第10話:爆弾娘たちの弟子入り
「……街の、民たちは……! 避難は、間に合ったのか……!?」
オーグの街の救護所。全身に包帯を巻かれた王国騎士隊長が、意識を取り戻すなりそう叫んだ。大討伐は無事に終わり、街に被害はない。衛生兵からそう聞かされると、隊長は「そうか……よかった……」と安堵の息を吐き、再びベッドへ倒れ込んだ。
(手柄目当ての嫌な奴かと思いきや……この男、本気で民のことを思って戦ってたんだな)
天幕の影から様子を見ていた俺は、内心で苦笑し、隊長への見立てを改めた。勝ち目のないデス・オーガに、真っ先に突撃したのだ。あれは保身や名誉のためではない。冒険者や民を逃がすための、捨て身の足止めだったのだ。
一方、街を救った最大の功労者であるはずのミラはといえば――。
「ふぇぇぇ……痛い、痛いですぅ……! スプーンを持つ手もピクピクしちゃいますぅ……!」
「はいはい、ミラさん動かないで。ほら、あーんして。スープ冷めちゃうから」
全身の筋肉痛で、ミラは完全に文鎮と化していた。涙目でベッドに沈む彼女に、なんの因果かミミィが甲斐甲斐しく薬草スープを運んでいる。
◇
大討伐の熱狂が落ち着き、オーグの街は平穏を取り戻した。
昼下がりの酒場で、俺は冷たい麦酒を喉に流し込んでいた。
目の前を行き交う給仕の豊満な尻を、チラチラと眺めながら。
(ふぅ……目の保養、目の保養。ようやく落ち着いたな)
だが、その平穏は唐突に冷え切った。
深いローブを目深に被った数名の集団が、音もなく俺のテーブルを囲んだのだ。
「……エレオノーラの使いで参りました、マルク様」
フードの奥から、感情を排した低い女の声が届く。教会直属の特務工作部隊――義母エレオノーラの息がかかった、影の手先たちだ。
「……早いな。だが、彼女はまだ動ける状態じゃないぞ。術の反動で寝たきりだ」
「承知いたしました。彼女の回復を待ち、しかるべきタイミングで我々からコンタクトをとります」
それだけ告げると、ローブの集団は雑踏の中へ溶け込むように消えていった。
酒代をテーブルに置き、俺は一人で石畳を歩き始めた。
(ついに見つけてしまったな、本物の『勇者候補』……主脈Lv.8の逸材を)
いきなり教会本部に連れて行かれ、「お前が世界の希望たる勇者だ」と告げられれば、気弱なミラは間違いなく混乱するだろう。だが、大柄な身体を理由に落ちこぼれ扱いされてきた彼女だ。エレオノーラの後ろ盾がつけば、最高の環境で才能を開花させられる。
(教会も彼女を粗末には扱わないだろうし、あいつの人生にとっても決して悪い選択肢じゃないはずだ)
そう自分に言い聞かせ、人気のない裏路地へ足を踏み入れた、その時だった。
「――マルク先生!」
背後から、小走りの足音が響いてきた。
振り返ると、路地の真ん中でミミィが肩で息を整えている。
いつもの人懐っこい笑顔は、どこにもない。
これまでに見たことがないほど真剣な眼差しで、彼女は俺の瞳を真っ直ぐに見据えていた。
「ミミィさん? ミラさんの看病はどうしたんだ?」
「……少しだけ、お時間いいですか?」
ミミィは周囲に誰もいないことを確認し、一歩、俺へと詰め寄った。
「先生と、二人だけで……大事なお話があります」
森の奥の奇跡の真実を知る少女の瞳が、静かに俺を射抜いていた。
◇
「改まってどうしたんだい、ミミィさん」
静まり返った路地裏で、俺は穏やかに尋ねた。
だが、ミミィの表情は硬く、その瞳はわずかに震えていた。
「……私、全部見ちゃったんです」
「ん? 何のことだい?」
「とぼけないでください! 森の奥で先生とミラさんがオーガと戦っていたところ、私、最初から最後まで見ていました!」
俺の眉が、わずかに動く。
