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スキルダイバー~追放された深淵の鑑定士は最強レギオンを作り上げる~  作者: 国木田。
下位鑑定士と少女たち

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第24話:白銀狼王《シルバー・ルプス・ロード》

 壊滅寸前だった大パーティ『鉄蠍の尾(アイアンスコーピオン)』の重傷者たちを介抱しつつ、俺たちは警戒を最大限に引き上げて地下からの退却を急いだ。


「マルクさん……本当に、あんたたちには命を救われた。何とお礼を言ったらいいか……」


 生き残りのリーダー格の重装兵が、煤と血にまみれた顔で何度も頭を下げる。


「礼は無事に地上へ戻ってからでいい。舌を噛まないようしっかり掴まってろ」


「ああ……十人以上で潜ってこのザマだ。あんな化け物に五人で立ち向かって生還するなんて……あんたたち、ただの冒険者じゃないな」


「今は無駄口を叩くな。呼吸を整えろ」


 短く応じながらも、俺は胸の奥の嫌な予感を拭えずにいた。


(全5層の浅層迷宮の第4層で、本来なら第7層以降にしか湧かないレッドリザードが出現した……)


 もし最深部の第5層で、ダンジョンの根幹を揺るがす魔力の暴走が起きているのなら、一刻の猶予もない。


(……待てよ。以前、街の近郊に突如現れたあの『デス・オーガ』も、元を辿ればこの迷宮の異常が震源地だったんじゃないのか……?)


 ダンジョンから溢れた上位モンスターが地上へ押し寄せる『スタンピード』。それが起きれば、最前線の補給拠点であるオーグの街はひとたまりもない。


(不味いな……現状の戦力では、ボスクラスと連戦になった場合に押し切られる可能性がある)


 第3層から第2層への階段の踊り場で、息を整えるわずかな隙。俺はミラの背中にそっと手を触れた。


「ミラ、少し身体の状態を拝見するぞ」

「ふぇっ? は、はいですぅ……!」


 俺は【深淵透視《ディープサーチ》】を発動させ、ミラの肉体と魂の深層を覗き込んだ。主脈が昇格した直後の戦士は、新たなスキルの受け皿となる枝脈が未熟だ。実戦で十全な威力を引き出すには、本来なら数ヶ月の反復訓練が必要になる。


 ミラが主脈Lv.4で新たに開いた枝脈スキルは、【剛力解放】の一つのみ。その回路はまだ生まれたての毛細血管のように細く、自然に育ちきるには到底時間が足りなかった。


(……ミミィをLv.3へ引き上げるために溜めていた経験値ストックがある。これを注ぎ込めば……)


 俺は奥歯を噛み締め、思考を巡らせた。デス・オーガ級の脅威、あるいは想定外のバケモノと戦うことになったなら。ストックを注入したミラが、最後の切り札《ジョーカー》になるはずだ。


 その後に待っているのは、暴食の権化となったミラによる破産だが……


「よし、確認終了だ。ミラ、身体の調子は悪くないな?」


「はいっ! まだ少し手足がぽかぽかしてますけど、力はしっかり入りますぅ!」


「よし、地上へ急ぐぞ!」


 重傷者を支えて階段を駆け上がり、俺たちはついに樹海の地上へ脱出した。

 しかし――外の空気に触れた瞬間、全員の足がピタリと止まった。

 鳥のさえずりも、風のざわめきも消え失せた「死の静寂」。


「……おい、なんだこりゃあ……?」


 ヴォルクが低く唸り、大盾を構え直す。昼間だというのに、樹海は不気味なほど薄暗い。木々の隙間、岩陰、草むらの至るところに、無数のフォレストウルフが身を潜めていた。


 その数、優に数百頭。


 普段なら獲物を見るや飛びかかってくる野獣たちが、唸り声一つ上げない。命令を待つ兵士のように、一糸乱れず息を殺しているのだ。


「ひっ……! な、なんでこんなにウルフがいるの……!? こっちを見てるのに、全然襲ってこない……!」


 ミミィが剣を握りしめ、声を震わせる。


「おいおいおい……嘘だろ!? こんな数の群れに囲まれたら、全滅どころの騒ぎじゃねぇぞ!」


 担架の上の『鉄蠍の尾』の隊員たちが、青ざめた顔でパニックに陥る。


「静かにしろ! 刺激するな!」


 俺は鋭く一喝し、全員を大盾の背後へ押し込めた。


 その時だった。


 ――ウォォォォォォォォンッ!!


 樹海の遥か深奥から、凄まじい遠吠えが轟いた。


 大気を震わせ、川の水面を波打たせるほどの咆哮だ。その瞬間、息を潜めていた数百頭のウルフたちが一斉に瞳を血走らせた。統率された軍隊のように、同じ方角へ猛然と走り出す。地面を揺るがす、無数の足音。


 雪崩のような大行進の先にあるのは――人間たちが暮らす『オーグの街』だった。


「間違いない……奴がいる!」


 前世の『マスターズ・レギオン』にいた、厄介な幻想魔獣。その名を思い出し、俺は戦慄した。


「この一帯のウルフ系モンスターを統べる頂点、白銀の支配者――『白銀狼王《シルバー・ルプス・ロード》』だ! 軍団を引き連れて、街へ進軍する気だぞ……!」


 樹海を揺るがす軍団の地響き。俺たちの背筋に、強烈な悪寒が走った。 モンスターが人間の街を襲う理由については、学者や冒険者の間で様々な説が唱えられている。魔力の乱れによる発狂、縄張り意識の暴走、人肉の味を求めての侵略――解釈は多岐にわたる。


