第21話:ベテラン直伝のタンク哲学
ドッッッッゴォォォォォンッ!!
夕暮れの樹海の外縁。野営地近くの草地に、大気を震わせる重低音が炸裂した。主脈Lv.4へ覚醒したばかりのミラが、跳ね上がった膂力を確かめるように振り下ろした渾身のフルスイング。
黄金の闘気を纏った鉄槌が、ヴォルクの大盾に真っ向から激突した。
猛烈な突風と土煙が巻き起こる。
硬い大地がメリメリと抉れ、衝撃波が草木を薙ぎ払った。
並の中堅冒険者なら、盾ごと腕を粉砕されて吹き飛んでいたはずの破壊力だ。
だが――。
ヴォルクは、ズザザザッと数歩足元を滑らせただけだった。
巨躯を直立させたまま、大盾の陰から顔を覗かせる。
「ふぅ……とんでもねぇ馬鹿力だな」
肩の土煙を手甲で払い落とし、歴戦の大盾使いは呆れたように首を横に振った。
「だがな、嬢ちゃん。……確かにすげぇ一撃だが、そいつは『前衛』の動きじゃねぇな。ただの『殴り屋』だ」
「ふぇぇ……!? な、殴り屋ですかぁ……!?」
大槌を抱え直したミラが、眉を八の字に曲げた。
「あ、あたし……一番前で敵を思いっきり叩き潰して吹き飛ばせば、みんなを傷つけずに守れると思ってましたぁ……」
身を縮こまらせる怪力娘を見て、俺は内心で深く頷いていた。
(……ヴォルクの言う通りだ)
前世のMMO『マスターズ・レギオン』の役割分担で見れば、ミラの本質はどこまでも「近接物理アタッカー」だ。
「嬢ちゃん、ちょっとそこへ座って聞いてな」
ヴォルクは大盾の石突きを地面に突き立て、ミラと、見学していたミミィとライラを手招きした。
「いいか。前衛、特に盾役の仕事はな、『敵を倒すこと』じゃねぇんだ」
無精髭を撫で、ヴォルクは重みのある声で語り始めた。
「俺たちの本当の仕事は――『味方が安心して力を振るえる空間を作り、その空間を何があっても死守し続けること』だ」
「味方が安心して力を振るえる空間……ですか?」
ミミィが首を傾げる。
「そうだ。魔導士が詠唱に集中できるのも、斥候が死角に回り込めるのも、前衛が敵の視線と切っ先を一身に引き受けてるからだ」
ヴォルクは大盾を構え直した。
「……嬢ちゃん、もう一回さっきと同じ一撃を俺に撃ち込んでみな」
「えっ……? で、でも、ヴォルクさんのお腕が……」
「心配すんな。手加減なしで来い」
ミラはおずおずと頷き、再び大槌を構えて大地を蹴った。
「たあぁぁぁっ!」
唸りを上げて迫る、特大のスイング。
今度のヴォルクは、真っ向から耐えようとはしなかった。
インパクトの直前、大盾をわずか数ミリだけ斜め上へ傾ける。
接触の瞬間、自身の体重を後ろ足へフッと逃がした。
ガキィィンッ!
