11.
8月8日
あ…目をこすり、ゆっくりと目を開ける。上体を起こしてベッドに座り、パンを何口か食べてから服を着る。
「今何時だろ?姉貴が迎えに来ないってことは、今日は休みか?…よく考えたら、やることないな…」
頭をかきながらドアを開け、宿を出る。
「うわっ!」
後ろから声がして、体がびくっと震える。勢いよく振り返る。
「ははははは!」
狐芙が膝に手をついて笑っている。
「こんなに早く帰ってきたのか?!びっくりした…!」
片手で胸を押さえる。
「ははは!あんたがびっくりしすぎなんだよ!」
狐芙はまだ笑っている。
しばらく笑ってから、彼女が続ける。
「どうしたの?私、早く帰ってきて欲しくなかった?」
そう言って、25枚の銅貨を差し出す。
「なんで金くれるんだ?」
「クモの巣売ったお金だよ!」
「おお…てっきり悪いと思って埋め合わせしようとしてるのかと」
笑いながら受け取る。
「なによ!私のこと、人でなしだと思ってるの?」
狐芙が腰に手を当てて笑い返す。
「よく後ろから脅かす奴は、悪人じゃないのか?」
「ふんふん、それでもお前が気づかないのが悪いんだよ」
「ほー…悪いことの言い訳をまだ続けるのか。そうだ!この二日間、お前が居なくてすごく惜しかったぞ。何があったか知りたいだろ?」
興奮して言う。
「聞かせて?」
「一昨日な、黒いフードをかぶった7人が来てさ、顔も見えないんだ!飯の時も顔が見えないんだぜ。すごいだろ?」
「そんなフードがあるわけないじゃん」
狐芙が笑う。
「本当なんだよ!それに彼女たち、すごく強かった!ちょっと馴れ馴れしかったけど…でも結構カッコよかった」
右手を広げる。
「ほー…本当なの?実は姉貴からもう聞いてたんだけどね」
狐芙が言う。
「姉貴が?!」
「うそだよ。バーカ。えへへ」
狐芙が笑う。
「もう絶対信じない。そうだ、朝飯は食ったか?」
「え〜?おごってくれるの?途中でパンはちょっと食べたけど、奢るって言うならもう少し食べてもいいかな〜」
「じゃあ行こう」
「やった!」
狐芙が叫ぶ。
---
食堂に入る。
「肉粥を一つ、お願いします」
「私も同じので!」
席に座る。
しばらくして粥が運ばれてくる。
「私、あんまりお粥って飲まないんだよね」
狐芙が粥を見て言う。
「これ、すごく美味いんだよ」
茶碗の中を見ながら言う。米と豚肉、その上に卵の黄身、桜えび、キクラゲ、それに何粒かのエンドウ豆が浮かんでいる。
「あ〜、エンドウ豆は嫌いなんだよね」
「はあ、偏食かよ〜」
「食感が変だから」
そう言ってスプーンですくってフーフー吹き、口に入れる。
「あ〜」
背もたれに寄りかかる。
狐芙もスプーンですくってフーフー吹き、口に入れる。
「こんなお粥もここで売ってたんだね。麦粥ばかりかと思ってたけど、これもすごく美味しい。」
しばらくして。
「普段の朝はパンを食べてギルドに行くだけだけど、たまには良いものを食べるのもいいな」
そう言うと、狐芙が茶碗を手に取り、がっと大口を食べてから置く。
「は〜」
大きく息を吐く。
「体がポカポカしてきた〜。後で食べ終わった方がバカね、えへへ」
「食べ終わってから言うなよ!」
言いながら茶碗を上げ、残りを全部平らげる。
「じゃあ、あんたもバカだね〜えへへ。今度はパンを入れてみない?美味しいかもしれないよ?」
「うーん…お粥に合う漬物とかあった気がするけど?」
「じゃあ今度一緒に試してみよう!」
代金は八枚の銅貨。俺が払う。
「あ〜戻るか」
「もう戻るの?」
「午後は多分、姉貴と訓練だし」
「そっか、じゃあ私も行く!」
