第26話:かつて育てたあいつら
「全員、あたしの指示に従いな! 正門の前に横一列の迎撃ラインを敷くよ!」
セリアの鋭い号令が、オーグの街の防壁前に響き渡った。
「ガイン、お前が中央の防波堤だ! ロイスは左右の漏れを刈り取れ! ヘレナは後方から砲撃準備!」
「了解ですマスター! 野郎共、中央は絶対に一歩も通さねぇぞ!」
重戦士長ガインが両手斧を地面に突き立て、咆哮する。
「へっ、了解だ。足の速い奴から順にスライスしてやるよ」
短剣を両手に構えたロイスが不敵に笑い、左右の遊撃ポジションへ滑り込む。
「魔力充填、完了しています。いつでも焼き払えますよ」
眼鏡を押し上げたヘレナの頭上に、巨大な火炎球が幾重にも展開された。
ガイン、ロイス、ヘレナ。かつて俺が専属鑑定士として枝脈を調整し、無駄なブレを削ぎ落として完成させた『傑作の戦士たち』だ。
我流で伸ばしたスキルツリーは、どうしても魔力溜まりが起こり、【魔力循環】の燃費が悪くなる。だが俺の指導で構築された彼らのスキルは、主脈レベル以上の実戦効率を発揮するよう設計されていた。
「撃ち方始め! 吹き飛ばしな、ヘレナ!」
「――【紅蓮の焦土】ッ!」
ヘレナが掲げた杖から、極大の火炎が放たれた。殺到した先頭集団数十頭が、一瞬で消し炭に変わる。
主脈Lv.4の魔導士の効率的な回路から、炎は途切れることなく群れを焼き尽くしていく。
焼け残ったウルフが防衛線へ飛び込んでくる。だが、そこには鋼の巨人が立ち塞がっていた。
「オラァッ! 【金剛体】――【粉砕撃】ッ!」
主脈Lv.5に到達したガインの質量攻撃が炸裂し、魔獣ごと大地を粉砕する。
主脈Lv.5の戦士は、一騎当千の「国家戦力級」として扱われる。その魔力総量と肉体強度の前では、並の魔獣の爪や牙などかすり傷すら負わせられない。
左右をすり抜けようとした俊敏な個体には、主脈Lv.4のロイスが影のように肉薄した。
「遅ぇんだよ! 【連鎖閃刃】!」
電光石火の三連撃が、ウルフの急所を抉る。
主脈Lv.4のエース格二名と、主脈Lv.5の重装戦士が織り成す鉄壁の防衛網。その武威の前に、ウルフの群れは防壁に指一本触れられなかった。
「す、すげぇ……! あれがLv.5やLv.4か……次元違いだ……!」
防壁の上で戦況を見守っていた地元の冒険者たちが、驚愕の声を上げる。
だが――耳障りな遠吠えとともに、敵の陣形に不気味な異変が生じた。
――グルルルルァッ!
群れの後方から、通常のウルフとは一線を画す巨躯の上位個体群が姿を現したのだ。
銀色の硬質な毛並みを持ち、周囲の魔獣に戦闘力上昇の軍団バフをばら撒く『シルバーウルフ』。
倍以上に発達した骨格と大顎を持ち、ヘレナの牽制魔法すら正面から弾き飛ばす『ヘビーファング』。
上位魔獣が前衛へ躍り出た瞬間、烏合の衆だったウルフたちの動きが一変した。
「なっ……!? 直進をやめて、左右に散開したぞ!?」
ガインが目を見張る。
統率を受けたウルフたちは無謀な正面突破を避け、ガインの防御範囲を迂回し始めた。
ヘビーファングが頑丈な頭部でヘレナの魔法を耐え抜く。その隙に、無数のウルフが防壁の薄い側面や丸太の継ぎ目へ殺到した。
野獣の突撃から、明確な意図を持った「包囲殲滅の陣形」への移行。
「チッ……! 面倒な知恵をつけやがって!」
セリアは大剣の柄を握り締め、油汗を滲ませた。
(厄介だね……こちとら少数精鋭の中堅クランなんだよ。交代要員の後続部隊なんていやしない)
『レッドアイズ』の主力は強力だが、所詮は一個小隊の人数だ。
魔力もスタミナも有限である。何百頭もの大軍勢と持久戦になれば、手数を削られて包囲網を完成されてしまう。
防壁の継ぎ目が破られれば、避難の間に合っていない住民が餌食になるのは時間の問題だった。
勝機があるとすれば、指揮を執る上位陣を瞬時に叩き潰す「短期決戦」のみ。
(だが、あの上位の連中……巧妙にガインたちの間合いの外に陣取ってやがる。こっちの消耗を待つ気かい……!?)
