16 次期公爵を味方につける
唖然としている私を見て、ラス様は苦笑する。
「アリスさんは子爵家の御令嬢ですよね。となると、相手の身分が高い可能性があるのではないですか?」
「……そうですね。アリスの日記からわかるものだけでも、特にアリスに酷いことをしてきた子たちの親の爵位は子爵以上の人間ばかりでした。それに、日記に名前が出てこなかっただけで、嫌がらせをしてきた人もいるかもしれません」
「あなたは貴族制度のことは知っていますか?」
「はい。大まかなことは学びました」
日本にいた時は全く縁のなかった話なので、初めは困惑したが、覚えるのにそう難しくはなかった。
貴族には爵位というものがあり、上から、公爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士になっている。
侯爵という爵位を日本で見たような気もするが、この国では存在しないらしい。
「子爵家では対抗できない相手がいることは理解しています」
「理解しているのなら良かったです。公爵家がバックについているとなれば、かなり有利に働くはずです。必要な時はイグスの名前では信用がありませんから、私の名を出していただいてかまいません」
「い、いいのですか?」
これまた驚いて聞き返すと、ラス様は爽やかな笑みを浮かべる。
「ええ。ですが、常識の範囲内でお願いしますよ。それに手を貸すかわりにお願いがあります」
「お願い、ですか」
公爵家の人が子爵家の人間にお願いなんて何をしろというのか。
まあ、友人関係ならまだしも、会って間もない人物を何の見返りもなしに助けるのも怪しく感じてしまう。
それなら理由があるほうが安心できるか。
「そんなに難しいお願いではないと思いますよ」
「どのようなことでしょうか」
「テツをあなたの婚約者にし、あなたが在学している学園に通わせたいと思っています」
「はい?」
先程から聞き返してばかりで嫌になる。
すると、哲平が眉をひそめてラス様に尋ねた。
「でも、この身体の持ち主って、今年で19歳になるんだろ? 学園に行く年齢じゃないよな」
「あなたの貴族としての常識や知識が学園へ通わないといけないくらい酷いからですよ。この国のことというよりかは貴族について知識がなさすぎるんです」
「ぐう」
ぐうの音も出ないという言葉に対抗したつもりなのか、哲平はわけのわからない反応をした。
ラス様は「ぐう」を無視して、話を続ける。
「アリスさんと同じ学年で良いでしょう。あと、今だから許しますが、外に出たら公爵家の人間として、言葉遣いに気を付けて下さい」
「へい」
「へい?」
「すみません。はい」
「真面目にしなさい」
「申し訳ございません」
テツとラス様のやり取りに和んでしまう。
本当の兄弟みたいに仲良くなってるのは良かった。
笑みを浮かべて二人を見つめる私に気付き、哲平は不思議そうにする。
「何がおもしれぇんだ。……じゃない、面白いのだ?」
「そこは面白いんだ、でもいいですよ」
ラス様が呆れた顔で言った。
「何でもないわ。というこのはテツは私が住んでいる街に越してくることになるんですか? もしくは学園の近く?」
「そこでさっきのお願いの話になりますが、アリスさんの家に居候させることはできませんか?」
「キュレル家に、ですか」
「そうです。貴族を相手にするのはあなたが思うほど簡単でも安全でもありません。味方は近くに置いておいたほうがいい。同じ屋敷にいれば、万が一、屋敷であなたに危険が及んだ時もすぐに駆けつけられます」
心配してくれるのは有難い。でも、やはり不思議だ。
普通の人なら別人が身体の中に入ってるっていう話をしても信じないと思う。
この国には魔法が存在するみたいだし、転生者はそう珍しいことではないの?
私がしばらく動きを止めて考えていたから、ラス様が問いかけてきた。
「どうかしましたか?」
「……どうしてラス様は私たちの話を信じてくれただけでなく、面倒をみてくれるんですか?」
ラス様が無言で私を見てきたので、嫌な気分にさせてしまったかと心配になる。すると、ラス様は難しい顔をしながら答えてくれた。
「一番の理由はあなた方が嘘をついていないと思ったからです。根拠らしい根拠はありません。ですが、元々、テツの人格が入る前のイグスという人間はクズでした。彼のせいで、父の爵位が剥奪されそうになった時もあります。テツが入ってくれたおかげで、クズが普通の人間になりました。ですから、とても感謝しているんです」
笑顔でラス様は話してくれたが、爽やかな笑みに似合わず、結構ひどいこと言ってますよ。
「あんま褒められた気がしないっす」
哲平が文句を言ったが、さらりとスルーされた。
「それだけでも感謝しているところに、異国の珍しい文化や文字を知っていますからね。それから、アリスさん、あなたの面倒をみようと思った理由は、異国へやって来て辛いだろうにもかかわらず、自分のことではなく、キュレル子爵令嬢を思いやっているからです」
そう言われてみれば、そうだった。
どうせ、元の自分は死んだものだと思い込んでいたからかもしれないが、アリスのことばかり考えていた。
でも、あんな日記を読んだら黙っていられないじゃない。
ラス様は笑みを消して続ける。
「出来れば、日記に書かれていた辺境伯令息と仲良くなるといいでしょう。たしか同じ学園に通っているはずです。後ろ盾は多いほうが良い」
ラス様は立ち上がると、呆けていた私の頭を優しく撫でる。
「あなたのご両親への連絡、テツの入学手続きなどの手配がありますので、ここで失礼させていただきます。二人共、くれぐれも無理はしないように」
忙しいのか、ラス様は私たにの返事は待たずに去ってしまった。
「……おい、ありす」
「ん? 何よ」
なぜか哲平に睨まれていたので、こっちも睨み返して聞き返した。
「覚悟決めてんだろ」
「当たり前でしょ」
「じゃあ、そんなしけた 面すんな」
危ない、危ない。弱気になっているように見えたみたいね。これからが本番なんだから、暗い顔しているのは良くない。
負ける戦は絶対にしない。気を引き締めていくわよ。
心の中で改めて決意をして、哲平に微笑む。
「ありがと。改めてよろしくね」
「おう。一泡吹かせてやろうぜ」
テツと拳を合わせて笑った。
公爵家がついているなら、中途半端な貴族は私と揉めたくないだろうから、簡単にやり返せるはず。
まずは手始めに、小瓶を渡してきた子の所へ行くとしましょうか。
それから、哲平にも手伝ってもらわないとね。




