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ep82 マ・メゾン


◇◇


真冬のアーシュレイ侯爵領地で、オリビア・アーシュレイ侯爵令嬢が、長閑に三日ぶりとなるデジレと会い、そして久しぶりにローランとジェロームとの旧交を温めていた一方。


アーシュレイ侯爵は、枢密院長のクレマチア公爵と少し頼りなげな宰相のポーセリア小公爵とフローラル王城の敷地内に在る離宮へと馬車で訪れていた。





冬木立になったブナ林の中にある隠されたような離宮は、ツゲの四角い生垣に囲まれ、宮殿と云うより片田舎の農家のような佇まいだ。


クレマチア公爵から聞いた此の離宮〔マ・メゾン〕のいわれをアーシュレイ侯爵は思い出していた。



フルーブ1世は新たな国創りの目途を立つと、生家であるパルスの領地に戻った。 その時既に御子が居たフルーブ1世は、家族と住む城を建てるため、見晴らしの良い高台の開けた山を平らに造成させていた。 すると造成していた北西の場所から温泉が湧き出したのだ。 そこでフルーブ1世はロマン帝国風の広い浴場を作らせた。 そして緑豊かな高台の一角にある美しいブナ林を残し、温泉から湯を引き家族で寛ぐ為の田舎家を作らせたのだ。


造成中に取れた石や木々を使い、パルスの町で煉瓦を作らせ、豪奢な大理石で作った王城とは違うぬくもりのある木々とパルスの土の香りのする屋敷を作った。


それからフルーブ1世はカナーン国王たちを倒し、見事フローラル王国を建国した。ロベリア教皇の力を大いに借りて。


そして家族でアットホームな離宮暮らしを、、、、、。と考えて居たのだが、フルーブ1世に離宮暮らしをする暇などは多忙過ぎて与えられなかった。 フルーブ1世は、プチプチと地方や他国から湧き出して来る反フルーブ1世派たちのクーデターを押さえつつ、新たな国創りに邁進し、その合間に親族を増やすための子作りに明け暮れた。


気が付けばフルーブ1世は、臨終少し前だった。


其処にフルーブ1世が呼んだのは、本来フルーブ家を継ぐはずだった亡くなった兄の老いた息子と孫息子。彼らに此の離宮〔マ・メゾン〕を託して、齢80歳でフルーブ1世は大往生したのだった。



此の離宮は、王城敷地内に或るモノの王の居城シャトー・ロワイヤルや政治の場とした宮殿パレ・ロワイヤルなどから隠されたように或った為、クレマチア公爵家の者が保守点検する以外に、殆ど人は訪れなかった。


それが〔マ・メゾン〕(我が家)と、呼んだフルーブ1世の離宮だった。



そして時が下り、曾孫のフルーブ4世が新たな愛妾と暮らし始めたのが、此の〔マ・メゾン〕なのだ。



枢密院長のクレマチア公爵と、アーシュレイ侯爵を含めたコトの次第を知る4人の枢密院の者たちは、フルーブ4世を前にして、額を寄せ合ってウンウンと唸り話し合った。

しかし宥めても賺してもフルーブ4世は、年の若過ぎる愛妾マノンと別れる気は無いと云う。 果てはマノンと別れさせるなら息子である第一王子レオナルド(12歳)に譲位して、隠居すると言う始末だった。



クレマチア公爵とアーシュレイ侯爵は互いに目を会わせて、力無く溜息を吐くしかなかった。





本来であれば、主君で或るカナーン国王たちを弑したフルーブ1世たちが新たな国を興すなど周辺国は認めなかった筈だ。これ幸いと領土を広げる好機として捉え、逆にフルーブ1世たちを反逆者として打ち取りにカナーン国王へと侵攻して来たことだろう。特にオベリスク帝国から独立したプロメシア王国などは。 


しかしカナーン国王一族を粛清した後、フルーブ1世はセクティウス大聖堂へと向かった。


そこでユリウス教会のロベリア教皇は、ロイス・フルーブにソラリス神の名の下で〔ロワ(王)〕の称号を授け、フローラル王国を正式に認め、祝福を与えた。


フルーブ1世は、詳細な事情は一緒に戦っていた者たちに聞かされなかったが、ロベリア教皇とユリウス教会の上層部と以前から話しをつけて居たそうだ。と、クレマチア公爵とアーシュレイ侯爵に語った。