「ミラさんが急に黄金に光り輝いたことも……先生が的確な指示を出して、あの怪物を一瞬で倒させたことも……全部です!」
(……チッ、やっぱり見られていたか)
俺は内心で舌打ちした。笑みを消し、冷徹な教会関係者の声音に切り替える。
「ミミィさん、見てしまったのなら忠告しておく。あの力は教会の最高機密だ。下手に首を突っ込めば、君自身の身も危険にさらされるぞ」
恐怖で引き下がらせるための、冷たい牽制。
だが、ミミィの反応は俺の予想を完全に裏切った。
「やっぱり……! やっぱりマルク先生は、ただの鑑定士なんかじゃなかったんですね!」
ミミィは怯えるどころか、大きな瞳を爛々と輝かせ、頬を上気させた。
「人を一瞬で英雄みたいに強くしちゃう、伝説の導き手だったんだ……!」
「……は?」
俺の険しい表情が、ポカンと崩れ去る。
「お願いです、マルク先生!」
ミミィは一歩踏み込み、俺の服の袖をぎゅっと両手で掴んだ。
「私、ずっと悔しかったんです! 才能がない、主脈が伸びないって言われて……ギルドでも雑用や荷運びばかり押し付けられて……!」
「ミミィさん……」
「でも、先生の言う通りに動物たちと触れ合ったら、本当に身体の奥で新しい力が芽生えてきたんです!」
ミミィの声が、さらに熱を帯びる。
「先生なら、落ちこぼれの私でももっと強くしてくれる……! お願いです、私を先生の弟子にしてください!」
至近距離から見つめてくる、真摯な眼差し。
俺は頭をポリポリと掻き、眉を八の字に曲げた。
「熱意は分かったよ。だが、俺は教会の人間だ。独断で弟子を取るかどうかは決められないんだよ」
「そ、そんなぁ……」
「教会の意向も確認しなきゃならない。返答は後日でもいいかい?」
「……はい! 待ってます! 私、絶対に諦めませんから!」
ミミィは深々と頭を下げると、軽い足取りで路地裏を駆け去っていった。
足音が消え、静寂が戻った瞬間。
「……消しますか? マルク様」
石壁の隙間から、黒いローブの女が滑り出てきた。かすかに、鉄の匂いが鼻先をかすめる。 殺気を孕んだその問いに、俺は振り返りもせず手を横に振った。
「馬鹿言え。彼女も保護対象の一人だ」
「……保護対象?」
ローブの女はフードの奥で小さく息を呑み、記憶を探った。
「なるほど、彼女が先日ご報告のあった【主脈Lv.6】……珍しい職業である【テイマー候補】の少女ですか」
職業適性と主脈の深さは、教会の特務機関にとっても国家戦略級の機密情報だ。
「それでしたら問題ございません。エレオノーラにご報告すれば、口封じどころか、マルク様による専属育成の許可が下りるかと存じます」
「やれやれ……」
俺は天を仰ぎ、深いため息を吐いた。
「人を連れて歩くと、自由気ままに動きにくくなるんだがなぁ……」
ギルドマスターとしての血が騒ぐ一方で、厄介ごとに巻き込まれていく日々に頭を抱える俺であった。
◇
大討伐を乗り越えたオーグの街で、俺は「第二回スキル鑑定会」を開いていた。死線をくぐり抜け、多くの冒険者や騎士たちが急速な成長を遂げているからだ。
成長にゴールなど存在しない。一つの壁を越えれば、必ず次の壁にぶつかる。そんな迷える子羊たちを正しく導くのが、教会の技能鑑定士たる俺の仕事なのだ。
「マルク先生! 街と民を救ってくださった神の御導き、そして先生の献身に、騎士団一同心より感謝申し上げます!」
包帯姿で職務に復帰した騎士隊長ガルツが、深々と頭を下げた。ずっしりと重い革袋を、机に差し出してくる。
中には、目の眩むような金貨のお布施が詰まっていた。
「おお、これは過分な施しを……ウルズ神もお喜びになりますよ」
俺は聖職者らしい穏やかな笑みで受け取った。
(……まあ、この大金は後で教会本部に全額吸い上げられて、俺の懐には一銭も入ってこないんだけどな!)
