第19話:苔生す緑鱗の迷宮へ突入
半日ほど揺られて到着したオーグの街は、相変わらず寂れた宿場町だった。俺たちが向かったのは、以前も利用した馴染みの宿屋だ。
「いらっしゃいませぇ。……あら、教会の鑑定士のマルク様じゃない。また来てくれたのねぇ」
カウンターから身を乗り出したのは、宿を取り仕切る若き女将――人妻のアンナさんだった。相変わらず、胸元の大きく開いた給仕服から豊満な谷間が零れ落ちそうになっている。
「ええ、アンナさん。今日から数日、部屋を頼みます」
「はい喜んでぇ。マルク様ならいつでも大歓迎よぉ……ふふっ」
艶めかしい上目遣いとともに、鍵を手渡される。
(ぐへへ……相変わらずたまらん色気だ。向こうも完全に俺を認知してるし、今回の遠征中にワンチャン何か大人のハプニングが起きたりしないかな……)
「……マルク様。鼻の下が地面に届くほど伸びています。今すぐ切り落としますか」
「すいませんでした冗談です命だけはお許しください!」
背後からのライラの殺気に背筋を凍らせつつ、俺たちは部屋に荷物を置いた。
装備を整え、すぐさま『魔境の樹海』へ繰り出す。
昼なお薄暗い樹海の浅層に入ると、生温かい湿気が肌にまとわりついた。
「グルルルァッ!」
木々の間から、牙を剥いたフォレストウルフの群れが飛び出してきた。
「ミミィ、左の回り込みを警戒! ミラは正面だ! ライラは死角の索敵、ヴォルクは突進を止めろ!」
「応ッ! 【重壁展開】!」
ヴォルクが大盾を地面に叩きつけ、先頭のウルフを弾き返す。
敵の姿勢が崩れた瞬間、ミラが地面を力強く蹴った。
「たあぁぁぁっ!」
朝の『スキル体操』で叩き込んだ骨格連動と脱力。それを意識したミラの振り抜きからは、以前のような大振りの隙が消えていた。大槌がウルフの眉間を直撃し、魔獣を丸ごと巨木へ叩きつける。
「きゃあっ! ……あ、あれ……!? 体が全然ブレない……!?」
「ナイスだミラ! ミミィ、右から抜けてくるやつを押し戻せ!」
「はいっ!」
ミミィも同じ三つの戦士系スキルを連動させ、俊敏なステップで敵の側面に回り込む。剣が、ウルフの足を的確に刈り取った。
「すごい……! まるで前の自分じゃないみたいに体が軽いですぅ!」
豊満な胸を弾ませ、満面の笑みで喜ぶミラ。
(そりゃそうさ。実際、お前はもう『前のミラ』じゃないんだからな)
俺は内心でほくそ笑んだ。
以前、俺の固有スキルで、彼女の身体を一時的に『主脈Lv.5』まで引き上げた。効果自体は一時的だ。だが、一度でも高位の肉体操作を経験した身体は、元のレベルに戻っても急速にその感覚へ追いつこうとする。
いわば、身体が「正解の動き」を記憶している状態なのだ。スキル体操で基礎を整えた今、ミラの成長速度は一般的な冒険者の数十倍に跳ね上がるはずだ。これが【経験値注入】の、ぶっ壊れたもう一つの能力だ。
「先生、見えました! あそこです!」
先頭を走っていたミミィが声を上げる。
巨木の根元にポッカリと開いた、地下へ続く不気味な大穴。目的のダンジョンの入り口が、ついに姿を現した。
入り口を見据え、俺は今回の遠征に込めた真の思惑を思い描く。一つは、金策だ。俺が促進してしまったミラのオーガ並みの食欲と、特注装備代を、高額魔石とドロップ素材で稼ぎ出す。もう一つは、このダンジョンで経験値ストックを溜め、次はミミィに【経験値注入】を行うことだ。
一度高位の身体感覚を刻み込めば、ミミィもまたミラと同様に爆発的な急成長を遂げる。
(待ってろよダンジョン……金も素材も経験値も、根こそぎ搾り取ってやるぜ!)
