第12話:元雇い主からの特別オファー
俺達はオーグの街を出発し、王都レ・ルミナスに帰ってきた。オーグとは違う、にぎやかな喧噪が俺達を迎える。
「……ところで、お前ら王都に戻ってからどこに泊まるつもりなんだ?」
俺が尋ねると、三人はあっけらかんと答えた。
「エレオノーラの手配で、しばらくは教会の宿舎にお世話になる手はずです」
ライラが無表情に告げる。ミラは恐縮そうにぺこりと頭を下げ、ミミィは嬉しそうに頷いた。
(いやいやいや! 熱心な信者の皆様が煩悩の塊になっちまうだろ!)
歩くたびに暴力的に揺れるミラの超爆乳。
太ももとヒップが眩しいミミィ。
そして、無機質な美貌のライラ。
(というか、毎日こんなのを間近で見せつけられたら、俺の理性の方が先におかしくなっちまう……!)
◇
頭を抱えつつ、俺は一人で馴染みの酒場へ足を運んだ。冷えたエールを喉に流し込んでいると、バタバタと激しい足音が近づいてきた。
「たのむぅぅぅ! マルク、お願いだからうちのクランに戻ってきてぇぇぇ!」
「ぶふっ!? げほっ、ごほっ……セリア!?」
血相を変えて飛び込んできたのは、中堅クラン『レッドアイズ』の女リーダー、セリアだった。涙目で縋り付いてくるセリアの、相変わらず露出度の高い胸元と腰回り。だが、ミラやミミィの異次元のプロポーションに当てられた直後のせいか、以前ほどの感動が湧いてこない。
(……いや、セリアも十分エロいんだけどな。向こうが規格外すぎて目が肥えちまったというか……まあ、熟女ならではの大人の魅力ってやつだよな)
内心で失礼極まりないフォローを入れつつ、俺はジョッキを置いた。
「急にどうしたんですか。新しい専属鑑定士を雇ったんでしょう?」
「その鑑定士のネロがね、うちの連中を診て真っ青になって腰を抜かしたのよ!」
セリアは頭を抱え、後任の女性鑑定士・ネロとのやり取りを語り始めた。
「ネロが鑑定したらね、ほぼ全員のスキルツリーが完璧に枝脈までコンプリートされてるって叫び出したのよ」
「はあ……そりゃ俺が定期的に指導してましたからね」
「あたしもそう言ったわよ! そしたらネロのやつ、顔面蒼白で怒鳴り返してきたの!」
鑑定士と対象者の魂の波長には、必ず相性がある。一人の枝脈の全貌を完璧に把握するには、系統の異なる優秀な鑑定士が最低でも二人は必要とされる。
それでも、把握率は九割に届くかどうかだ。
「ネロが震えてたわ。『Lv.3までしか見えない二流のはずが、全員の枝脈を一人で完成させていたのか』って」
「大げさだなあ」
「大げさなもんじゃないわよ! スキルを完全にコンプリートした主脈Lv.3は、下手なLv.4の冒険者より強いのよ!?」
セリアはテーブルに身を乗り出した。
「そんな怪物を量産できる下位鑑定士なんて、もはや人間じゃなくて化け物だってネロが怯えちゃって……!」
クランの躍進がすべて俺の手腕によるものだった。それを痛感したセリアは、両手を合わせて拝み倒してきた。
「そういうわけだから、頼むからクランに戻ってきて!」
「無理ですよ。俺は今、教会の特務で指令待ちの身ですからね。きっぱりお断りします」
「そこをなんとかしておくれよぉ……! あんたが戻ってきてくれるなら……」
セリアは周囲をチラリと警戒した。真っ赤な顔で、俺の耳元に顔を寄せて囁く。
「あたし……一ヶ月間、あんたの愛人になってあげてもいいから……!」
「な、なんだってぇぇぇっ!?」
あまりにも破格すぎる提案に、俺の理性は盛大に揺れ動いた。香水の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。耳たぶに触れた柔らかい唇の感触が、全身を痺れさせた。
(う、うおおぉぉ……っ! 一ヶ月!? この極上の熟女ボディが抱き放題ってことか!?)