フローラル王国の国教と云うだけでなく、それ程にフルーブ王家に恩義の或るユリウス教の教義に反しているフルーブ4世の行動は、アーシュレイ侯爵にとって正気の沙汰と思えなかった。


暖炉の焚かれた離宮の風変わりな一室で、クッションに囲まれた脚の低い寝椅子にだらしなく寝転がるフルーブ4世と、向かい合って絨毯の上で足を崩して座るクレマチア公爵に、それを真似て成れない様子で絨毯に腰を下ろしたアーシュレイ侯爵が居た。


見慣れないローテーブル(座卓)の上には、ブランデーの入ったクリスタルガラスのデキャンタやブランデーグラスが置かれていた。




「それで陛下。 彼女が10歳だと知る人間は?」


金色の眉根を寄せ、探るような目でクレマチア公爵は、フルーブ4世に問いかけた。


「ああ、マノンの父親ゲイルと彼女を紹介して呉れたモリス・ラーレン卿の2人だけだ。余もそこまで愚かでは無いからな。」

「はぁ、十分に愚かだと思いますがね。私には。」


クレマチア公爵は、眉間を親指と人差し指でつまみ軽く揉むと、呆れたように目尻を下げ、グラスの酒を煽った。

そしてクレマチア公爵は、此処二ヶ月繰り返して居る小言を四十前のフルーブ4世へと滾々と言い聞かせ始めた。



ユリウス教の禁忌は祝福(魔法)によって人を傷付けてはいけない。そして祝福(魔法)で人を殺すのは最大の禁忌だ。 またソラリス神の創りし形を祝福に因り崩しては成らない。

ユリウス教会から一発で破門に成り、死を齎される祝福に関しての禁忌をフルーブ4世が犯すとは、アーシュレイ侯爵やクレマチア公爵、宰相のポーセリア小公爵も考えて居ない。


だがしかし誓約などの禁忌以外で、ユリウス教徒に課され禁止されている事は山ほどある。

そして枢密院で問題とされているのは、婚姻条項の中の1つ。

〔婚姻誓約を結べない12歳未満の未成年との性交を禁ず。〕

と、いうモノに当たる。


婚姻は、ソラリス神の導きにより選ばれし一対の魂の器が結ばれ、子を成すために行われるモノだと聖書に記されている。その為ユリウス教では、婚姻誓約を結ばずに、子を成すことを禁じている。

そしてソラリス神の下で婚姻誓約を為せる年齢は13歳以上で或る。

しかし12歳以下であっても懐妊してしまうことが儘或る(ままある)ために12歳未満の未成年と性交は禁じられているので或る。

万が一教会法違反が、ユリウス教上層部に知られ、フルーブ4世が破門されて仕舞ったら、、、そう考えると胃の悪さで吐き気を催す枢密院の面々だった。



幾ら先王のフルーブ3世から、王太子はレオナルド殿下だと既に決められていても、未だ12歳の少年なのだ。イザとなれば、摂政を置いてレオナルド殿下を国王にする手もあるが、出来ることなら近隣諸国との関係上、穏やかに王位継承を行いたいのだ。

ただでさえ前カナーン王国の国王一族を根絶やしにしたことで、西方諸国からは白眼視されているフローラル王国なのだ。それはフローラル王国が建国して85年経った今でも同じだった。


実の所、東西に分裂した東方にある帝国の国々でさえ、ロマン帝国の皇族の血が受け継がれていることに成って居るのだ。(未だ血脈が続いているかどうか定かでは無いが。)

このアトラス大陸では、新たな国が興り、その時に国王は弑しても、王女や親族は生かし、婚姻して血の正統性を示していた。

フルーブ1世のようにカナーン王家の者全てを殺してしまうのは、記録の残っている中で初めてのことだったのだ。


その為フルーブ1世は、〔殺戮の王〕または〔異端の王〕と、諸外国から恐れられても居たのだ。お陰で同盟国は、北西の隣国ラダリア王国しかない。ラダリア王国はラダリア8世が、フローラル王国の建国前から協力してくれていたそうだ。

外交交渉で小国になる公国等とは、友好条約の一環で婚姻を結ぶが、血の信頼が薄いせいか帝国や他の王国と同盟関係に至っていない。

西方アトラス大陸に於いて、国土や人口は帝国に次いで2番目の大国なので、今の所侵略される危険性はないが、かといって国内を不安定にする訳にも行かない。


ユリウス教会から国王のフルーブ4世が破門でもされた日には、北のプロメシア王国・北東のオベリスク帝国・南のエスパニア帝国が、下手な合意をして手を組み、フローラル王国に干渉して来るだろう。