「ダメだ!お前は来るな〜」
「ふん、あんたの拒否権はないよ。どうせ姉貴もOKしてるし!」
「姉貴は絶対に俺の言うことを聞くぞ。追い出してもらうからな」
「じゃあこっちから姉貴に頼んで、あんたを追い出してもらうから!」
「姉貴は俺の訓練のために来るんだぞ!俺を追い出したら、誰を訓練すんだよ!」
「知らない。姉貴は絶対に私の言うことを聞くもん。ふんふん。だから、もう帰るの?」
彼女は顎を上げて腕を組む。
「うん。帰って姉貴が来るのを待つ」
「うーん…どうせ帰っても暇でしょ。ちょっと一緒に外を歩かない?しばらく会ってなかったんだし…帰っても他にやることないし…」
狐芙が顔をそらし、うつむく。
「たった二日会ってなかっただけだろ?いいけど…まあ、他にやることもないし」
「本当?!」
彼女の耳がピンと立ち、尻尾も激しく振れる。
「本当だよ。他にすることもないし」
「こっち!」
狐芙がぴょんぴょん跳ねながら走り出し、逆さに歩きながら叫ぶ。「早くしてよ!」そして走り去る。
「どこに行くんだよ!」
叫びながら後を追う。
---
大通りから西へ走る。しばらくして狐芙がスピードを落とし、歩き出す。息を切らしている。
「はあ…はあ…で、どこに行くんだ?」
「内緒!着いてからのお楽しみ!」
彼女も息を切らして答える。
「まさか俺を売って金にしようとか?」
狐芙がしばし考えて言う。「ふんふん、あんたを売ったら一生働かなくて済むね!ああ、最高!」
「もうそんなにブラックなのかよ」
「着けば分かるって〜。もう少し歩くよ!」
「分かった」
うなずいて、彼女の後を追い続ける。
しばらく歩いて、路地に入り、ある店の前に着く。
「こんな人目のつかないところに、何の店だ?」
「入ってみれば分かるって!」
店の入り口に立ち、「早く入ってよ!」と言う。
「分かった、分かった」
店に入ると、狐芙がカウンターの前に立つ。
「遅すぎだよ!」
彼女が俺を指さす。
「おや、小狐芙、友達を連れてきたの?」
老婆が言う。
「うん!二人で20銅貨ね!」
「小狐芙が友達を連れてくるなんて初めてだね、しかも男の子」
「それは関係ないでしょ!わ、私たちはただの友達だから!」
狐芙がカウンターに手をついて言う。
「こんにちは」
「こんにちは。お名前は?」
「あ…陌鋒でいいです」
右手を広げる。
「珍しい名前だね〜」
「もういいってば!」
狐芙が20銅貨をカウンターに置き、俺の手を引いて中へ進む。
「小狐芙〜!初めてのお客さんは無料だよ!」
老婆が大きな声で言う。
「いいの!おばあちゃん!」
狐芙が慌てて返す。
---
中に入り、あたりを見回す。
「わあ…」
左手の壁には三つの的にが並んでいる。その隣には地面に固定された柱のようなものがある。正面の壁際には椅子が並んでいる。右手の左寄りには二階へ上がる階段があり、右寄りには柵で囲まれたエリアがある。
「へえ、町にこんな遊び場があったんだ。全然知らなかった」
驚いて言う。
「ふんふん、私の直感で見つけたんだよ!」
「わあ、すごい!」
「ふんふん〜」
彼女は腰に手を当てて顎を上げる。
「どうやって見つけたんだ?」
笑いながら尋ねる。
「それは秘密〜。そう簡単に教えられないの〜」
「ああ、それは残念」
「ふんふん、それに、教えたってあんた魔力使えないでしょ!」
「あ…そうだな」
「えへへ〜、冗談はさておき!こっち!」
狐芙が壁の標的のところへ歩いていく。
俺もついて行く。「これ何だ?」
「えへへ」
