第23話:レッドリザードと数百頭の影
俺たちが急いで大広間へ駆けつけると、そこには地獄のような光景が広がっていた。昨日、川沿いの野営地で俺たちを見ていた十五人編成の大パーティ。その陣形が完全に崩壊し、血反吐を吐いて転がっていたのだ。
中央に君臨していたのは、青緑の鱗ではない。全身からドス黒い炎と陽炎を噴き上げる、体長三メートルを超える異形の魔獣だった。
口から紅蓮の火の粉を撒き散らすその姿に、俺の背筋は凍りついた。
「な、なんだあのバケモノは……!? ただのリザードじゃねぇぞ!」
歴戦のヴォルクですら、冷や汗を流して大盾を構え直す。
(『レッドリザード』だと……!?)
俺は前世の知識を紐解き、目の前の怪物を凝視した。
『苔生す緑鱗の迷宮』は、地下5階層で完結する初心者から中堅向けの浅層ダンジョンだ。出現するのは水棲・爬虫類系の緑鱗種に限られ、【魔力循環】と生態系テーブルは完全に固定されている。
対して『レッドリザード』は、最低でも第7層以降の深層火山エリアや灼熱洞窟にしか生息しない、ランク5の上位モンスターだ。この系統の浅層迷宮に入り込んでくるなど、ゲームの仕様上も世界の法則上も、絶対にあり得ない存在だった。
「グオオオオオオオッ!」
レッドリザードが灼熱の大剣を薙ぎ払い、逃げ遅れた重装戦士を鎧ごと焼き飛ばす。
「ひぃぃっ……! た、助けて……!」
腰を抜かして這いつくばる魔導士に、紅蓮の刃が振り下ろされようとしていた。
「チッ、考えるのは後だ! 全員、迎撃態勢! あいつをここで食い止めるぞ!」
俺の怒号が、広間に響き渡る。
「ヴォルク、ミラ! 前衛を張れ! 奴の初撃を二人で絶対に殺せ!」
「応ッ! 死んでも止めてやる! 【重壁展開】――最大出力ォッ!」
「ふぇぇぇ……や、やってやりますぅ! 【体軸維持】、【武器受け】ぃぃっ!」
ゴガァァァァァンッ!!
紅蓮の大剣と、ヴォルクの大盾・ミラの鉄槌が真っ向から激突した。
凄まじい衝撃波と熱風が、広間を吹き荒れる。
「ぐ、ぐあああっ……! クソが、熱ィな! 腕の骨が軋みやがる……!」
「くぅぅっ……! お、重いですぅ……!」
ヴォルクの装甲が熱で赤く染まる。主脈Lv.4のミラの足元が、石畳を削って後退していく。
「ライラ、ミミィ! 接近戦はするな、熱風に巻き込まれる! 中距離からの投擲と撹乱に切り替えろ!」
「了解。【麻痺毒針】――三連投擲」
「はいっ! 【ジャンプ】ッ!」
ミミィが【ジャンプ】で天井近くの岩突起へ跳び上がり、立体的な軌道からナイフを連射する。
ライラの毒針が、レッドリザードの鱗の継ぎ目に深く突き刺さった。
ミミィの牽制が、その視界を奪う。
「ギシャアアッ!?」
苛立って吠えた怪物が、太い尻尾で周囲を薙ぎ払おうとした。
「させるかぁっ! 生き残りのレギオン、全員立ち上がれぇっ!」
俺は、恐怖で震えていた大手レギオンの残兵たちへ怒鳴りつけた。
「死にたくねぇなら杖を構えろ! 前衛が止めてる間に、水と氷の魔術、ありったけの矢を奴の頭部に叩き込めぇぇっ!」
「ひ、ヒッ……! み、水球よ、穿てぇぇっ!」
「氷槍よ、降り注げぇぇっ!」
我を取り戻した魔導士たちが、泣き叫びながら詠唱を放つ。
水と氷の弾幕が、レッドリザードの頭部で炸裂した。
ジュウゥゥッ! と激しい白煙が立ち込める。
急激な冷却で鱗がひび割れ、怪物の動きが一瞬だけ停止した。
「――今だミラ! 全身の力を込めて、頭ごと叩き潰せぇぇぇっ!」
俺の合図と同時に、ミラが大地を蹴り破るほどの踏み込みを見せた。
「うあぁぁぁぁっ! 【ヘビーチャージ】――フルスイングぅぅぅっ!!」
ドッゴォォォォォンッ!
鉄槌が怪物の分厚い頭蓋をへし折った。巨体が地面をバウンドして吹き飛ぶ。
「ギ……ガ……ッ……」
手足を痙攣させた後、レッドリザードは黒煙とともに光の粒子となって消滅した。
その場には、赤く輝く巨大な上位魔石と、深紅の頑丈な鱗が転がっていた。
「はぁ……はぁ……た、倒した……のか……?」
煤まみれのヴォルクがへたり込む。
生き残った冒険者たちは、腰を抜かしたまま涙を流して震えていた。
「た、助かった……! あ、あんたたち、一体何者なんだ……!?」
「ふぇぇ……もう力が出ません……」
ミラがぺたんと座り込み、ミミィとライラも肩で息をして武器を下ろす。
だが、安堵に包まれる仲間たちの傍らで、俺は一人、床に残された魔力の残滓を【技能深淵化士】の眼で凝視していた。
(……おかしい。やっぱり絶対に異常だ)
背筋を、冷たい汗が伝う。全5層の浅層ダンジョンに、7層以降のモンスターが単独で湧く。偶発的な事故では、絶対に説明がつかない。壁の奥から伝わる魔力の波動が、激流のように狂乱し、不気味に脈動していた。
(出現テーブルが完全に狂っている……まるで、最深部でとてつもない異常事態が起きて、上位モンスターが浅層へ押し出されているような感覚だぞ……?)
さらなる異変の予兆を感じ取り、俺は険しい表情でダンジョンの闇を見つめ直すのだった。
マスターズ・レギオンでは固定名称のダンジョンと、ランダムに生成される時限型ダンジョンの2種類が存在しました。マルクの敵エネミーの出現と階層の知識はこのランダムダンジョンで培われたものです。
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