第15話:究極の基礎スキル体操
翌朝、俺たちは街の門を抜け、開けた草原の訓練場へとやってきていた。
青草の匂いが、朝露に乗って漂っている。
俺は三人を前にして腕を組んだ。
「今日から本格的な訓練に入るが、まずは基礎の見直しだ。ミラ、ミミィ、持っている『Lv.1の戦士系スキル』をすべて答えてくれ」
二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
「えっと……【荷運び】と【体軸維持】、それに【足腰強化】の三つですぅ。でもこれ、実家でお母さんの水樽運びを手伝って覚えた、ただのお手伝いスキルですよ……?」
ミラが控えめに答えると、ミミィも続けて手を挙げた。
「私も全く同じ三つです! 実家の酒場で立ち仕事や酒樽運びをしてたら、勝手に生えてきたスキルです!」
この世界のLv.1スキルは、【戦士系】【魔導士系】【専門系】の三大系統に分かれる。だが実態は、「重い荷物を持てる」「火種を起こせる」「足音を抑える」といった、雑用向けの地味なものばかりだ。
冒険者を志す者は、すぐに派手なLv.2の戦闘スキルを覚えてしまう。そのため、Lv.1スキルは「誰でも持っているゴミスキル」と見落とされ、放置されるのが常だった。
だが、『マスターズ・レギオン』をやり込み尽くした俺は知っている。
この生活系スキルこそが、人体の構造に直結した「究極の基礎」なのだ。ここを極限まで鍛えれば、上位スキルの威力や身体のキレが劇的に跳ね上がる。そういう隠し仕様が存在する。
「いいか、二人とも。その三つを雑用スキルだと侮るな。基礎をおろそかにしているから、お前たちの動きには隙が生まれているんだ」
「えっ……!? そうなんですか……!?」
目を丸くするミラに、俺は具体的に指摘した。
「ミラ、大討伐で大槌を振り回した時、一撃ごとに体が大きく流れて隙だらけになっていただろう? あれは怪力任せに振っていたからだ」
ミラがはっと息を呑む。
「【荷運び】の脱力と骨格連動、【体軸維持】を意識すれば、武器に振り回されなくなる。インパクトの瞬間だけ力を込めて、ピタリと止まれるんだ」
「あ……! 確かに、いつも振った後に体がグラグラしてましたぁ……!」
続いて俺は、ミミィに向き直った。
「ミミィ、お前の俊敏さは武器だが、足元が不安定だと隙を悟られる。【足腰強化】と【体軸維持】を極めれば、悪路でも体幹がブレなくなる」
ミミィが真剣な顔で頷く。
「将来どんな職業に進むとしても、ブレない足腰は絶対に役に立つはずだ」
(テイマーの真価である魔獣への指揮や連携も、自身の体幹が盤石であってこそだからな……)
まだ本人に適性を明かす段階ではない。俺は内心でそう補足し、言葉を留めた。
「な、なるほど……! ただの立ち仕事のスキルだと思ってました!」
目から鱗が落ちたように驚く二人。俺は、横に控える黒装束へ視線を向けた。
「言葉で言っても分かりにくいな。ライラ、お前が持っている専門系のLv.1スキル【物音消し】のお手本を見せてやってくれ」
「承知いたしました」
ライラが無表情に頷き、スッと一歩を踏み出した。乾いた草と小石の地面なのに、一切の音を立てない。風が抜けるように、二人の背後へ瞬時に回り込んだ。
「ひゃうっ!? いつの間に後ろに……!?」
「あ、足音が全然聞こえなかった……!」
息を呑んで振り返る二人に、ライラは淡々と口を開いた。
「本来は夜に家族を起こさず歩くための生活スキルです。呼吸と重心移動を突き詰めれば、暗殺術の歩法へと昇華されます」
「そういうことだ。ウルズ様が人々に与えてくださったスキルに、無駄なものなど一つもない」
俺は心の中でウルズ様へ感謝を捧げ、二人に指示を出した。
「よし、理屈が分かったら反復訓練だ! ミラは水樽を持ち上げる感覚で大槌の素振りを百本! ミミィは小石の上を、体幹を崩さずに走り抜けろ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
二人は気合の入った返事とともに、がむしゃらに体を動かし始めた。
ミラの素振りは、最初はぎこちなかった。
だが脱力と体軸を意識させると、音が変わった。
ヒュン、と重く鋭い風切り音が響く。
ミミィのステップからも無駄なブレが消え、しなやかな太ももがバネのように地面を捉え始めていた。
(よしよし……さすがは潜在能力の高い二人だ。飲み込みが異常に早いな)
ぐんぐん基礎を吸収していく二人の背中を見つめ、俺は明日からの初実戦に確かな手応えを感じていた。
◇
「ミラ様、足元の踏み込みが甘いです。大槌の重さに体軸が引っ張られています」
