第22話:置き去りの不安
夜もすっかり更け、静まり返った清流のほとりには、薪の爆ぜる音だけが響いていた。昨夜と同じく、テント内に充満する甘酸っぱい刺激から逃れるように、俺とヴォルクは外で見張りを続けていた。
「それにしても驚いたぜ。あのミラ嬢ちゃんの主脈昇格も凄まじいが、他の二人も見違えるようによくなってる」
ヴォルクが焚き火に太い枝をくべ、感心したように息を吐いた。
「ライラは無駄な殺気を抑えて息を抜く術を覚えつつあるし、ミミィ嬢ちゃんのステップもキレが増している。お前の指導力は大したもんだよ、マルク」
「ありがとな。まあ、あいつら自身の筋がいいからさ」
俺が笑って答えた時、背後のテントの幕がカサリと開いた。
「……あ、先生……ヴォルクさん……」
現れたのは、薄手の姿のミミィだった。
「ん? ミミィ、どうしたんだ。こんな時間に起きてきて」
「なんだか……全然眠れなくなっちゃって……」
ミミィは焚き火のそばに、ちょこんと膝を抱えて座り込んだ。炎の光が、短い裾から伸びる太ももを照らし出す。
「…………」
「…………」
俺とヴォルクは、同時に真っ赤になって視線を虚空へ逸らした。
男二人の葛藤に気づく様子もなく、ミミィは膝に顎を乗せて寂しげに呟いた。
「今日、ミラさんが主脈Lv.4になって……すっごく強くなったじゃないですか……」
「ああ、見事な覚醒だったな」
「私……すごく嬉しいのに、心のどこかで怖くなっちゃって……」
ミミィは膝を抱く腕に、ぎゅっと力を込めた。
「ミラさんはあんなに遠くへ行っちゃったのに、私はまだLv.2のままで……このまま私だけ置いていかれちゃうんじゃないかって……」
不安そうに俯くミミィに、俺は思わず小さく吹き出した。
「……ふっ、何を言い出すかと思えば」
「へっ……? せ、先生……?」
目を丸くするミミィに、俺は優しく微笑んで太鼓判を押した。
「ミミィ、お前は自分の凄さを分かってないぞ。主脈はまだLv.2だが、すでに【ハイ・コンセントレーション】【ジャンプ】【ダメージ軽減】を定着させている」
ミミィがきょとんとする。
「実質的な戦闘能力なら、並のLv.3冒険者にも一切引けを取らない」
「おい待てマルク、冗談だろ……!?」
横で聞いていたヴォルクが、目を剥いて割り込んできた。
「Lv.2の駆け出しが、三つも追加スキルをアンロックしてるってのか!? 普通は主脈が上がらねぇと、そんなにスキル枠は定着しねぇぞ!」
冒険者が扱えるスキルの数には、才能と主脈レベルによる『枠の限界』がある。主脈Lv.2では、基礎スキルの維持が精一杯だ。追加で三つも習得・併用するなど、ギルドの常識ではあり得ない快挙だった。
ミミィの追加スキルは、以下の三つだ。
【ハイ・コンセントレーション】:感覚と動体視力を研ぎ澄ます精神スキル。敵の筋肉の動きや呼吸を捉え、回避とカウンターの精度を引き上げる。
【ジャンプ】:瞬発的な跳躍力を爆発させる移動スキル。Lv.1【足腰強化】と連動させれば、悪路や障害物を無視した立体機動が可能になる。
【ダメージ軽減】:被弾時の衝撃や魔力浸透を分散する防御スキル。Lv.1【体軸維持】と組み合わせれば、強打を受けても姿勢を崩さず即座に復帰できる。
どれも、初期の戦士系スキル【荷運び】【体軸維持】【足腰強化】と完全に噛み合っている。
「初期の三つと合わせて、合計9つだ。Lv.2でこれだけスキルが連動している戦士なんて、世界中を探しても滅多にいないぞ」