彼女が床に置いてある箱を手に取り、俺に渡す。受け取る。彼女はもう一つの箱を取り、自分の左に置く。箱から5本のダーツを取り出す。俺も箱を足元に置き、5本取り出す。
狐芙が標的を指さす。
「これに投げるんだ。見える?輪っかが。一番外側が1点、次が2点、真ん中が3点!」
「ほー、詳しいんだな」
「ふんふん、当然でしょ!さあ、勝負よ。一人10回までね!」
「ふんふん、思い知らせてやる!」
「ほー、自信満々じゃん。負けても泣かないでよ〜」
「ふん…男は負けを認めないものだ」
そう言って前方を見つめ、一本目を投げる。的中は中心の隣の2点エリア、やや下。
「ほー、本当の実力ってやつを見せてくれないの?」
彼女も一本投げる。的中は真ん中の3点。
「あ〜…危なかった」
胸を撫で下ろす。
「運が良かっただけだ。次こそど真ん中!」
狙いを上げて力を込めて二本目を投げる。
「ああ〜!2点すら入らないなんて!」
ダーツは1点エリアの中心に刺さる。
「1点の中心も的中って言うのかな〜?ふんふん、見てて!」
彼女が投げると、3点エリアに命中。惜しくも2点エリアに近いが。
「わあ!3点!これで6点!ふんふん、お前の負けだ!」
彼女が笑う。
「運が良すぎる!今度こそ…今度こそ本当の実力を見せてやる!」
思い切り投げる。的中は真ん中の3点。
「わあ!」
両手を上げて喜ぶ。
「見たか!ど真ん中!3点!これが俺の本当の実力だ!」
「ふんふんふん、まだまだ負けてないよ」
彼女が投げると、今度は中心から左下に少し外れ、2点エリアに入る。
「あ〜…惜しい」
「ふんふん、見せてやる…」
続けて投げるが、今度はダーツが的に当たらず、隣の壁に刺さる。
「はははは!何やってんの!バカ!なんで壁に刺さるのよ!」
彼女が笑う。
「な、何笑ってんだ!失敗だ!これは失敗!本当の実力なら全部ど真ん中に当てられる!」
「ははは!じゃあなんで今回は外れたの?」
「だから失敗だって!全部ど真ん中は無理だけど…全部的に当てるくらいはできる!」
「ほーほー、じゃあなんで今回は的に当たらなかったの?」
「だから失敗だって言ってるだろ!」
そうこうしてゲーム終了。俺の得点は3点が2回、2点が5回、1点が2回…それと1回外れ。狐芙は3点が6回、2点が3回、1点が1回
「あ〜、惜敗!」
「ははは!惜敗?7点差で惜敗?」
「うーん…」
顔をそらす。
「た、たかが7点じゃん!もちろん惜敗だよ!次は絶対俺が勝つ!」
「ほーほー、じゃあもう一勝負しよう!今度こそ完膚なきまでに叩きのめしてやる!」
「いいぜ!受けて立つ!」
結果:俺は3点が4回、2点が5回、1点が1回。狐芙は3点が7回、2点が3回。
「今度は認める?」
「あ、あ…ただの惜敗だよ…次は…次は絶対勝つ」
「ほーほー、本当に負けず嫌いだね。じゃあ次は満点の30点を取ってみせてよ」
「そんなのできるのか?」
「できるはずでしょ?もう7回も当てたんだしね。えへへ」
「お前もできるか分かってなかったのかよ?!」
「えへへ、勢いって大事じゃん。さあさあ、次はこれ!」
彼女が隣の柱のところへ歩いていく。
「何だこれ?」
「地面の箱から蹄鉄を出して、あの柱に向かって投げるんだ。ちょうど柱に掛かると2点、柱の周りの輪の中だと1点。ちょっと下がろうか」
彼女は低い手すりをまたいで後ろに下がる。俺は蹄鉄の入った箱を持って後を追い、二人の間に置く。
「よし、今こそ俺の腕の見せ所だ!」
肩を動かし、蹄鉄を手に取る。
「ほーほー、一個も入らないって賭けてもいいよ。そうそう、5回までね。最後に点数多い方が勝ち」
「蹄鉄を投げる時はこう持つの?」