俺の男としての本能が、全力で首を縦に振ろうとした。
「ね? 悪い話じゃないでしょ? あたしだって本気なんだから……なんなら今晩でも……」
上目遣いで胸元を押し当ててくるセリアに、俺の理性が崩壊しかけた――その時だった。
「――マルク様」
背後から、感情を削ぎ落とした静かな声が降ってきた。
「ひゃっ!?」
飛び退くように振り返る。そこには、音もなく現れた黒ローブ姿のライラが佇んでいた。
「明日から我ら三名への専属育成任務が始まります。任務に支障をきたさぬよう、あまり羽目を外されませんように」
俺の額から、冷や汗が噴き出した。
「わ、分かってるよ! ちょっと昔の仕事仲間と話してただけだ!」
俺は慌てて咳払いをし、セリアへ向き直った。
「……すまない、セリア。さっきも言った通り、俺は教会の所属だ。一度契約が切れた以上、戻ることはできないんだ」
「それなら週に一度の非常勤顧問でいいわよ! 愛人の期間だって、二ヶ月に延ばしてあげるから……!」
(に、二ヶ月……!? 条件が跳ね上がってやがる……!)
一瞬グラつきかけた。
だが、必死に食い下がるセリアの瞳を見て、俺はふと表情を改めた。
「……セリア。あんたがそこまでしてクランを大きくしようと執着するのは、やっぱり亡くなった元旦那のためかい?」
セリアの身体がピクリと固まった。
勢いが、すっと引いていく。
「……そうかもな。あいつが命を懸けて立ち上げたクランだからさ」
自嘲気味に笑うセリアに、俺は穏やかに諭した。
「あんたが身体を張ってまで無理な強化をすることなんて、天国の旦那さんだって求めてないと思うぞ」
セリアは言葉を失い、ジョッキの縁を見つめたまま押し黙った。重苦しい沈黙が満ちかけた、その時――。
「いたぞ! マスターだ!」
扉が乱暴に跳ね上がり、体格のいい重戦士が肩を怒らせてなだれ込んできた。その後ろから、短剣を腰に差した青年ロイスと、眼鏡の魔導士ヘレナが呆れ顔で続いた。
「まったく、こんなところで何やってんですかマスター! またマルクに無茶な面倒ごと吹っかけてたんですね!」
重戦士長ガインが眉間に皺を寄せ、セリアの肩をがっしりと掴んだ。二十代半ばの若さで、亡き前マスターの遺志を継いで前衛を支える男だ。俺のスキル調整によって、鉄壁の枝脈を完成させた実力者でもある。
「ちょっ、痛いわよガイン! 離しなさいよ!」
「離しません! マルク、悪かったな。うちの頭が迷惑かけて」
ガインが頭を下げる。
後ろでは、ロイスがニヤニヤしながら俺へウインクを投げてきた。
「よっマルク! マスターの愛人オファー、本当はちょっと乗り気だったんだろ?」
「ロイス、からかうのはおやめなさい。先生、お引き止めして申し訳ありませんでした」
ヘレナが冷静にため息をつく。ガインとロイスが、左右からセリアの腕を抱え上げて連行していった。
「ちょっ、ちょっと引っ張るんじゃないわよ!」
「マルク、またな!」
「今度奢るぜ!」
ガインたちは気安く手を振っていく。
だが、店の出口で、セリアがふと身体をよじって振り返った。
「……勘違いすんなよ、マルク」
真紅の瞳を細め、妖艶な大人の笑みを浮かべる。
「別にクランのためなら誰でもいいってわけじゃない。あんただから言ったんだ」
それだけ言い残し、セリアはガインたちに引きずられて夜の街へと消えていった。
「やれやれ……」
俺は頭をポリポリと掻き、残ったぬるいエールを一気に飲み干した。
流石、性欲には簡単に流されないヤレヤレ系主人公のマルクです。
次回から修行パートに入ります。
是非一度、本作の評価をしていただけると助かります。




