19 姉弟喧嘩をする
日本にいた時は哲平は学生だったし、大学が家から通える範囲にあったので実家にいた。
私も会社はそう遠くなかったから、実家で暮らしていた。大人になってもお互いの部屋を行き来していたものだ。
身体が違えど中身は同じだし、部屋に入るからといって特に緊張はしない。
部屋に招き入れられ、アズール嬢の話をすると、哲平は眉根を寄せた。
「ノアって子を殺したかったのは間違いないみたいだが、すぐに犯人はアリスじゃないとわかりこうなんだけどな」
「そうなのよ。小瓶をアリスに渡した子はわかったけど、それ以外は見えてこないのよね」
情報が少なすぎるのは確かだ。
本当のアリスなら解けているはずのことさえも、アリスの記憶がない私たちには謎になり、難しく感じてしまう。
「それについては改めて考えることにして、それよりもなんだよ、この呪いのノート」
「呪いのノートって何よ、失礼ね」
哲平には走り書きで、アリスを取り巻く環境を書いたノートを渡していた。
「なんか走り書きの文字も恐ろしいし、なんだよ、この悪口の羅列」
「外見とか、人として言っちゃいけない悪口は書いてないでしょう」
「そりゃ当たり前だろ」
哲平はシャツと黒のパンツというラフな格好で、書物机の椅子に座り、私が書いたノートを読みながら机に片肘を置いて続ける。
「それにしても、このアリスって子は、変な奴らにばかり目をつけられたんだな」
「そうなのよね。まあ、いじめだから誰かターゲットが一人いれば、それで良いという考えなのかもしれないけど」
「新たなターゲットが出来るまで攻撃するやつかよ。そのわりには色んな奴にターゲットにされすぎだろ。あと、やっぱり気になるのは、なぜ、ノアって子が殺されそうになってたかってことだ」
「もうすぐ休みが終わる。学園に行けばノアって子に会えるだろうから、どんな子かを調べてみるわ。ついでに、といっちゃなんだけど、小瓶を用意した黒幕も探してみる」
そう言って勝手にベッドの上に座ると、なぜか哲平は眉間に皺を寄せた。
「おい。今までと違うんだ。ここは男の部屋なんだから、ちょっとは警戒しろよ」
「何をいまさら。それにあんたは無害じゃないの」
「……はいはい、そうだな。無害だと思ってりゃいいよ」
なんか、言い方に棘がある気がする。
哲平は椅子から立ち上がると、ノートを指で軽く叩きながら、こちらに近づいてくる。
「これ、借りといていいか? お前の字が汚すぎて解読するのに時間がかかるし、綺麗に書き直したい」
「それはすみませんね。お好きにどうぞ」
軽く睨みながら答えた私の頭に、哲平はノートを当てて言った。
「とりあえず出てけ」
「そんな言い方しなくてもいいでしょ」
哲平はこれみよがしにため息を吐く。そして、私の顔に自分の顔を近付けてきた。
「もう俺たちは家族じゃないんだぞ」
「どうしてそんなことを言うのよ」
「お前が今まで通りだと思ってるからだよ」
「家族だと思ってたのに、もう違うって言うの?」
納得いかない。
そう思って軽く睨むと、哲平はなぜか悲しそうな顔をした。
顔は全然違うのに、私の知っている哲平の悲しそうな顔が頭に浮かんだ。そのせいで罪悪感を覚えて、私から目を逸らした。
「部屋に戻るわ」
吐き捨てるように言い、ベッドから立ち上がって哲平の部屋を出た。
止められることも追いかけてくることもない。
姉弟での喧嘩はいつものことだった。
それなのに、今日の喧嘩はいつもと違う気がした。
何かが変わってしまったのかと不安だったが、夕食時にはいつもの哲平に戻っていた。
そんなこともあり、私たちは自然と仲直りしていた。
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この国には四季はない。しかし、季節の移り変わりはあるようで、春が長く、残りは冬だが期間としては短い、といった感じなんだそうだ。
天気予報がないので、明日の天気もわからない。何の前触れもなく台風のようなものがきたり、冬に突然吹雪いたりすることを除いては、年中過ごしやすい土地らしい。
学園は冬休みが特に長い。そのためか、制服のバリエーションも一つしかない。上着を着るか着ないかだけで、日本のように冬服だ、夏服だ、と途中で変えることもない。だから、制服のスカート丈は替えも含めて全て、もう少し短めに裾直しをしてもらった。
私だけスカート丈が短かったらどうしようか。
スカート丈は自由らしいから、スカートの中が見えるような短さじゃなければいいわよね。
アリスの件は今のところ進展はない。
あるとすれば、学園が始まってから。
戦闘準備を進めているうちに休みが明けて、私にとっては初めての登園日になった。