蹄鉄の角を握って振りかぶろうとする。
「ふんふん、違うよ。そんな持ち方するとブーメランのように戻ってくるかもよ?」
「え?本当にブーメランみたいに戻ってくるのか?」
手の中の蹄鉄を見る。
「バカね!例えだよ!それに戻ってきたら自分に当たっちゃうでしょ?こうやって持つの」
彼女がやって見せる。俺は蹄鉄の先端に置いていた手を真ん中にずらす。
「こうやって投げるの。振り回すんじゃないよ!」
「おお〜そういうことか。分かった!」
方向を定めて数回予備動作し、投げる。結果は輪から二歩ほど離れた場所に落ちる。
「なんで入らないんだよ」
「お前こそ入らないじゃん。勝つって言ってたのに。ふんふん、見てて!」
彼女が数回予備動作して投げると、俺のより一歩半ほど遠くに落ちる。
「お前も入ってないじゃん!」
笑いながら言う。
「わ、私は慣れてないだけ!今までこんな遠くから投げたことないもん!」
「ほーほー、言い訳はいいから。見てろ!今度こそ入れる!」
予備動作して投げると、輪の端に触れるかどうかのところに落ちる。
「わあ…惜しい!」
「バカね」
彼女が投げると、蹄鉄が柱に命中。
「やった!2点!ふんふん〜」
腰に手を当てて俺を見る。
「わあ、すごい!俺の番!奇跡が起きろ!入れ!」
力を込めて投げると、蹄鉄は壁にガーンと当たり、パタっと落ちる。
「ぷっ…奇跡は起きたね。こっちの方だけどね。これであんたはもう絶対に勝てないね〜」
「ああ!もっと力を入れたら入ると思ったのに!」
「ふんふん、見てて!また2点取るよ!」
彼女が投げると、柱の右よりかなり外れた場所に落ちる。
「わあ〜惜しい。でもふんふん〜3点だよ〜」
手で3の数字を作る。
「ああ〜、今度こそ!今度こそ絶対入れる!」
投げると、輪の中の端の方に落ちる。
「入った!わあ!」
歓声を上げる。
「ほーほー、やるじゃん。でも私には勝てないよ」
彼女が投げると、柱の真ん前少し手前に落ちる。
「惜しい!もう少し力を入れたらよかったのに!」
手を掲げて4の数字を俺に見せる。
「ふん、ちゃんと練習すれば百発百中にしてやる!」
最後の蹄鉄を投げるが、柱の半歩手前に落ちる。
「うわあ、入らなかった!」
「ふんふん」
彼女も最後の蹄鉄を投げる。カチッと柱の縁に当たってはじかれ、輪の端に落ちる。
「ふんふん、勝ったよ!」
手のひらを広げて5の数字を見せる。
「5点だよ〜えへへ!」
「はあ!次来たら絶対勝つ。初めてだから慣れなかっただけだ!」
「ふんふん、じゃあ次負けたらどうする?」
「次?ありえない。負けたら一生飯おごる!」
「ほーほー、じゃあ私は絶対負けられないね!次は手加減なしで叩きのめしてやる!」
「次こそ本当の実力ってやつを見せてやる!」
投げた蹄鉄を拾って箱に戻し、柵で囲まれたエリアへ向かう。
---
「ここは何だ?なんで柵があるんだ?」
柵に寄りかかって言う。
「えへへ、これやってみたかったんだ!ちょっと待ってね!」
狐芙が階段の右側の隅に行き、何かを拾って戻ってくる。それを俺に差し出す。
「あ…これ、革鎧か?」
受け取って地面に置く。彼女はまた隅に走って木の棒を持ってくる。
「中に入って!」
顔を上げると、狐芙はもう革鎧を着て木の棒を持ち、向かいに立っている。
柵の中で彼女が棒を二回振る。
俺も革鎧と棒を持って柵の下をくぐり、中に入る。
向かいに立つ。狐芙が革鎧を着る。上半身と肩だけを覆うものだ。
「ちょっと大きくない?」
彼女は自分を見下ろし、それから顔を上げる。
「先に相手に当てた方が勝ち。顔はダメだよ」
「分かった」