「ふぇぇ……ご、ごめんなさいライラさん……!」
「ミミィ様も、重心の切り替えがコンマ数秒遅れています。足腰のバネを意識してください」
「は、はいっ! もう一回お願いします!」
草原の訓練場では、基礎が完成しているライラが手本となり、的確な指導を飛ばしていた。
「よしよし、動きが良くなってきたな。だが、頭で考えているうちはまだまだだ。無意識に動くまで、骨と筋肉に覚え込ませるんだ」
俺は二人の前に立ち、胸を張って宣言した。
「そこで、毎朝宿舎で手軽にできる特別な反復メニューを授けよう。名付けて――『スキル体操』だ!」
「……ネーミングが絶望的にダサいです、マルク様」
ライラが冷たく言い放った。だが、素直な二人は違った。
「スキル体操……! なんだか凄く効きそうです!」
「はいっ! 毎朝絶対にやります先生!」
目を輝かせるミラとミミィに、俺は満足げに頷いた。三大系統のLv.1スキルは、それぞれ習熟の傾向が全く異なる。
戦士系
【荷運び】【体軸維持】【足腰強化】など。上位技に頼る者が多く、最もおろそかにされて伸び悩む原因になる。
魔導士系
【火種起こし】【水滴集積】など。日常生活や【魔力循環】の訓練で常に使うため、意識せずとも勝手に極まる。
専門系
【物音消し】【指先感覚】など。盗賊や職人には必須の技術のため、自然と職人芸へ昇華される。
「というわけで、お前たち二人の戦士系スキルこそ、徹底して体に染み込ませる必要があるんだ」
俺は二人を見渡した。
「だから今日はあえて剣撃や魔物狩りはせず、この基礎体操の反復だけをやってもらう」
ライラが小さく頷いた。
「実戦では、Lv.1スキルが切れた瞬間に技の精度も防御もガタ落ちする。寝ている間ですら発動し続ける、常時発動化こそが最終目標だ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
夕暮れまで体操と素振りを繰り返し、ヘトヘトになった俺たちは、酒場で初日の打ち上げを開くことにした。騒がしい酒場に足を踏み入れると、肉の焼ける香ばしい煙が一気に押し寄せてきた。
円卓の席に着くと、熱気を帯びた三人の肌から、ほんのりと艶めかしい汗の香りが漂ってくる。
(うおおおお……! なんだこの空間は! 天国か!? 男としてこれ以上の役得があるか……!?)
運動直後のミラの薄手のインナーは、汗を吸って肌に張り付いていた。規格外の爆乳が荒い呼吸に合わせて上下し、布地を弾け飛ばしそうな谷間を曝け出している。
隣のミミィは、上気した頬を手で仰ぎながら座り直した。 汗に濡れた小麦色の太ももが密着し、熱いぬくもりが男の理性を削り取ってくる。
さらに、普段は鉄壁の黒装束のライラまでが、胸元のジッパーを少しだけ寛げていた。白磁のような首筋から鎖骨へ、汗の雫がツーッと流れる。鼻血を噴き出しそうになりながら、俺が必死に理性を保とうとしていた――その時だった。
「ぷはぁぁぁっ! やっぱり運動した後のこれは最高ですねぇ……!」
ドスンッ!
テーブルに置かれたのは、ドワーフ御用達の高濃度蒸留酒の特大ボトルだった。
「はい?」
ミラはグラスに注ぐことすら省略した。
分厚いガラス瓶の口に直接かぶりつき、豪快なラッパ飲みを始めたのだ。
「ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ、ぷはぁぁっ! すみませーん、おかわりもう三本お願いしますぅ!」
「……おい、待て。嘘だろ」
俺はジョッキを握ったまま、完全に固まった。あの蒸留酒は、普通の人間なら一本であっちに旅立ちかねない劇薬のような代物だ。それをミラは、涼しい顔で水のように飲み干していく。足元には、すでに空き瓶が五本も転がっていた。
「ミラ、凄すぎます……! 私、果実酒一杯でふわふわしてきましたぁ……えへへ、先生ぇ……」
とろけた瞳のミミィが、火照った身体を俺の腕にすり寄せてくる。
「……マルク様、鼻の下が伸びています」
ライラの冷徹な視線も、もはや俺の頭には入ってこない。
(主脈Lv.8の勇者候補って……内臓や肝臓のスペックまで規格外の化け物なのかよ……!?)
天使のような笑顔で、猛毒じみた酒を底なしに吸い込んでいくミラ。
その巨躯を見つめ、俺は色気どころか背筋にゾッとする寒気を覚えた。
アルコール度数の高い酒の設定ですが、イメージはウィスキーです。
決してトップ〇リューのアレではありません。
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