31 伯爵令嬢に怪しまれる
伯爵令嬢はかなりご立腹のようだった。
ここに連れてこられるまでの間に、日記にも書かれていたことを思い出してみた。彼女の所業というか、正確には彼女が下っ端に指示したことは幼稚ないじめが多かった。
彼女にはいくら恋敵とはいえ、毒をノアに飲ませるような度胸はないように思えた。
「ちょっと、キュレルさん、聞いているの!?」
私の反応がなかったからか、ミラベル伯爵令嬢は、怒りの形相でテーブルを扇で叩いた。
そのせいでテーブルの上に載っていたカップがソーサーにぶつかり、がちゃがちゃと音を立てた。
お茶がこぼれなくてよかったわ。
「もちろん、聞いておりますとも。近付くな、というのは今日のお昼のことをおっしゃっているのでしょうか?」
「そうよ!」
「でしたら、誤解ですわ。私から近付いたのではく、彼が隣に座ったんです。 あなたに近付くと私は怖い人に呼び出されてしまうから、こっちに来ないでと言えば良かったのでしょうか?」
わざとらしく嫌味っぽく尋ねた。
「そんな態度で良いと思っていらっしゃるの?」
ミラベル伯爵令嬢は怒りをぶつけるように、テーブルの上に乱暴に扇を投げ捨てて続ける。
「イッシュバルド家の方と婚約をしたせいで、そうやって大きく出られるようになったのでしょうけれど、そんなもの、私の父にかかればすぐに破談にできますわよ!」
えらく大きなことを言ってきたので、小首を傾げて聞いてみる。
「破談にするとはどうやってですか? イッシュバルド公爵家の意見を変えられるとおっしゃるのですか? あなたのお父様って貴族界の裏ボスか何かなんですか?」
「う、裏ボスって何よ!? そんなものではないわ! イッシュバルド公爵家にあなたの悪い噂を流すなんて簡単です! もうすでにあなたの評判は地に落ちているんですから、私の言うことを信じてくださるに決まっています!」
「……その評判が地に落ちている私と婚約を望んだのは、イッシュバルド家ですけど?」
わざわざ、こんなわかりきったことを答えないといけないのかと思って苦笑したのが悪かった。
ミラベル伯爵令嬢の怒りのボルテージが上がる。
「婚約者がいながら他の男性と一緒に食事をするなんて許せませんわ!」
「その婚約者は私の左隣にいましたが見えませんでした? おかしいですね。いつの間に私の婚約者は幽霊になったのでしょうね。それともミラベル伯爵令嬢の目にはキース様以外の男性は透明人間か何かになってしまって見えないとかですか?」
「あ、あなたは私を馬鹿にしているの!?」
「馬鹿にしているんじゃなくて質問しているだけです。あ、恋は盲目って言いますし、キース様のことしか見えなかったんですね。失礼いたしました! ご安心ください。あの時、私の婚約者はすぐ隣りにいましたし、彼がキース様と仲良くしたほうが良いと言うんです」
ミラベル伯爵令嬢の反応が面白くなってきて、首の前あたりで手を合わせてにっこりと微笑んでから、小首を傾げる。
「で、どうやって婚約を破断にさせるおつもりでしょうか」
「だから言っているでしょう! 私のお父様の力を使って……!」
「ミラベル伯爵の力を使って、なんですか?」
「あなたの家の評判をもっと貶めて、学園に来ることができないようにしてさしあげるわ!」
キュレル家に迷惑をかけられるのは困るわね。
学園に来れなくなることに関しては、別に私は学園に通いたいわけじゃないから良かったりするけど、ノアのことは気になるし、どうしようかしら。
それに学園に行かない学生だと、やはり評判は良くないだろう。来てほしくないとワガママを言うのなら、問題を片付けてもらいましょうか。
「学園に来られなくなるということは、私の結婚を早めて下さるということでしょうか」
「……何を言っているの?」
「家にずっといるわけにはいきませんし、それならお嫁に行ったほうが良いですわよね? なので、イッシュバルド家にお話をしてほしいんですが?」
この時になってやっと、今までのアリスの反応と違うことに気付いたらしい。ミラベル伯爵令嬢は私のお願いには何も反応せずに聞いてくる。
「……あなた、本当にキュレル子爵令嬢ですの?」
「もちろんですわ」
憑依したことを正直に話をしてやる義理もない。
彼女がアリスをいじめていたという決定的な証拠がほしい。
だから、いいかげん、私に手を出すなり、もっと問題になるような暴言を吐いてくれないかしら?