又フルーブ4世が破門に成れば信仰心の篤い地方領主や領民、騎士などの武官が王家に従わなくなることもある。


そのようなことを防ぐため教会側にバレなくする為、フルーブ4世と愛妾マノンが過ごせるように、愛の巣として離宮〔マ・メゾン〕をクレマチア公爵が整えていたのだ。


(クレマチア公爵はフルーブ1世が家族と過ごしたかった離宮〔マ・メゾン〕の合理的な活用をしている、と言って良いのだろう、恐らく。)


そんなことを考えてアーシュレイ侯爵は、クレマチア公爵に倣って絨毯の上で足を組み、ちびりちびりとブランデーを飲みつつ、二人がボソボソと呟き合っている居るのを聴いていた。




「どうせ父上は、余では無くレオナルドに後を任せる心算で、色々とモルガン(クレマチア公爵)に託していったのだろう? それを早めても余は一向に構わぬ。」

「そういう訳に行かないと何度も申しておるのに。 ですから此の離宮の存在を陛下に教え、マノンと暮らせるように私が整えたのです。 なので陛下は王居シャトー・ロワイヤルにマノンを住まわせる事は諦めて下さい。いいですね?」

「だからモルガンたちが、マノンに適当な役職を与え、余の傍に居ても不自然でないようにすれば良いではないか。 特に来月から春の社交シーズンが始まり、余の公務が増える。 毎回王居の裏門から馬で四半刻も駆けて此処まで来る時間が勿体ないだろ。」

居城シャトー・ロワイヤルの人目の多さは陛下もご存じでしょう。」



アーシュレイ侯爵は、フルーブ4世とクレマチア公爵との話がまた平行線に成ってきたため、話題の切り口を変えようと、先代のラクール宰相閣下の御息女パトリシア王妃殿下の名を挙げてみることにした。


父の前ラクール公爵と逝去されたフルーブ3世から命じられる侭に彼女は、16歳でフルーブ4世に輿入れした正妃で或る。

若いパトリシア王妃殿下に望まれたのは、スペアとして2人目の王子を産むことだった。




「わたしからも一言宜しいでしょうか?国王陛下。 此のコトをパトリシア王妃殿下にバレたら如何なさるのですか? 兄君のラクール公爵に知られでもしたら大変では無いですか。」

「ふっ。其処ら辺の話し合いは、既にパトリシアとついて居る。モルガンには話して居ったのだが、レイモンにも言って於いても良いだろう。 実はパトリシアから、第三王子を出産した折に『房事終了』を宣言されたのだ。 『宮廷で自分を蔑ろにしないのであれば幾ら愛妾を囲っても構わぬ』とな。」

「それですよ、陛下。」

「うん?」

「もしマノン嬢の存在が宮殿の噂雀たちの口の端に上れば、陛下だけでなくパトリシア王妃殿下の御立場も悪くなってしまいます。是非そうなさらない為にも此処はクレマチア公爵閣下のご助言に従って下さい。お願いします。(本当に)」

「、、、、そう言うものか?モルガン。」

「さようでございますよ、陛下。」

「ふむ、、、。」



女好きで軽く異性を扱うフルーブ4世だが、相手を貶めたい訳ではない。

王宮の社交の場で、どのような目でパトリシア王妃殿下が見られてしまうのかをクレマチア公爵とアーシュレイ侯爵から説明を受け、フルーブ4世は渋々離宮〔マ・メゾン〕でマノンと過ごすことを受け入れた。


如何やらフルーブ4世には、教会法違反のペナルティを延々と説明するより、パトリシア王妃殿下の立場を慮る話をした方が早かったようだ。


話し合いに終わりが見えてきた事を察したアーシュレイ侯爵は、二重窓の外に見える山吹色に染まった柘植の生垣に目をやり、領地に戻った孫娘のオリビアや孫息子のジルベールの素直な笑顔を脳裏に過らせた。


(早く私の〔マ・メゾン(我が家)〕に帰りたいものだ。)


そう思いつつ、アーシュレイ侯爵は冬曇りの王都の空を眺めていた。






◇◇




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