ミラの大槌の軌道が、滑り台を滑るように虚空へと受け流された。
ミラの体勢が前のめりに崩れ、胸元がガラ空きになる。
それだけではない。ヴォルクは大盾の縁を自分の胸当てにガツンと打ち鳴らし、野獣のような低い唸り声を漏らした。その瞬間――ミラの視線と意識が、ヴォルクの顔面と大盾の紋章へ強制的に釘付けにされたのだ。
「ひゃっ……!?」
「これが『視線誘導』と『敵意の固定』だ」
ヴォルクは大盾を下ろし、ニヤリと笑った。
「敵ってのはな、自分を痛めつけてくる奴か、一番うるさくて邪魔な奴に飛びつく生き物なんだよ」
ヴォルクは大盾を軽く叩いた。
「力任せに殴り返すだけじゃ、足の速い魔獣はすり抜けて後衛を食い散らかしに行っちまう。盾の音、立ち位置、目線、気迫……泥臭い手管を全部使って、『俺だけを見てろ』と縛り付けるのが盾役の技術よ」
そこから、ヴォルクの熱血指導が始まった。
立ち位置のミリ単位の修正。大槌の柄を使った受け流しの角度。足音と気迫による敵意の引きつけ方。驚くべきことに、ミラの無骨な立ち回りは、指導を受けるごとに見る見る最適化されていった。
力任せに振り回していた大槌が、相手の攻撃線を遮る盾となる。
味方の死角を塞ぐ、防壁へと変貌していくのだ。
(……すげぇな。やっぱりあいつの戦闘センスは本物だ)
俺は思わず感嘆の息を漏らした。
前線を支えて敵を押し返す「サブタンク」の立ち回りまで身につければ、ミラの格は間違いなく一段階跳ね上がる。
攻守を自在に切り替えられる万能の前衛アタッカー。
パーティにとって、極めて心強い武器になるはずだ。
(……とはいえ、だ)
俺は腕を組み、冷静に思考を巡らせた。ミラがどれだけ優秀なサブタンクになっても、敵の猛攻を一身に引き受ける「本職のメインタンク」は必要だ。
すべての防衛ラインを彼女に背負わせれば、せっかくの火力が死んでしまう。
このパーティがさらに上の死線へ挑むなら、いずれ本職の大盾使いと、専属の治癒士をスカウトしなければならないだろう。
そんな真面目な戦術思考を巡らせていた、その時だった。
サラサラ、カツカツと、真横から小気味いい筆記音が耳に届いた。見ると、腕を組んで突っ立っているはずのライラが、真剣な表情で小さな手帳に羽ペンを走らせていた。
「……ライラ? お前、さっきから何をしてるんだ?」
眉をひそめて尋ねると、ライラは羽ペンを走らせたまま即答した。
「監視報告書を書いております」
「……監視報告書? ちなみに何のだ?」
嫌な予感に背筋を粟立たせて問い返す。
ライラは手帳からスッと視線を上げ、漆黒の瞳で俺を見据えた。
「――『マルク様は極めて優れた戦術眼と育成手腕を持つが、女性の胸部および臀部に対して著しい動揺を示す傾向がある』」
「ぶふっ!?」
「さらに追記。『ミラの胸が揺れるたびに心拍数が20%上昇。護衛対象として精神の弛緩が懸念されるため、定期的な威圧による引き締めを実行中』……です」
明日の天気を読み上げるような平坦さで、致命的な観察結果を読み上げる暗殺者。
俺の額から、滝のような冷や汗が噴き出した。
「おまっ……! ちょっと待て! なんだその捏造まみれの冤罪報告書は!?」
「事実に基づく正確な生体データです。心拍数の急上昇および瞳孔の拡大は誤魔化せません」
「誤魔化すとか以前の問題だろ! そんなもんエレオノーラに提出されたら、俺がどんな目で見られると思ってんだ!」
大司教の冷酷な笑みを思い浮かべ、俺は戦慄して手帳をビシッと指差した。
「これは却下だ! 今すぐそのページを黒く塗りつぶせ! 主の絶対命令だ!」
「……ちっ。正当な業務記録の改ざんを強要されるとは遺憾です」
「今あからさまに舌打ちしただろお前!?」
必死にツッコミを入れる俺の横で、特訓を終えたミラが「ふぇぇ……?」と汗を拭い、不思議そうにこちらを振り返っていた。
ちなみにレッドアイズのガイン(Lv.5)、ロイス(Lv.4)、ヘレナ(Lv.4)は、まだ20代前半から中盤です。
彼らの場合、才能、鑑定士、クランすべてに恵まれた結果、異例の速さでLv.4に到達しています。
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