第20話:清流の水浴び
川辺の安全な区画を確保する。ライラが【魔除けの燻煙香】を焚き、簡易結界杭を打ち込むと、ようやく野営地が完成した。
「ふぇぇ……泥と汗で身体中がベタベタしますぅ……」
「先生、川のお水がとっても綺麗なので、三人で軽く汗を流してきてもいいですか?」
泥と汗にまみれたミラとミミィが、上目遣いで見つめてくる。
「ああ、周囲の警戒は俺とヴォルクがしておくから手短にな。ライラ、二人についてやってくれ」
「承知いたしました。護衛および周囲の索敵を兼ねて同行します」
三人娘は着替えを持って、少し下流の岩陰へ向かった。
そして数分後――清流から、男の理性を削り取る声が届き始めた。
「ひゃうぅっ、お水が冷たくて気持ちいいですぅ……!」
「ミラさん、背中流しますね! ……わぁ、やっぱりミラさんの胸、水に浮くくらいおっきい……!」
「ふぇぇ、ミミィさん触らないでくださいぃ……くすぐったいですぅ……!」
「静かに。声が響きます……衣服を濡らさぬよう、肌着は脱いで水に浸かりなさい」
岩陰の隙間から、夕暮れの光に濡れた三人の肌が、チラチラと見え隠れする。
「…………」
「…………」
俺とヴォルクは真っ赤な顔で川に背を向け、焚き火の炎を無言で凝視していた。
「……おいマルク。お前は普段から、こんな猛毒じみた目の毒に耐えながら指導してんのか」
歴戦の盾役が、額から汗を流して低く呻いた。
「……精神修行だと思って耐えてくれヴォルク。俺の理性もさっきから限界突破寸前なんだ」
過酷な水浴びタイムと、ライラが作った高カロリーな携帯糧食の夕食を終える。
疲れ果てた三人娘を、大型テントで寝かせた。夜も更け、樹海が闇に包まれる。俺とヴォルクは焚き火の番をしながら、前半の見張りを担当していた。
パチパチと爆ぜる薪の音の中、俺は静かに口を開いた。
「……なぁヴォルク。初日からいきなり第3層の手前まで潜らせたのは、さすがに無茶だったと思うか?」
ヴォルクは焚き火に枝を放り込み、苦笑交じりに首を振った。
「いや、実戦の空気を肌で知るには悪くねぇ。だが、三人とも最後は足腰がへばってたからな」
ヴォルクは続けた。
「明日は無理に潜らず、第1層と第2層をメインにして、動きを体に馴染ませた方がいいだろうな」
「なるほどな……ミラとミミィは駆け出しだから当然として、ライラもへばっていたか?」
俺の問いに、ヴォルクは少し真剣な顔つきになった。
「あの子の技術と身のこなしは間違いなく本物だ。だがな、周囲を警戒しすぎて神経を張り詰めすぎている」
ヴォルクは焚き火を見つめた。
「癖なんだろうが、常に全方位へ索敵を張り巡らせてちゃ、心身が先に参っちまう。長く潜るなら、適度に力を抜く『抜きどころ』を覚えねぇとな」
「……さすがの観察眼だな」
俺は深く感服した。特務経験は豊富でも、長期のダンジョンでのサバイバル経験は、ライラにもまだ足りない。
(ヴォルクを連れてきて本当に正解だったな……)
ベテランの助言を噛み締め、明日の育成方針を微調整するうちに、見張りの交代時間がやってきた。
「よし、時間だな。ライラたちを起こして交代するか」
二人は立ち上がり、三人娘が眠る大型テントへ向かった。
「おい、ライラ。交代の時間だぞ、起きて――」
俺がテントの幕をめくり、ヴォルクとともに一歩足を踏み入れた――その瞬間だった。
「ッ……!?」
「なっ……!?」
二人の息が、同時に止まった。
締め切られたテントの中には、熟睡する三人娘の甘く濃厚な香りが充満していたのだ。寝間着をはだけさせ、谷間を晒して眠るミラ。ズボンの裾を捲り上げ、太ももを丸出しにして寝返りを打つミミィそして、普段は鉄壁のライラまでもが胸元を緩め、白い首筋を覗かせて寝息を立てていた。
男二人の脳内に、けたたましい警告音が鳴り響く。
「…………」
「…………」
俺とヴォルクは、真っ赤に茹で上がった顔を見合わせた。
「……俺は外で寝る」
「……俺もだ」
二人は即答すると、起こすことも忘れてテントを飛び出した。冷え込む夜風の中、歴戦の盾役と鑑定士は、地面に毛布を敷いて代わる代わる野宿する羽目になるのだった。
◇
一夜明け、俺たちは方針通り『苔生す緑鱗の迷宮』の第1層と第2層を集中的に周回していた。
「ミミィ、右のウルフを牽制! ミラ、そのまま正面を叩け!」
「はいっ! 【ステップ・イン】!」
「えぇぇいっ! 【ヘビーチャージ】!」
ミミィが鋭い踏み込みで敵の側面に回り込む。体勢を崩したフォレストウルフの眉間に、ミラの鉄槌が炸裂した。魔獣が光の粒子となって消滅し、上質な毛皮と魔石が地面に転がる。
「よし、ドロップ品を回収したら次へ行くぞ!」
俺は素材を拾い上げ、誰にも見られないよう【アイテムボックス】へ収納していった。狼の毛皮や牙、大蛙の油膜、大蛇の毒腺。換金性の高い素材が、順調にストレージへ蓄積されていく。
