18 小瓶のことを尋ねる
メイドにお茶をお願いしてから、扉をノックした。
中から返事はない。
少し間を空けてから中に入ると、ソファに座っていた女性――アズール男爵令嬢は、勢いよく立ち上がった。
腰まである茶色の髪を左右で三つ編みにしたアズール嬢は、私を睨みつけて叫ぶ。
「あなた、タカナシさんにあの小瓶を渡していないの!?」
開口一番がそれなの?
私は笑顔を作って挨拶する。
「アズール男爵令嬢、ごきげんよう。人の家に何の連絡もなしに押しかけてきて、その態度はないんじゃないかしら?」
「ご、ごきげんよう」
こんなことを言われると思っていなかったのか、アズール嬢は焦った顔で挨拶を返した。
哲平ほどではないが、私も正しい敬語は使えていない時がある。
改めてアリスのお母さんに教えてもらわなければ。
応接室には向かい合うように置かれた三人掛けの黒色のソファに、木製のローテーブル。窓際にある棚の上にはピンク色の花が入った花瓶がある。
彼女の向かい側にあるソファに座り「お掛けになって」と促すと、アズール嬢は私を見下ろして眉をひそめた。
「あなた、何様のつもりなの? そんなキャラクターじゃなかったでしょう?」
あら、気付くのが早いわね。まあ、当たり前か。
昔のアリスはこんな態度じゃなかっただろうしね。
「ちょっとイメチェンしてみようと思っただけよ。それよりも、今日はどんな用事でここに来たの?」
相手は同学年で男爵令嬢だ。これ以上舐められても困るので、敬語は使わないことにした。
「とぼけないで! タカナシさんに渡せって言ったでしょう? 言われたこともできないわけ?」
ノアの姓はタカナシという。アリスの日記には小瓶をノアに渡すように言われたと書かれていた。
これ見よがしにため息を吐き、ソファに背中を預けて尋ねる。
「あなたが言ってるのは小瓶のこと?」
「そうよ!」
誰から渡されたかは書いていなかった。
一つ、真実を知ることができた。
「ねえ」
「何よ!」
「あなたは、あの小瓶の中身が何だか知っているの?」
私の質問にアズール嬢は、目を見開きびくりと身体を震わせた。
さあ、返答次第では彼女も敵認定しなければならない。
彼女の名前はアリスの日記には書かれていなかった。だから、常習的にいじめに関わっていたわけではなさそうだ。
しかし、アリスはあの小瓶の毒を飲んで死んでしまったのだから、全くの無関係ではないはずだ。
……まあ、このことは公にはできないがいいか。
しばらく返答を待ったが、アズール嬢は私を見つめるだけで口を開かない。
「ねえ、どうなの?」
急かしてみたところ、彼女は重い口を開いた。
「く、詳しくは知らないわ。飲んだとしてもお腹を壊すくらいと聞いただけよ」
「それは誰から聞いたの?」
「そんなことを言う必要ある!? あなただって言うことをきかないと何をされるかよくわかってるはずじゃない!」
今にも泣き出しそうな顔をして、アズール嬢は叫んだ。
この子は関わってはいるけど、詳しい話は聞かされてない感じね。
まだ、数分しか話をしてないけど、この子には人殺しをするような度胸はなさそうに見える。
この子は捨て駒か。本当なら、あの小瓶の毒はアリスではなく、ノアという子が飲むはずだった。
ノアが亡くなった時、疑われるのは小瓶を渡したアリスだ。黒幕はアリスを殺人犯に仕立て上げたかったんだろうか。
その時、扉がノックされ、メイドがお茶を運んできてくれた。テーブルに置いてもらっている間に、立ったままのアズール嬢を促す。
「とりあえず座ったら?」
アズール嬢は我に返ったのか、口をへの字にまげて無言でソファに座った。
そして、メイドが出て行くのを確認したあとに話し始めた。
「……私だって、できればやりたくなかった。でも、そうしなければ私は…」
「……誰に頼まれたの?」
アズール嬢は彼女に出されていた紅茶が入ったカップに手を触れた。しかし、熱かったのか すぐに手を引っ込める。
暫しの沈黙。
そして、私の質問に答える。
「……わかるでしょう?」
残念ながら、私はアリスじゃないからわからない。
だから、首を横に振る。
「わからないわ。だから教えてほしいの」
「名前を口に出せって言うの? 無理よ。大体、同じクラスなんだからわかるでしょ」
犯人は同じクラスの誰かなわけね。
あとは、絞り込むのならノアっていう子をよく思わない人間というのが当てはまる条件かしら?
「わかったわ。だけど、ごめんね。もう、あの小瓶の中身はないの」
「……どういうこと?」
「誰かさんに伝えておいて? 中身は私が飲んだからって」
「嘘でしょう!?」
にっこり笑ったつもりだったけど、どうやら上手く笑えていなかったみたいだ。私の笑顔を見たアズール嬢は表情を強張らせた。
「本当のことよ」
「信じられない!」
アズール嬢は怒りに任せて叫び、出されたお茶を口に付けることなく、逃げるように帰っていった。
「なんか疲れたわね」
少ししか会話していないのに、緊張していたのか、どっと疲れが押し寄せてきた。
それにしても、身体は毒でやられたはずなのに、どうしてこの身体は動くのかしら。
この国の神様が肉体だけ生き返らせて、私の魂をここに放り込んだという感じ?
答えが出そうにもないことを考えながら、自分のお茶を飲み干して。
そして、自分の部屋ではなく、哲平の部屋へ向かった。