うなずいて革鎧を着て、棒を手に取る。
「他の人は片手で持ってるのを見たことあるけど、私たちは好きに持っていいよ。それに、みんな突きでやってるけど、私たちは適当にやろう」
狐芙が言う。
「とにかく、お前に触れれば俺の勝ちだな!」
両手で棒を構える。
「ふんふん、私はすごいんだからね!始め!」
掛け声とともに、棒を振るって狐芙の棒に当てる。風を切って「ダッ」という音。
彼女も力を込めて対抗する。
力を抜き、左手を離して右手で前に突く。
「わあ〜」
彼女が右に避け、すぐに右手で棒を突いてくる。
後ろに二歩下がり、「ダッ」と音を立てて棒を振って彼女の棒を弾き、素早く手を伸ばして突く。彼女は後ろに避けるが、棒はしっかりと彼女の胸に当たり、数歩後退させる。
「あだっ…」
胸を見下ろす。
「あ…悪い」
少し左手を上げて近づく。
彼女は革鎧を脱ぎ、胸に手を当てる。
「大丈夫か?」
「あんた、力入れすぎだよ!」
彼女は腰に手を当てる。
俺も革鎧を脱いで地面に置き、頭をかく。
「大丈夫だよ。もっと楽しいかと思ったのに…全然面白くなかった」
彼女は腰に手を当てたまま続ける。
---
革鎧と木の棒を元の場所に戻す。
「こっち!」
狐芙が俺の手を引いて階段を上がる。
「ここでちょっと待ってて!」
彼女は小走りで階下へ行く。
窓際の長椅子に座って待つ。しばらくして狐芙が小走りで戻ってくる。
「ジャジャン!」
彼女がパンを一つ差し出す。
「何だ?」
受け取りながら言う。
「ミートソースの混ぜそば!ちょっと持ってて」
自分の分も俺に預ける。
「お〜」
受け取ると、彼女は部屋の右隅にある大きな箱に向かい、中から木の板を取り出して地面に置く。さらに小さな四角いものも取り出して、小走りで戻ってくる。
「これ何だ?」
首をかしげて尋ねる。
「ふんふん」
狐芙が木の板を俺の隣の席に置く。板には格子が描かれ、スタートからぐるぐると中央まで続いている。さらに大小二つの木彫りの人形を取り出す。
「これがあんたで、これが私」
大きい方を俺に見せてから、両方の駒をスタート地点に置く。
「先にゴールした方が勝ち!」
「お〜」
手に持ったパンを彼女に返す。彼女はポケットから二本のフォークを取り出し、一本を俺に渡す。
「お〜」
フォークをパンの中に入れる。
彼女はもう一つの小さな四角いものを取り出す。それには小さな丸い点が描かれている。
板の反対側に彼女は脚を揃えて座り、パンを膝に置く。両手でサイコロを振り、そっと机に落とす。
「はっ!」
小声で叫ぶ。サイコロが盤上で転がり、止まる。出目は3。
「3歩!」
駒を一つずつ進める。
「あんたの番」
サイコロを渡す。受け取り、彼女はパンを食べ始める。
俺もパンを膝に置き、サイコロを振って軽く落とす。
「へっ!」
サイコロが盤上で弾み、転がって止まる。出目は5。
「5歩!」
駒を一つずつ進める。
「わあ…運いいね。私の番!」
彼女が同じ動作を繰り返す。窓から差し込む陽の光が二人を照らす。
俺はパンを手に取り、彼女の方を見る。陽の光が彼女の顔に当たり、耳が時々ピクピク動き、口元がほころんでいる。
彼女のサイコロが盤に落ちる。俺は彼女を見つめる。彼女も顔を上げる。目が合う。数秒後、俺はうつむく。
「コホン…俺の番だな?」
慌ててサイコロを手に取ろうとする。
「え?そ、その…わ、私、まだ動いてないよ!」
彼女も慌てて言う。
「あ…うん」
サイコロを彼女に差し出す。もう彼女の顔は見ずに、パンと混ぜそばを食べ、盤を見つめる。
彼女がサイコロを受け取る。深くうつむく。