俺は立ち上がり、ミミィの前に屈んで頭をポンポンと撫でた。
「お前は、俺が見込んだ最高の弟子の一人だ。ミラに置いていかれることなんて絶対にないから、安心して胸を張ってろ」
「せ、先生……!」
ミミィの瞳にパッと光が戻り、不安の色が消えていく。
彼女は頬を桜色に染め、力強くコクリと頷いた。
「はいっ! 私、先生を信じて頑張りますっ!」
すっかり元気を取り戻したミミィは、ぺこりと一礼して軽い足取りでテントへ戻っていった。後ろ姿を見送り、俺は焚き火の前に座り直して思考を巡らせた。
(言葉通り、ミミィのポテンシャルは申し分ない。だが……)
俺は自身のステータスを開き、経験値の蓄積量を確認した。
(ミミィを本格的に『主脈Lv.3』へ引き上げるには、手持ちのストックがまだ少し足りないな……)
一度でも高位の感覚を刻み込めば、ミミィもミラと同じ急成長のレールに乗る。そのためには、より経験値を持つ強敵の討伐が不可欠だった。
(明日の第3層攻略……リザードマンの群れを相手に、ミラとライラにはガンガン前線で暴れてもらって、経験値を稼ぎまくってもらわないとな!)
俺は笑みを浮かべ、明日の戦いへ向けて静かに闘志を燃やすのだった。
◇
翌朝、万全の体調でダンジョンへ再突入した俺たちは、一気に第3層の石造り回廊へ足を踏み入れた。
「ここから先は、昨日までの小手調べとはワケが違うぞ。気を引き締めろ!」
最後尾で大盾を構えるヴォルクが、鋭い殺気を放って警告する。
「はいっ!」
「はいですぅ……!」
「グルルルァッ!」
石壁の角を曲がった瞬間、長槍を構えたリザードマンの四人小隊が、統率された動きで突き出してきた。
「ヴォルク、正面受け! ミラ、右の槍衾を叩き割れ!」
「任せな! 【重壁展開】ッ!」
ガキィィィン!
激しい火花が散り、ヴォルクの大盾が四本の長槍を受け止めて弾き返す。
陣形が崩れた隙を見逃さず、主脈Lv.4へ覚醒したミラが地を蹴った。
「たあぁぁぁっ! 【ヘビーチャージ】!」
鉄槌に黄金の魔力が凝縮し、唸りを上げて振り抜かれる。
ドゴォォォンッ!
一撃で二体のリザードマンが鎧ごと粉砕され、石壁に激突して光の粒子へ還っていった。
「ひゃうぅ……!? すごい……槍ごと壁まで吹き飛んじゃいましたぁ……!」
「よし、残りはライラとミミィで仕留めろ!」
「了解。【急所穿ち】」
「えぇいっ! 【ステップ・イン】!」
ライラの短剣が喉元を正確に貫く。ミミィの鋭い踏み込みからの斬撃が、残る一体の足を断ち切った。苦戦を覚悟していた第3層の小隊を、俺たちはわずか数分で殲滅してしまった。
「ふぅ……よし、ドロップの緑鱗を回収したら、この勢いで第4層へ降りるぞ!」
順調すぎる進軍に手応えを感じ、俺たちはさらに地下深くへの階段を駆け下りた。
しかし――未踏の第4層に足を踏み入れた瞬間。
生温かい熱波とともに、絶望的な悲鳴が通路の奥から響き渡った。
「ぎゃああああっ! 盾が溶けるっ! 誰か助けてくれぇぇっ!」
「結界が持たない! 逃げろ、早く逃げ――ぐわぁぁっ!」
「……!? 何が起きてるんだ!?」
ミミィはまだ10代設定(この世界では15歳が成人)なので、実はそれほどLv.3になるのが遅いわけではありません。ただし彼女は大器晩成型の経験値テーブルなので、仮にマルクと出会わなければLv.3に上がるのは20代中盤になっていたことでしょう。
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