押し寄せる魔獣の群れを前に、セリアの表情に焦燥が滲み始めた。
「やっぱりダメだ……! 数が多すぎる! 防壁が破られるぞ……!」
自警団や避難民の間から、絶望の悲鳴が上がり始める。
その時――。
「はぁ……はぁ……! 見えた、街だっ!」
街道の丘の上を、泥まみれで走る影があった。重傷者を担ぎ、樹海の迂回路を限界速度で駆け抜けてきた俺達だ。
途中、街道を塞ぐウルフの群れもいた。だが、主脈Lv.4のミラの【ヘビーチャージ】が大地ごと粉砕し、ミミィの【ジャンプ】からの一撃が退路を断って、鮮やかに突破してきていた。
「嘘だろ!? 街がまだ落ちてない……!?」
俺は息を呑み、正門前の激戦を凝視した。
防壁が食い破られ、地獄絵図が広がっていることすら覚悟していた。それだけに、整然と維持された防衛ラインは奇跡のように見えた。
「ありゃあ……! おいマルク、見ろ! うちの連中だ! 『レッドアイズ』の主力部隊だぞ!」
ヴォルクが驚愕と歓喜の声を張り上げる。
「セリアに、ガイン、ヘレナ、ロイスまで揃ってやがる! なんであいつらがこんな辺境にいやがるんだ!?」
「理由は知らんが……最高のタイミングだ!」
俺は思わず口元を吊り上げた。
元雇い主たちがなぜここにいるのかは分からない。だが、彼らが戦場にいることは、俺にとってこの上ない天恵だった。
俺の真の能力は、『マスターズ・レギオン』のプレイヤーの権能を継承した【技能深淵化士】だ。
スキルツリーを可視化するだけではない。味方の枝脈の繋がりや魔力の流れ、戦闘時の癖を把握し、最適な連携ラインを構築する「戦場指揮官」の権能も秘めている。
そして、目の前のガイン、ロイス、ヘレナは、かつて俺が心血を注ぎ、ツリーの隅々まで知り尽くした傑作たちだった。
(あいつらの枝脈の噛み合わせも、魔力切れのタイミングも、立ち回りの死角も……全部俺の頭の中に叩き込まれている!)
俺は【深淵透視】の眼を転用し、遠目からレッドアイズの陣形と敵の配置をスキャンした。
ガインの残り魔力、ヘレナの詠唱インターバル、ロイスの疲労度、他のメンバーの状態。そして、シルバーウルフの軍団バフの波長と、ヘビーファングの突進の死角。
乱戦のすべてが、前世のゲームの俯瞰画面のように、脳内で明晰な戦術マップとして組み上がっていく。
「ヴォルク、ミラ、ミミィ! 一気に突撃してレッドアイズの防衛ラインに合流するぞ!」
俺の号令が響く。
「ふぇぇ……! はいっ、突撃ですぅ……!」
「先生、指示をお願いします!」
「応ッ! うちのマスターに、俺たちの成長っぷりを見せつけてやろうぜ!」
怯えを払拭した三人が、武器を構えて駆け出す。
「待ってろよセリア……! ここからは、この【技能深淵化士】の本当の力を見せてやるぜ!」
絶望の防衛戦を覆すべく、俺は不敵な笑みを浮かべ、戦乱の渦中へと躍り出たのだった。
ガインはLv.5ですが、タンク寄りの重層戦士であるため派手に大群を蹴散らすスキルはもっていません。しかしタンクとしての能力は本物で、もし、デス・オーガ戦でタンクをやっていればミラ抜きのLv.3の集まりでもオーグ側が勝利したことでしょう。
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