一局が終わる。俺はゴールの二マス手前、狐芙はゴールにいる。最後まで誰も話さない。狐芙はうつむいたまま、時々パンをかじる。食べるのがとても遅い。
俺はパンとそばを素早く食べ終え、じっと座って彼女が話し出すのを待つ。彼女の尻尾が微かに揺れ、耳も時々ピクピク動く。
「あ…あんたの勝ちだな…」
前を見ながら言う。
「あ…うん…ただの運だよ」
彼女の耳がピンと立ち、尻尾も激しく揺れる。
前を見て、何と言っていいか分からない。
---
「よっ、もう遊び終わったのか?どこにいるか探したぜ」
ディシアが階段のところから歩いてくる。
「狐芙、顔が真っ赤だぞ。どうした?」
彼女は顎を揉み、そこで立ち止まる。
「あ〜…急に腹が減った。まだ昼飯食ってないんだ。陌鋒、飯食ったらまた来るからな!」
彼女は手を振って、くるりと背を向けようとする。
「暑いだけです!ディシアさん、バカ!」
狐芙が慌てて言う。
「そうか。じゃあアイスキャンディーでも買ってきてやる」
ディシアが階段の方へ向かう。
「ち、違うんだってば!」
狐芙は残ったパンを急いで食べ終え、ディシアの後を追いかける。
「と、とにかく訓練に行こう!早く!」
彼女は慌て続ける。
狐芙がディシアの方へ走っていくのを見て、俺も立ち上がってディシアの方へ走り出した。数歩走って立ち止まり、振り返って椅子の上の盤を見、さらに隅の箱も見た。それからすぐにディシアの方へ走っていった。
「いいのか?俺、結構腹減ってるんだけど」
ディシアが言う。
「いいから!早く!」
彼女は叫び続ける。
ディシアが頭をかく。
---
歩き始める。村の外の大きな木に向かう。村を出る。
「おっと」
前に石につまずき、よろける。
「大丈夫?」
狐芙が尋ねる。
「石に足取られた…平気」
そのまま進む。大きな木の前に着く。
ディシアが顎に手を当てて考える。
「とりあえずバランス訓練からだ。基礎が大事。後でもっと難しいのをやるからな」
「OK」
「俺もやる!」
狐芙がやっと口を開く。
「お前もか?」
「何か問題でも?」
彼女が立ち上がって近づく。
「別にいいけど」
「よし、始めよう」
ディシアが言う。
「おう!」
返事をして、片足で立ち、両手を伸ばす。
狐芙が俺を見て、同じように片足立ちをする。
すぐに狐芙がぐらつき始め、揺れが大きくなる。
「う、うわっ!」
バランスを取ろうと足を下ろすが、俺の手に当たる。
「わっ!」
当たられて俺もバランスを崩し、足を下ろす。
「難しいね。片足立ちって簡単かと思ったのに。あんたはこんなに楽にやってるのに」
「ふんふんふん…これが訓練の成果だ!」
「ほーほー、じゃあなんでバランス崩したの?」
「お前が手に当たったからだろ」
「ほーほー、それじゃまだまだ未熟ってことじゃん!」
「ほー…言うのは簡単だな」
「ふんふん」
彼女は再び片足立ちを始める。ディシアは木に寄りかかって座っている。
俺も片足立ちを再開する。
狐芙はまだぐらつき、時々足を下ろす。
「俺はまだ一度もバランス崩してないぞ」
彼女が振り返り、何も言わずに俺を見つめる。ゆっくりと俺の後ろに回る。その時、俺の体も微かに揺れ始める。
「へっ!」
彼女が背中を軽く押す。
「うわあああ!」
手をばたつかせ、バランスを崩して飛び跳ねるが、必死に踏ん張って元の位置に戻る。
「わあ、これでも倒れないの?」
「何すんだよ!言っただろ、これが訓練の成果だ!」
「わあ〜それはすごいね。じゃあ、これは?」
彼女がわき腹をくすぐる。
「うわっ!」
あっけなくバランスを崩し、足を下ろす。
