ep81 ヒロインの高貴な助っ人
◇◇
領主館西館から見える冬景色。
柊などの常緑樹を除く木々の葉が全て落葉し、休眠期の剥き出しになった褐色の枝々が、北東からの風に侘し気に揺れるモノトーンな庭園風景に、わたしの目が慣れた頃(デジレたちの休暇明け)、ローランはジェロームを連れて、アーシュレイ領の領主館へと戻って来た。
うーん?
ジェロームはラクール公爵家の子だし、ローランは聖ユリウス大聖堂が本拠地だし、コレって戻ってきたで良いのかしら?
まあ「「ただいまー」」って二人から挨拶されたから良いのだよね。
猫型精霊アルプもフヨフヨ飛んで行き2人をお出迎えしているし。 わたし以外にアーシュレイ家で懐くのは、ペルシャ猫型の精霊アルプが視えているローランとジェロームだけだものね。
如何やらジェロームは、未だ暫くローランから調きょ、、、いえ、教育を受けるそうだ。 時々、わたしには何方が教師なのか分からなくなることが或ったりなかったり。
◇
夕食は二階に在るプライベートなサロンで、ジルとわたしがローランとジェロームを招いて、セルジュたちやデジレたちと共に、皆で肉の旨味が染みだした煮込み料理に舌鼓を打ち、和気あいあいとした食事の時間を過ごした。
一週間ぶりにローランと一緒にテーブルを囲み、『困ったなあ。』と思ってしまった。
夕食の時にローランが居るのが、当たり前に思えてきたゾ。
王都の町屋敷で過ごす間に、わたしはすっかり夕食をサロンで、ジルたちやローランたちと食べる習慣が付いてしまっていた。
祖父や祖母などの大人たちは、やや冷える広い食堂でアルコールを嗜みながら、まったりと食事を頂いてたようですよ、母によれば。
マナー教師のクレール夫人は、初日だけ挨拶代わりに応接用のサロンで、皆で夕食を摂りましたが其の後は私室での食事へと、町屋敷の執事長であるクロードが差配していたようです。
わたしは気付かなかったのですけど、家令のセバスと祖母は、クレール夫人に対して何となく警戒感を持って居たみたい。 (、、、さすが年の功?)
デジレは夕食時、わたしに何か話したそうにしていたから、「後で寝室においで。」と伝えて置いた。
デジレは町屋敷の方が建物自体はコンパクトなのに、日が落ち暗くなってから独りで動くのは、バカでかい領主館の方が気楽に行き来しやすいと宣う。
薄暗い中で、余り知らない使用人と擦れ違うと、妙に緊張してしまうらしい。
「ほら、前世でサスペンスホラーのドラマみたいな感じ? 夜道で見ず知らずの人と擦れ違う時に似ていると云うか。」
「流石に突然にデジレを襲っては来ないよ? 一応はセバスとクロードが雇った人たちだし。」
と言って、町屋敷でデジレを冷やかして居たのを思い出していた時、デジレが続きの間の扉を開いて、わたしの寝室へと明るい笑みを浮かべて入ってきた。
室内の家具や調度品は、すっかり冬仕様に替えられていた。
オーク材のローテーブルに合わせた猫脚の寝椅子は、深いオリーブグリーン色したベルベットのクッション性のある張り地で、その色味に合わせたサロンチェアも置かれていた。
「うわっ、リビーの寝室が、大人っぽい部屋に成っなっている! 可愛い苺や花の張地は女の子らしくて良かったのに。」
「ははっ!王都から戻って来たら、こうなってた。 きっとコレってお祖母さまの趣味だと思うわ。 向うで色々な商会の人がみえていたから、その時に注文したのだと思うの。」
「何だかそれなりに謂れのありそうな物ばっかり。どれもすっごい高そうね、リビー。」
「言わないでよ、デジレ。気にしたら使えなくなるから。」
それまでの女の子っぽいデザインの家具は部屋から姿を消し、一階の応接用サロンに置かれて居るような重厚な質感を持った家具が、置かれていたのだ。
続きの間の隣室も同様で或る。
きっと此れが祖父母たちからの誕生日プレゼントなのだろうと思われる。
嫁入り道具の一環な希ガス。
でも此れを用意しているってコトは、第一王子や第二王子との婚約を祖父が諦めたという事だろうか?