世知辛い現実に毒づきつつ、俺は寄付のお礼に、ガルツ隊長のスキルツリーを鑑定してやることにした。
「ガルツ隊長、感謝の印にあなたの主脈を拝見しましょう」
「おお! ぜひお願いいたします!」
俺はガルツの肩に手を置き、精神を潜行させる。
表向き、俺は「主脈Lv.3までしか視認できない下位鑑定士」だ。すでに主脈Lv.4の領域にいるガルツのツリーは、「見えないフリ」をしておくのが大人の処世術というもの。
「ふむ……隊長、あなたの主脈は実に強固ですが、これ以上の無理な拡張は魂を痛めます」
俺はもっともらしく続けた。
「代わりに、盾受けの衝撃を分散させる枝脈と、士気を高める統率の枝脈を鍛えると良いでしょう」
俺は聖職者らしく付け加える。
「『古き聖典』にも、剛なる盾は柔らかな風をまとうべし……と記されておりますからね」
「な、なんと……! まさに私が今、伸び悩んでいた急所そのものです! 深遠なる神の啓示、しかと胸に刻みましたぞ……!」
聖典を引用して曖昧にぼかしただけの助言だったが、ガルツは目を潤ませて感動していた。
こうして鑑定会も無事に終わり、いよいよオーグの街を旅立つ日がやってきた。街の人々に惜しまれつつ、俺は一人、街道の石畳を歩き出す。
(ふぅ……心残りといえば、宿屋の色っぽい女将さんと『むふふな展開』が何も起きなかったことくらいだな。まあ、仕方ないが)
そんな俗物丸出しの未練をぼやきつつ、街の喧騒を離れて歩くことしばし。
湿った草と土の香りが漂う合流地点に差し掛かると、街道の脇に、深くローブを被った教会の密者たちが佇んでいた。
そして、その傍らには――。
「あ、マルク先生……! こんにちは……!」
すっかり筋肉痛から回復し、規格外の巨躯を縮こまらせてぺこりと頭を下げるミラ。
「マルク先生っ! 待ってました!」
身軽な旅装束に身を包み、目を輝かせているミミィの姿があった。俺は頭をポリポリと掻き、中心に立つ黒ローブの密者へと向き直った。
「……それで、エレオノーラからの次の指令は何なんだ?」
密者は感情の籠もらない声で、羊皮紙の書状を読み上げた。
「エレオノーラより下知です。『ミラ、ミミィ、ライラの三名を護衛兼教育対象とし、次の目的地への旅の中で直接育成せよ』」
「……は? 待て待て、ミラとミミィは分かる。……ライラって誰だ?」
俺が眉をひそめた、その瞬間だった。後ろに控えていた小柄な黒ローブの一人が、スッと前へ進み出た。深く被っていたフードを、脱ぎ捨てる。
さらりと揺れた髪から、微かに白檀の香りが漂った。
冷たい刃のように鋭い美貌が露わになる。
「――私です、マルク様」
これまで影から神出鬼没に現れては、連絡を告げていた特務工作員だった。
「お前かよッ!?」
思わず叫んだツッコミが、街道の静寂を切り裂いた。無表情なライラ、目を輝かせるミミィ、おろおろとする巨女ミラ。
三人が、じっと俺を見つめている。
(……やれやれ、気楽な一人旅どころか、とんでもない爆弾三人娘を押し付けられたもんだ……)
第3のヒロイン、影に生き、影に葬る突っ込み役ライラです。
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