当時としては珍しいシステムのゲームだった。プレイヤーは、無双の英雄として戦うのではない。一軍の指揮官となるのだ。世界各地に散らばる有能なNPCたちを発掘し、育成する。部隊を編成し、ダンジョンや戦場を攻略していく。
その頂点に位置していたのが、ずば抜けた潜在能力を持つ『主脈レベル9』のスキル所持者だった。レベル9の資質を秘めたNPCを仲間にし、完全に育て上げる。それはすべてのプレイヤーの憧れであり、至高の栄誉とされていた。
(まあ……トッププレイヤーだった俺を含めて、サービス終了まで誰もレベル9を育てきれなかったけどな)
それほど、レベル9への道は険しく複雑だったのだ。
(……もしかして、この世界には、あのゲームで俺が心血を注いで育てた「あいつら」もいるんだろうか)
特に、かつて俺の軍団で筆頭戦力として君臨していた、『四天王』と呼ばれる副官たち。
深紅の瞳で夜を統べる『吸血女王 プレアマリス』
まばゆい光のオーラをまとう軍勢の盾『黄金天騎士 リアンナ』
空を歩きすべてを破壊する『剛鎚兎耳女帝 ベルヘルム』
ザ・チート『駄女神 大蛇姫』
(もしあの連中がこの世界に実在するなら……とんでもない厄災か、歴史を塗り替える英傑として名が轟いてるはずだが)
今のところ、この大陸でそんな名前を耳にしたことはない。
(……いかんいかん、集中、集中。仕事中だ)
俺は軽く首を振り、机の上の羊皮紙に意識を戻した。
「次の方、どうぞ」
「お、お願いします……! 俺、槍使いなんですが、どうにも威力が伸び悩んでて……」
「どれどれ……主脈はLv.2の後半ですね。型より、足さばきの枝脈を意識してください。踏み込みが安定すれば、威力も上がりますよ」
「足さばき……! なるほど、試してみます!」
実は俺は、『巡礼』と『専属クラン』の鑑定を、同じ熱量でやっていたわけではない。生活費を稼がせてもらい、日頃から世話になっていたクランの仲間たち。彼らには、訓練手順や装備の選定、取得すべきスキルの道筋まで、詳細な指示を出していた。
一方、教会の義務であるこの巡礼では、あえて「大まかな方向性を決める程度」の助言に留めている。
(それでも……俺は『本当の能力』をレッドアイズの連中には一度も使わなかったわけだがな)
ただの助言を超えた、スキルツリーの深淵そのものへ干渉する力――。
(まあ、新しいLv.5上位鑑定士様に診てもらって、元気にやってりゃいいんだが)
俺を解雇した雇い主たちの顔を思い浮かべる。そして、最後の一人の鑑定用紙に判を押した。
「――はい、午前の受付はここまで! 次は昼休憩の後、一時間後から再開するから、整理券の順番で並び直してくれよ!」
冒険者たちから、安堵と落胆の入り混じった声が上がる。列がゆっくりと解散していった。
「ふぅ……肩が凝ったな」
俺はギルドの隅の木製テーブルへ移動した。
受付のボブが淹れてくれた食後のコーヒーを、口に含む。苦い香りと舌を焼く熱さが、酷使した頭を心地よく覚ましてくれる。
「……ん?」
カップをソーサーに置いた瞬間、俺の視線がフロアの片隅で止まった。
ギルドの薄暗い壁際。
湿った木箱の影から、しゃくりあげるような、か細いすすり泣きが聞こえてくる。そこには、膝を抱えて小さく震える一人の少女がいた。ぼろぼろの革製防具に、二の腕が大きく露出した初心者用の軽装。手は、折れそうなほど細い。
「……あんなところで泣いてるのか」
俺は湯気を立てるコーヒーを眺め、ぽつりと独り言をこぼした。
「多分、新人の駆け出し冒険者なんだろうけど……」
少女が肌をさらして、凶悪な魔物がうごめく荒野や迷宮で命を懸けている。
「……ほんと、ファンタジー世界だよなぁ」
過酷な現実と、前世のゲームのような非日常感。その狭間で、俺は呆れ混じりに小さくため息を漏らした。
酒場でNPCを仲間に・・・イメージは当然某3部作の3番目です。
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