確かフルーブ王家に嫁ぐには、家具1つ揃えるにも七面倒臭い仕来たりがあったような気がする。 其処ら辺は祖母が詳しいから明日にでも訊ねてみようかしら。
わたしは用意されていたフレーバーティーをカップに注ぎながら、対面に置かれたサロンチェアーの席をデジレに勧めた。
◇
「それで、、あのね。リビーにすっごい知らせがあるの。」
真ん丸いハニーブラウンの目をキラキラと輝かせ、デジレは少し照れながら言葉を続けた。
「実は、お母さんは妊娠していたのですって。今回母の体調が思わしくないからって、両親は領地に残っていたのね。それで薬師の人に診て貰ったら、懐妊していたって。 父と母は正かあの年で身籠っているとか思わなくて、、、。」
「ええー、それなら分かった時点で、わたしたちにセバスも連絡くれたら良かったのにぃー! そうデジレだって思うでしょ?」
「私もそう言って怒ったら、父や母は恥ずかしかったって。もう2人して顔を真っ赤にして照れ捲くって云うのだもの。 えへ、何も言えなくなったわよ。」
デジレの父親ケビンは、36歳。
母親ロザリーは、31歳。
前世だと別に高齢出産でも何でも無いから、ロザリーたちの恥ずかしいと云う気持ちが、わたしには今ひとつ分からない。
でも此の世界では意外に産褥死しちゃう人が多くて、わたしには『妊娠=怖い』ってイメージが或る。
というか、25歳以上の女性は、前世で云う所の三十路過ぎの扱いをされているような気がする。
あくまでもメイドやボーイなどの下働きに就いている使用人たちの話だけども。
ロイス貴族学院が出来るまでは、令嬢が13歳で結婚とかも極稀に在ったそうだけど、現在は大抵16歳で嫁ぎ、そこから子作りに励むのだ。 、、、そういや余り30歳前後で出産したと云う話を聴いたことがない。
もしかして30過ぎると懐妊し難くなるか、妻の安全を考えて夫側が夜の方を我慢しているか。 いや待て、そんなコトを言ったら、デジレの父ケビンは、妻のロザリーの身に迫る危険を考えない人非人みたいじゃないか。 そうじゃないでしょ!?オリビア。 ロザリー中で育っている新たな生命を寿ごう。
「おめでとう!!!デジレ。 デジレは2人の姉になるのね。セルジュはお兄さまかぁ。」
「ふふっ。今日改めて若奥様に報告するのだと、母さんや父さんが緊張していたわ。 セルジュ何て母さんの報告を聴いて興奮しっぱなしなのよね。」
「そっかぁ。今までセルジュは末っ子だったものね。それにしてもデジレたちキョウダイには申し訳ないと思うわ。」
「うん? 何でよ、リビー?」
「だってジルが生まれてからは、ずっとロザリーとセルジュは、領主館住まいで親子姉弟と、別々に暮らさせてしまっていたのだもの。 デジレやお姉さまやお兄さまたちは、寂しかったでしょう?」
「はあぁぁー。 前も言ってるけどもリビーがそれに謝ったら怒るからね。 何よりそのお陰で一番上の兄は、ロイス貴族学院に通えて、今年卒業したら、2年の予備科を経ずに王立騎士団に入る試験を受けられるのよ? それに私や弟は、リビーとジルさまの従者として仕えれるのだもの。 我がバーニュ家は、アーシュレイ侯爵家に恩しかないのだからね!」
「うん。ありがとう、デジレ!」
「ふっ!」
「ふふっ。」
互いに目を会わせて笑いながら、ポットに入っていたオレンジの薫りがするフレーバーティーをデジレと自分のカップに注ぎ足し、少し気になったゲームシナリオのことを話し始めた。
「ねぇ、デジレ?あのゲーム『ライラックの花が咲く頃に』にクレール夫人って出て来ないわよね?」
「うん。 あんな下ネタ好きな大人の女性は出て来なかったわよ。 もう毎回意味が分からないって表情を作るのが大変よ。 ここに戻る前にミランダ先生の元ご主人がリアルで腐っているニュアンスの噂をするから、ミッシェル奥様の低気圧に触れて大変だったじゃない。 リビーは顔色悪くするし。」
「それはデジレだって、、、。 フっ、お互いさまね。ハッキリとは分からないけれど、パトリシア王妃殿下と知り合いだったのよね。 お祖父さまが直接に王妃殿下へ宮廷作法の教師を頼むとも思えないのだけども。 如何やらお祖父さまにクレール夫人を紹介したのは、パトリシア王妃殿下みたいなのよ。」
「ええー!ソレってマジ?」
「マジなのですよ、デジレ。」