 だが、前世の『マスターズ・レギオン』のシステムでメタ的に語るなら、それはプレイヤーが負けた時のペナルティだ。


 その原理は、極めて単純で無機質なフレーバーテキストとして書かれていた。魔獣が都市を襲う最大の動機は、『より豊潤な餌場の獲得』と『安全な繁殖用寝床の占領』である、と。そのため、防衛クエストの失敗時には『モンスターによる拠点占領状態』が発生した。


 防壁を破られた街は、魔獣の巣窟へと変貌する。住民やNPCは容赦なく捕食され、プレイヤーが奪還するまでエリアは機能停止に陥るのだ。


 ゲームの画面越しですら、その光景は凄惨を極めていた。だが、ここは現実の世界だ。防壁が破られれば、宿屋の女将や街の住人たちが、文字通り生きたまま食い散らかされる。


「……最悪だな」


 樹海の奥へ雪崩を打って駆けていく軍団を見送り、俺はギリリと奥歯を噛み締めた。


「おいマルク、どうする!? この重傷者たちを抱えたままじゃ、あの大群に追いつくどころか、巻き込まれて俺たちまでミンチだぞ!」


 ヴォルクが担架を支え、焦りを露わにして叫ぶ。


「ふぇぇ……あんなにたくさんの狼さんが街に行っちゃったら、街の人たちみんな食べられちゃいますぅ……!」


 ミラが大槌を握りしめ、泣きそうな声で震えている。


「先生、私たちが早く行って街の人に知らせないと……!」

「落ち着けミミィ! 焦って群れの真後ろを追えば、後尾の警戒部隊に挟み撃ちにされるぞ!」


 パニックになりかける一同を一喝し、俺は思考をフル回転させた。重傷者を抱え、何百頭ものスタンピードをかいくぐり、街の防衛戦に間に合わせる。控えめに言っても、状況は絶望的だった。

 

 その時、静かに息を整えていたライラが、すっと俺の前に進み出た。


「マルク様。私が先行します」


「ライラ……?」


「この場で単独の最高巡航速度を出せるのは私です。『鉄蠍の尾』の動ける斥候二名を連れ、樹上の最短経路で街へ急報を届けます」


 ライラの漆黒の双眸に、迷いは一切なかった。


「正門を閉鎖させ、防衛体制の構築と非戦闘員の地下退避をギルドに指示させます。到着までの時間を、必ず稼ぎます」


「……分かった。だが一つだけ絶対の条件がある」


 俺はライラの肩を強く掴み、その瞳を真っ直ぐに見据えた。


「絶対にウルフの軍団の進行ルートに割り込むな。樹海の北側を大きく大回りしろ」


 俺は語気を強めた。


「たとえ到着が数分遅れようと、お前が群れに捕捉されて討ち死にしたら元も子もない」


「了解いたしました。マルク様のご下命、必ず果たします」


 ライラは短く一礼し、『鉄蠍の尾』の斥候二名に鋭い視線を送った。


「ついてきなさい。一歩でも遅れれば置いていきます」


「は、はいっ!」


 三つの影が風のように跳躍し、巨木の枝へと飛び移った。


 ライラは体内魔力を脚部へ集中させ、暗殺特務で培った加速歩法を展開する。枝から枝へ、木の葉を揺らす音すら残さず、高速で樹海の上層を疾走していく。遠方では、地面を真っ黒に埋め尽くしたウルフの津波が、土煙を巻き上げて進軍していた。


 その中心部から放たれる、白銀狼王の圧倒的なプレッシャー。


(……凄まじい軍勢。一刻の猶予もありません)


 ライラは息を乱すことなく斥候たちを牽引し、北側の迂回ルートを限界速度で駆け抜けていった。


◇


 一方、地上に残された俺たちは、重傷者の担架を抱えて泥濘む大地を急いでいた。


「マルクさん……すまねぇ、俺たちのせいで……!」


 担架の上で血を滲ませた『鉄蠍の尾』の隊員が、悔しげに呻く。


「俺たちをここに置いていってくれ! 足手まといを連れてちゃ、あんたたちまで間に合わなくなる!」


「馬鹿野郎、寝言言ってんじゃねぇ!」


 その弱音を一喝したのは、最後尾で大盾を支えていたヴォルクだった。


「冒険者が仲間を見捨てたら、その時点で終わりなんだよ! マルクの野郎が全員連れて帰るって決めたんだ。黙って生きて戻ることだけ考えてろ!」


「ヴォルクさん……」


「よし、隊列を崩すな! ミラは担架の左翼、ミミィは右翼の警戒! 無理に走るな、確実に足場を踏み固めて進むぞ!」


「応」ッ!


 ミラとミミィの声が重なった。

 二人は周囲を警戒し、必死に歩調を合わせる。

 歩みを進めながら、俺の脳内は計算と葛藤で焼き切れそうになっていた。


(状況は最悪だ……いくら前世の知識と【技能深淵化士《スキルダイバー》】のスキルを持っていようと、奇跡の万能薬じゃない)


 この力は、経験値付与や適性開花で爆発的な成長を促す『個の育成』に特化している。広範囲を消し飛ばす魔術や、都市全域を覆う要塞結界のような権能は持ち合わせていないのだ。 犠牲を出さずに街を守り切る現実的なルートが、どれだけ頭を巡らせても見出せない。


(白銀狼王《シルバー・ルプス・ロード》――奴は単なる大型モンスターじゃない。配下のウルフ全頭に恐怖耐性と攻撃力上昇の軍団バフをばら撒く、指揮官型ボスだ)


(街の戦力だけで、あの津波を押し返せるのか……!?)


 胃の腑が絞られるような焦燥に苛まれながら、俺たちは必死に足を前に出し続けた。

異世界ダンジョンモノあるある。

すぐにスタンピードが起きる。



<重要なお願い>

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カクヨム様でも掲載させていただいております。

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