「何すんだよ!くすぐったい!」
ディシアが横でこっそり笑っている。
「えへへ、これで足を下ろしたね」
彼女が笑う。
「お前がくすぐったからだろ!」
「我慢すればいいじゃん」
「こ、こんなの我慢できるか!くすぐっちゃダメだ!」
「あんたがくすぐったいのが悪いんだよ」
睨み合う。彼女もまばたきする。
「ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ」
俺が彼女のわき腹をくすぐる。
「わはははは!わ、分かったから!」
「ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ!」
「ははは!分かったって!もうくすぐらないから!」
彼女は後退しながら手で止めようとする。
「ふん!これで俺のすごさが分かったか!」
「ずるいよ〜くすぐるなんて」
「はっはっはっはっ!」
腰に手を当てて顎を上げて笑う。
---
しばらくして。
「陌鋒、目を閉じてもバランス保てるか試してみろ」
ディシアが木に寄りかかったまま言う。
「目を閉じる?いいぞ、やってみる」
目を閉じるとすぐにぐらつき始める。狐芙が隣で片足立ちをしている。
しばらくバランスを崩して足を下ろす。
「目を閉じるの難しいな?」
また目を閉じて片足立ちをするが、やはりぐらぐらする。
狐芙がバランスを崩して足を下ろし、ゆっくりと後ろに回る。
「何する気だ?」
「え?」
彼女は少し間を置いて言う。「ただ見てるだけだよ。目を閉じるのってそんなに難しいの?」
「すごく難しいんだ。目を閉じるとすぐ揺れる」
「ほーほー」
彼女がわき腹をつつく。
「わあ!」
勢いよく目を開け、体が右後ろに倒れる。振り返ると、狐芙がこちらを見ている。口を開けて俺が倒れてくるのを見ている。
「うわあ〜」
彼女も叫ぶ。
どさっ、どさっ、と二つの音が続く。
ぼんやりと地面に寝転がり、右を向く。狐芙もこちらを向いている。二人とも何が起きたか分からず、しばらくして我に返る。
「バカ!なんで後ろに倒れるのよ!」
彼女が言う。
「お前がつつくからだろ!」
「あああ〜、痛かった…」
狐芙が笑いながら寝転がる。
「ああ…」
上半身を起こすと、ディシアが前に立っている。両手を腰に当ててこちらを見ている。
「無事ならそれでいい。さあ、起きろ」
手を差し出して引っ張り起こす。
立ち上がり、服の埃をはたく。狐芙の方を見る。
「まだ起きないのか?」
彼女が手を差し出す。「引っ張って〜」
「おう」
手を取って引っ張り起こす。
「ちょっと休め」
ディシアが元の場所に座り直す。
「おう!」
返事をしてディシアの隣の木に寄りかかる。
狐芙も服の埃をはたき、ディシアの反対側に座る。
しばらく雑談する。時間が過ぎる。
「二人とも帰るか?」
「あ…姉貴は帰るのか?」
狐芙がディシアを見る。
「お前たち先に帰っていいぞ。俺はまだやることがあるから」
「あ…じゃあ帰るか?」
「うあ〜…いいよ」
狐芙が欠伸をする。
「眠いのか?」
「あ…昨日ちょっと寝不足で…馬車に乗ってたから」
目をこする。
「じゃあ、先に帰るね」
ディシアに言って、村の方へ歩き出す。狐芙もゆっくり立ち上がって歩き始める。俺は速度を落として彼女を待つ。
しばらく歩く。
「うわっ!」
後ろでどさっと音がする。振り返ると、彼女が転んでいる。
「大丈夫!」
近づき、手を伸ばすが触れられない。
「あ…痛い…」
彼女はうつ伏せで言う。
「大丈夫か!」
遠くからディシアが走ってくる。
狐芙は体を起こして座り、膝や腕に傷がないか確かめる。