「ううーん。如何なんだろうなあ。ゲームシナリオだとパトリシアとオリビアって険悪と云うか、、、。彼女はヒロインの助っ人要員みたいな位置にいたよね。立場は隣国から帰国した未亡人の公妃殿下だったかしら?」
「そうそう隣の公国の第二公子に嫁いで夫が亡くなったから生家に戻って来た高貴な貴婦人だった。 貴族学院のマナー教師以外で年上の女性ってゲームのパトリシア王妃殿下しか、、、ああ、ややこしくなるからデジレは名呼びにしたのね。」
「まあね。名前だけなら良く或る名だし、私も不敬を冒している気に成らずに済むし。 ゲームをプレイしている時は、お助けキャラの綺麗なお姉さんだと思って居たしね。」
キャラ説明では、パトリシアは30代の高貴な貴婦人。
特にヒロインでプレイしている時は、オリビアや他のライバルキャラ(攻略対象者の婚約者)たちに意地悪をされ行く手を阻まれると、パトリシアが馬車で拾って呉れたり、エルヴァ・ラクール公爵家の町屋敷まで案内して呉れたり、王城に入る協力をして呉れたり、ドレスを着付けさせてくれるメイドを貸して呉れたりと、八面六臂でお役立ちしてくれる頼れる姉御なのだ。
そして王族にも顔パスで会える高ステイタスなヒロインのサポート要員。
当然ヒロインを虐め抜くオリビアとの相性は最悪で或る。
オリビアの犯罪行為のアレコレを物証と一緒に、フェリクス第二王子へ手渡したのが、高貴な貴婦人パトリシアである。
「アリシアの敵は私の敵なのですわ。」
そう勝手にパトリシアに敵認定されてしまうオリビアだった。
─────あくまでゲームの中での話で或るけれども。
「はぁ、、5月にパトリシア王妃殿下と会いたくないよぉぉ、デジレぇー。」
「断れないのだから、リビーは諦めなさい。 それにヒロインの高貴なお助けキャラは、あくまでもゲームシナリオ内でのことだからね。 それはリビーだって分かってるでしょ? 旦那様や若奥様だって元気でピンピンしてるのだし。」
「そっ、そうよね。ありがとうデジレ。」
(うん、お祖母さまだって仰っていたじゃない。 王家とアーシュレイ侯爵家との仲は良好だって。 それにお祖母さまの御実家クロノア公爵家とパトリシア王妃殿下の生家のラクール公爵家とが反目し合ったことも無いって。 クレール夫人の噂のチョイスは気に成るけど、我が家とクレール夫人のデュクロ侯爵家との付き合いは殆ど無いと仰っていたし。 それに彼女との付き合いだって建国祭の前までだもの。 クレール夫人の話は、今まで通りにスルーして置きましょう。)
「でもアレよね、リビー、、。」
「うん?ナニ?」
「当然ゲーム内では、フローラル王国の王妃殿下のことなど語られなかったけどさぁ。 国王陛下が再婚したとかは表現されてなかったよね。で、ゲーム自体が全年齢対象のせいだろうけど、国王陛下が必殺遊び人だったとか記されてなかったし、攻略対象のエルヴァ・ラクールの叔母が高貴な助っ人パトリシア様だったともなかった。」
「うん。だねぇ。デジレの言う通りゲームと此の世界は全くの別物だ。うん。」
「まっ、此れからのリビーは、もっと肩の力を抜いて楽しんで生きて行こうよ。 恋をしてみるのも良いかもね。 今だってイケメン天国だし。」
「いやあ、8歳のわたしには恋は早いですよ?デジレさん。 それよりもロザリーのことの方が大切でしょう? 何てったってデジレのお母さまだもの。午後とかは早めに上がってロザリーのお手伝いしてあげてね。 ロザリーはジルの大事な乳母でもあるのだから。」
「ふっふっ、ありがとうね、リビー。 でもその前にリビーには、大切なことが或るでしょ?」
「うん!?何かあったかしら?」
「全くもうっ!リビーの9回目の誕生日があるでしょ!!」
「あっ!」
そうでした。
明後日は、わたしの9回目の誕生日。
明日には祖父も此の領主館に戻ってくる。
ベット近くに置いてあるサイドテーブルの上から、猫型精霊アルプが興味深そうに此方をチラリと見たのが、ランプの明かりで照らされ、わたしに視えた。
「リビーはプレゼントを期待していてね。」
そう明るく言ってデジレはサロンチェアから立ち上がり、「おやすみ」と告げマロンブラウンの髪を揺らして、続きの間の扉へと向かった。
この冬ずっと羽織っている赤ずきんちゃんに見える赤いオーバーコートの背中を見せながら。
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