第9話:黄昏のベッドと消えないLv9の夢
夜の静寂。俺は硬いベッドに横たわり、天井の木目を見つめていた。
(……すさまじい一撃だったな)
目を閉じれば、黄金の光をまとって跳躍したミラの雄姿が、まぶたの裏に焼き付いている。 狂乱の魔獣を真正面から粉砕した、あの暴力的な破壊のスケール。
「……ベルヘルム……」
あの瞬間、無意識に零れ落ちた名前。前世のMMO『マスターズ・レギオン』で、自軍の四天王の一角に君臨した『剛鎚兎耳女帝 ベルヘルム』の名だ。
「……何を、今さら思い出してんだか」
苦笑交じりに呟く。前世の記憶の蓋が、音を立てて開いていった。あの頃の俺たちは、狂気じみた熱量で画面にかじりついていた。
「マルク! 『限界突破』の条件、特定ボスを撃破することかもしれないな!」
「試してみる価値はあるな、ゼト。ここでイベントが発生してもおかしくない。俺の『勘』がそう言ってる」
ボイスチャット越しに飛び交う、仲間たちの興奮した声。
誰が最初に前人未到の【主脈Lv.9】に到達するか。世界中のトッププレイヤーが競い合い、連日連夜の検証と経験値稼ぎに明け暮れた黄金期。
だが――頂への道は、あまりにも残酷だった。
どれだけ時間を捧げても開かない深淵。複雑怪奇な隠し条件。そして、容赦なく訪れる現実の生活。
「わりぃ、マルク。俺、来月から就職なんだ。毎晩ログインするのはもう無理だわ」
「俺もそろそろ潮時かな……嫁に怒られちまってさ」
「こんなのただの仕様上の飾りだよ。開発陣がプレイヤーを引き止めるための罠だ。誰も達成させる気ないんだよ」
「ごめんね……マルク……」
一人、また一人と姿を消し、フレンドリストは冷たい灰色に染まっていった。
サービス終了の告知から数週間後。最大のライバルであり盟友でもあったゼトが、数ヶ月ぶりにログインしてきた夜のことだ。
『よぉ、マルク。相変わらずだな』
『当たり前だろ、ゼト。俺はこのゲームを最後まで見届けるって決めてるからな』
『変わらないな、お前は』
静まり返ったギルドホームの玉座の前で、ゼトのアバターが肩をすくめた。
『なあ、マルク。来月オープンする新作のMMO、もうチェックしたか?』
『いや、見てないな』
『一緒にやらないか? お前となら、間違いなく最高のギルドを作れる。お前と俺とで天下を取らないか』
最大のライバルからの、最高の誘いだった。
だが、俺は首を横に振った。
『誘ってくれたのは嬉しいよ。でも、断る』
『……どうしてだ? このゲームはもう終わるんだぞ? ここに残ってたって、何の意味もない』
『意味ならあるさ。俺は最後まで、あいつらと一緒に【主脈Lv.9】を目指す。届かないとしても、足掻くだけ足掻いて終わりたいんだ』
『……そうか。お前らしいな』
ゼトは寂しそうに笑い、ログアウトを始めた。
『またな、マルク。俺はいつでも待ってるぞ』
『ああ、ありがとよ、ゼト』
光の粒子となって消えていく友を見送り、がらんどうの玉座の間で、俺は一人立ち尽くしていた。
背後から、カタカタと足音が近づいてくる。
『ご主人様、どうしたんだピョン?』
大槌を担いだ兎耳の少女、ベルヘルムが首を傾げて覗き込んできた。
『ちょっとな、昔の仲間を見送ってただけだ』
『ふふ、どうせまた女にでも振られたんでしょ。哀れなご主人様』
吸血女王プレアマリスが、真紅の瞳を細めて茶化してくる。
『主様の偉大さと魅力は、私たちが誰よりも深く理解しております! どうかお気を落とされませぬよう!』
黄金天騎士リアンナが、真面目腐った顔で拳を胸に当てて励ましてくる。
そして、その足元では――。
『ぐぅ……Zzz……』
白蛇の尾を丸め、駄女神・大蛇姫が床で呑気に寝息を立てていた。
『……お前らなぁ』
思わず吹き出した。
あいつら四天王を、愛着を持って育て抜いた自負はあった。
だが結局、誰も【主脈Lv.9】の神域へは届かなかった。カウントダウンがゼロになるのを眺めながら、俺の世界は暗転したのだ。
ベッドの上で深く息を吐き、俺は右腕を額に乗せた。
「……何を感傷に浸ってんだか。終わったゲームの話だろうが」
転生してからの境遇を、改めて振り返ってみる。正直、不満なんて一つもなかった。
『レッドアイズ』の仲間たちと過ごす、賑やかでくだらない日常。セリアの豊満な身体を眺め、ガインたちと軽口を叩き合う日々は悪くなかった。
捨て子だった俺を拾い育ててくれた、大司教エレオノーラ。巨大な権力者の後ろ盾は、異世界に来た俺にとって大きな心の余裕となった。
さらに、教会所属の鑑定士という、食いっぱぐれのない安定した職業。
そして何より、魂の深淵へと潜行できる【技能深淵化士】という隠されたチート能力による、圧倒的な優越感。
何一つ不自由はなかった。
日々の暮らしに満足していた。
「……だけど」
暗闇の中で、独り言が零れ落ちる。
「満足はしてた……満たされてはいなかったんだよな」
安定したぬるま湯の中で、俺は牙を抜かれていただけだったのだ。
【主脈Lv.9】。
仲間たちが去ってもなお追い求め続けた、俺の魂に刻まれた誓い。燻り続けていたその火種に、昼間のミラの姿が強烈な油を注ぎ込んでいた。この世界の常識では、主脈レベルは生まれ持った器で厳格に定められている。
一般の冒険者はLv.3、Lv.4でエース、Lv.5で国家戦力、Lv.6なら筆頭騎士団長クラス。そして、伝説の英雄ですらLv.8止まりだ。だが――昼間に覗き込んだミラの魂の奥底。黄金の大樹は【主脈Lv.8】に到達し、さらにその先へと根を伸ばすかもしれない。
実際に、俺はミラに【経験値注入】を使った。
この力には、もう一つ大きな効果がある。
彼女はこれから、他の冒険者とは比べ物にならない速度で進化していくだろう。
(あいつの器は、本物だ……)
ドクン、と胸の奥で、ゲーマーとしての、指揮官としての血が脈打った。
前世では届かなかった。
仕様の壁に阻まれ、仲間たちも去り、未完成の夢のままで世界は終わった。
(だが……もしあいつなら。あの規格外の器を持つミラなら、誰も到達できなかった【主脈Lv.9】のその先へ、届いちまうんじゃないか……?)
ゾクゾクとする興奮が、背筋を駆け抜けていく。ゲームの画面越しではない。生身の人間の魂を導くという重みと恐怖。一歩間違えれば、過剰な負荷で相手を殺しかねない危険な綱渡りだ。
それでも――。
「……もう一度、目指してみてもいいのかもしれないな」
俺は身を起こし、ガラス瓶の水を一気に喉へ流し込んだ。冷たい水が、身体の熱を醒ましていく。
「さて……まずは明日、泣きべそをかいてるであろう『未来の女帝候補』の様子でも見に行くとするか」
口元に不敵な笑みを浮かべたまま、俺は毛布を引き上げ、深く目を閉じた。
マスターズ・レギオンはAI搭載でNPCが自由に学習して喋る設定です。
マルク達の冒険が少しでも気になる方は、評価、ブックマークお願いします☆
カクヨム様でも掲載させていただいております。
是非、応援お願いします。