ディシアが駆け寄り、一緒に確認する。
「痛い…」
彼女は座ったまま言う。俺はまばたきして彼女を見る。
「擦りむいたところはない…」
彼女は続けて言い、顔を上げて俺を見てまばたきし、手を差し出す。
「あ…ああ」
手を取って引っ張り起こす。
「あ…痛…足、くじいたみたい…」
彼女は俺の肩を掴んでうつむく。
「歩けるか?」
ディシアが尋ねる。
「地面に足をつけると痛い…」
彼女はうつむく。
「おぶってくよ?」
「え?」
彼女の耳がピンと立ち、尻尾も突然振れる。
「あ…うん…そ、それ…いいの?」
「いいよ。歩けないんだろ」
「うん…うん…よ、よろしく…」
彼女はうつむき加減に言う。
ディシアが俺を見て、狐芙を支える。
俺はしゃがんで背中を貸す。
狐芙が慎重に背中に乗る。立ち上がり、脚を抱える。
「大丈夫?まだ痛い?」
「だ、大丈夫…」
狐芙が言う。
「じゃあ姉貴、先に帰るね」
「行け。ゆっくりな、足元に気をつけろ」
ディシアが言う。
---
背負った狐芙は手を肩に置く。
ゆっくり歩く。
「気持ち悪くないか?」
「ううん…大丈夫」
「それならいいけど」
「あ、あの…重くない?」
「え?平気だよ」
彼女はしばらく黙ってから言う。
「平気っていうことは、重いけど我慢できるってことね!」
そして肩を軽くつねる。
「あだっ!違う!そういう意味じゃ…」
言いかけると、彼女は腕を首に回し、体全体を密着させ、頭を肩に預ける。
「この方が…楽だから…」
小声で説明する。
「そうか。てっきりつねるのかと思った」
またしばらく歩く。
狐芙は返事をしない。そっと顔を向けると、彼女の鼻息が肩に落ちている。眠っている。
体を少し低くして歩き続ける。
---
しばらく歩いて狐芙の家の前に着く。柵の門にかかったフックを外し、門を押し開け、玄関の前に立つ。狐芙をそっと地面に下ろす。
「悪い」
小声で言い、彼女の左ポケットを叩き、鍵を取り出す。鍵を開け、錠を脇に置き、狐芙を抱き上げて中に入る。正面にソファがある。そっと彼女をソファに寝かせる。
軽く息を吐き、見回す。ソファの右側に小さなテーブルがあり、毛布が置いてある。毛布を狐芙にかける。外に出て、門のフックを掛ける。
食堂へ向かう。
---
カウンターに立ち、店員に言う。
「クロエさん、ご飯と鳥肉の煮込みを一つください。それと…持ち帰りにできますか?」
「もちろんいいよ、陌鋒坊や。お椀は持ってきてる?」
「自分で持ってこなきゃいけないんですか?」
「持ってこなくてもいいけど、なかったら容器代がかかるよ」
「あ…じゃあお願いします」
「はい。お椀二つで4銅貨。鳥肉はもともと6銅貨だけど、持ち帰りだと量が少なくなるから4銅貨。ご飯はそのまま。合わせて10銅貨ね」
「はい」
ポケットから10銅貨を出して渡し、席に座って待つ。
しばらくしてクロエが袋を持ってくる。受け取って食堂を出る。
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狐芙の家に戻り、袋を小さなテーブルに置く。俺が出かけている間に狐芙は体を回転させて横向きに寝ている。まばたきして彼女を見てから外に出て、そっとドアを閉める。
帰り道、空を見上げる。太陽が真っ赤で、空も赤く染まっている。陽の光が体に降り注ぐ。まばたきする。家に帰り、パンを何口か食べてベッドに横たわる。今日あったことを思い出しながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。