俺は笑みを浮かべ、四人を率いて薄暗いダンジョンへ足を踏み入れた。
◇
「ひゃうぅ……やっぱり中は暗くて湿っぽくて、すごく不気味ですねぇ……」
「先生、本当にこのたった五人の人数で大丈夫なんですよね……?」
壁一面の苔が、青白い微光を放っている。ひんやりとした冷気に、ミラとミミィは身をすくめて寄り添っていた。ダンジョン攻略といえば、複数パーティで十数人の大所帯を組み、ポーターまで雇って挑むのがこの世界の常識だ。
対して俺たちは、前衛のミラとミミィ、斥候のライラ、盾役のヴォルク、後方指揮の俺。あまりにも小規模な五人編成だった。
だが、ライラとヴォルクの表情には一切の焦りがない。
(まあ、この二人は俺のスキルの異常さを一部、知っているからな)
空間を歪めて物品を収納する【アイテムボックス】は、唯一無二のスキルではない。稀に高位の魔導士や冒険者が持ち、遠征の荷物を劇的に減らせる希少スキルとして重宝されている。
だが、一般的な容量は、せいぜい背嚢数個分から小部屋一つ分程度だ。対して、前世のゲームのシステムを引き継いだ俺の【アイテムボックス】は――事実上の「容量無制限」。重量も腐敗も無視し、巨大な魔物の死骸ですら飲み込める。普段の俺は、周囲に「物を少し隠し持てる程度の便利なスキル」としか説明していない。この無制限の仕様は、完全に隠し通している。
(まあ、今回は二人に実戦経験と素材の重量管理を学ばせるのが目的だから、大っぴらに使って楽をさせるつもりはないがな)
俺は索敵をライラと共有しながら、歩を進めた。
今回挑んでいるのは、『苔生す緑鱗の迷宮』と呼ばれる浅層ダンジョンだ。
第1層
・特性:発光苔が壁を覆うなだらかな土の回廊。視界は比較的良好。
・主な出現モンスター:フォレストウルフ、モスラット
・ドロップ素材:狼の毛皮、魔獣の牙
・危険度:初歩的な解体技術と索敵の訓練に最適。
第2層
・特性:湿度が急上昇し、濃い霧と泥濘が広がる。
・主な出現モンスター:ジャイアントトード、ポイズンバイパー
・ドロップ素材:カエルの油膜、蛇の毒腺
・危険度:泥濘での足腰の粘りと毒の対処が必須。
第3層
・特性:突如として巨大な石造りの回廊へ変化。空気の重圧が一変する。
・主な出現モンスター:リザードマン・スピア、スケイルハウンド
・ドロップ素材:頑丈な緑鱗、上質な魔石
・危険度:集団戦と連携を取る危険な難所。
「グルルルッ!」
第1層の回廊を進むと、闇の中からフォレストウルフが三頭、牙を剥いて飛び出してきた。
「ミミィ、左の回り込みを牽制! ミラは正面! 朝の『スキル体操』を思い出せ!」
「はいっ!」
ミミィが【足腰強化】のバネで間合いを詰め、剣でウルフの視界を遮る。
体勢を崩した魔獣の正面へ、ミラが大槌を構えて踏み込んだ。
「えぇぇいっ!」
力みを削ぎ落とした脱力からのスイングが、ウルフの頭部を叩き潰す。振り抜いた直後も、【体軸維持】で姿勢がピタリと止まっていた。
「ふぇぇ……! 本当に、振った後に体が流れません……!」
「いい調子だ! 素材の牙だけナイフで素早く剥ぎ取れ、深追いはするな!」
続く第2層では、足首まで沈む泥濘と濃い霧が行く手を阻んだ。泥から飛び出したジャイアントトードの粘着舌を、ヴォルクが大盾でガツンと弾き返す。
「足元を取られるなよ嬢ちゃんたち! 泥の上こそ【足腰強化】の真価の見せ所だ!」
「はいっ! ライラさん、右から蛇が来ます!」
「問題ありません。【投擲】――完了」
ライラの黒い短剣が閃いた。霧の奥から奇襲してきたポイズンバイパーの頭部が、一撃で地面に縫い止められる。順調に迷宮を下った俺たちだったが――第3層の石造りの広間に到達した瞬間、空気が肌を刺す重圧へと激変した。
「ギチチチッ……!」
松明の明かりの先。緑の鱗をまとい、長槍を整然と構えたリザードマンの五人小隊が、爬虫類の瞳でこちらを見据えていた。野獣とは違う、兵士としての統率された殺気。
「ひっ……!?」
圧倒的なプレッシャーに、ミラとミミィが息を詰まらせて後退りする。
「ここからが本番……だが、初日のアタックはここまでだ! 全員、反転して地上へ撤退するぞ!」
俺の号令に、二人は心底ホッとしたように肩の力を抜いた。
「ふぇぇぇ……助かりましたぁ……もう足が震えて力が入らないですぅ……」
「私も……あんなの、今までのお手伝い感覚じゃ絶対に勝てません……!」
「ははっ、いい判断だマルク。ここで欲をかかずに引けるのが、生き残る冒険者の条件だな」
ヴォルクが豪快に笑って大盾を背負い直し、殿を務めて全員を地上へ誘導した。迷宮の外に出ると、茜色の夕陽が俺たちを包み込んだ。入り口から少し下った清流のほとりでは、すでに何組かの先行パーティ(十数人規模の冒険者部隊)が篝火を焚き、野営の準備を進めている。
重装備の男たちが、訝しげな視線を向けてきた。たった五人で、しかも汗だくの美少女たちを連れて無傷で戻ってきた俺たちに、「おい、あいつら何者だ……?」とざわめいている。
「よし、今夜はあの川沿いで野営するぞ! テント張りから火起こし、見張りのローテーションまで、俺とヴォルク先生の指示に従ってしっかりこなしてもらうからな!」
「はいっ、よろしくお願いしますぅ!」
二人の返事が、きれいに重なった。
マルク自身は主脈4で体力もそこそこあります。なのでダンジョン探索に参加できますが、技能深淵士という職が戦闘力皆無で役に立たないので戦闘には参加しません。あくまでプレイヤー目線です。
冒険の先が少しでも気になった方は、リアクション、☆、ブックマークお願いしますm(__)m
カクヨム様でも掲載させていただいております。
是非、応援お願いします。