今回の周回で、俺は二人に一つの絶対条件を課していた。「攻撃や防御を行う際、あえてLv.2の戦士系スキルのみを使用して戦うこと」だ。Lv.2戦士系スキルは、基礎から実戦応用へ移行するための重要な結節点にあたる。代表的なものは以下の三つだ。
【ヘビーチャージ】:全身の筋力と魔力を一気に込め、次の一撃の威力を倍増させる基礎攻撃技。
【ステップ・イン】:瞬時に前後の間合いを詰める高速移動技。突進力と初動の速さに優れる。
【ガード・パリィ】:敵の攻撃を武器や盾の芯で受け止め、最小限の力で受け流す防御技。
これらは単体でも強力だが、Lv.1の【荷運び】【体軸維持】【足腰強化】という基礎があって初めて真価を発揮する。基礎のない者が【ヘビーチャージ】を使えば大振りになり、【ステップ・イン】を使えば着地で体軸がブレる。
だが、Lv.1の身体操作を維持したまま放つ二人のLv.2スキルは、予備動作が削ぎ落とされ、熟練冒険者顔負けのキレを生み出していた。
「ふぇぇ……! 前はスキルを使うたびに息が切れていたのに、全然疲れません……!」
「技を出した後の体のブレがピタッと止まるから、すぐに次の攻撃に移れます!」
連戦を重ねるごとに、二人は目に見えて順応していった。
そして、第2層の広間の大蛙と毒蛇の群れを、すべて討伐し終えた時だった。
「――っ!?」
大槌を下ろしたミラが、唐突に立ち尽くした。自身の両手を、まじまじと見つめている。
「み、ミラ……? どうしたんですか……?」
駆け寄るミミィの声も耳に入らない様子で、ミラは震える声で呟いた。
「ふぇっ……!? こ、これは……な、何でしょうかぁ……!?」
ドクン、と空間が脈打つような魔力の波動が、ミラの身体の中心から溢れ出した。金色の微光が全身を包み込む。筋肉と骨格、そして魂の奥の魔力回路が、一段階太く濃密なものへと再構築されていく。
(目前とは思っていたが……ついに、この瞬間が来たか……!)
俺は【技能深淵化士】の鑑定眼を凝らし、彼女のステータスを覗き込んだ。
ミラの主脈レベルが、『Lv.3』から『Lv.4』へと正式に昇格を果たしていた。
通常、主脈の昇格には年単位の実戦と修練が必要だ。ましてや『Lv.4』の壁は厚く、多くの戦士が半生をかけてようやく到達する。だがミラは、かつて一時的に『主脈Lv.5』の極致を体感していた。高位の身体操作と【魔力循環】の「正解」を記憶した肉体は、リミッターが外れたように急成長する。
スキル体操で基礎を固め、Lv.2スキルの反復で負荷をかけた。それによって、彼女の魂が本来の器へ一気に追いついたのだ。
「身体の底から、ぽかぽかして……ものすごい力が満ちてきますぅ……!」
大粒の涙を浮かべ、胸の前で拳を握りしめて震えるミラ。
(常識を完全に覆しちまったな……潜在Lv.8の歴史が一つ、音を立てて動いた瞬間だぜ)
俺はゾクゾクとする興奮を覚え、内心で歓喜していた。
「うぉ!! ……嘘だろ……?」
後ろで大盾を構えていたヴォルクが、目を丸くして呟いた。
「おいマルク、あの子の魔力圧、完全に跳ね上がったぞ……年齢的に、ここ最近Lv.3になったくらいの嬢ちゃんだろ?」
ヴォルクは呆然と首を振った。
「こんな短期間で主脈が昇格する奴なんて、俺の冒険者人生でも見たことがねぇぞ……!」
「ふふ、驚くのはまだ早いぜ、ヴォルク」
俺はニヤリと笑い、全員に向き直った。
「よし! 十分な素材も集まったし、今日の探索はここまでだ。地上へ戻るぞ!」
「えっ、もう終わりですか先生?」
ミミィが小首を傾げる。
「ああ。明日からはいよいよ、リザードマンが待ち構える第3層への本格アタックを開始する! だから今日は早めに切り上げて休息だ」
俺は言葉を区切り、まだ力の変化に戸惑っているミラをビシッと指差した。
「――ただしミラ! お前はこの後、地上に戻ったらヴォルクと模擬戦だ!」
「ふぇぇっ!? も、模擬戦ですかぁ!?」
「当たり前だ。主脈が上がった直後は、出力が跳ね上がって感覚が狂っている。暴走しないよう、ヴォルクの盾を相手に新しい身体に慣れておけ!」
「なるほどな、そういうことなら喜んで相手をしてやるよ。手加減なしでぶつかってこい、ミラ嬢ちゃん!」
「は、はいっ! ヴォルクさん、よろしくお願いしますぅ……!」
ミラは緊張しながらも、大槌を握り直して力強く頷いた。
通常の冒険者だと15歳でLv.2(これはみんな一緒)、18~20代前半でLv.3、30歳超えるくらいでLv.4がチラホラ出てくるってとこです。
もちろん、過酷な訓練や才能により時間は短縮されますが、普通は冒険者として10年は暮らさないとLv.4にはなれません。
カクヨム様でも掲載させていただいております。
是非、応援お願いします。
<重要なお願い>
冒険の先が少しでも気になった方は、リアクション、☆、ブックマークお願いしますm(__)m




