ep80 毒虫対策
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冬枯れの中でアーシュレイ領の領主館は、時折り霧や霜で覆われ、モノトーンな色みに染まり静まり返っていた。
底冷えで震える一年で一番寒い季節に、わたしことオリビアが生れたのである。
わたしは屋敷の中でも寒くてモコモコ状態で着膨れている。 モコモコなのは、わたしだけですが。 淡い水色の猫型精霊アルプに暖を求めて指で触れても、冷たくも暖かくもないツルリとした感触が伝わるだけ。
(そうだった! コイツの本体は正体不明の『モドキ』だったのだ。今はペルシャ猫に見せかけているだけだったわ。)
そして寒さに挫けてしまう今月は、わたしの誕生月だったりしている。
本来フローラル王国で祝われるのは、男児の誕生年であり、次に誕生月なのだ。
これは偏に国教であるユリウス教の影響だとわたしは踏んでいる。
だって聖冠の儀が行われ誓約を誓うと信徒の誕生月日が、ソラリス神の顕現した12月25日に成るのである。
ユリウス教が興った初めの頃は、俗世との縁を断ち切った証明に名を捨てたりしていたのだ。 でもそれでは俗世に暮らす者たちが不便だということで、家名(姓)のみを捨て、名だけを残したそうだ。(ローラン談)
で、相次ぐ戦で現在より荒廃していた世界で、ユリウス教は生れた年数の重要性を説いて回り、生れて7回目の夏至シーズン(ソラリス神の力が増す6月下旬~7月上旬)に、ユリウスさまを含め総勢13人の新たな使徒たちが、祝福を与えて回った。
それまで稀に各地で現れる癒しの力を持つ人間しか居なかったのに、使徒たちが祝福を与えると、伝説にあったような他の属性魔法が使えるようになった。 教義に山程の禁忌事項があってもユリウス教が、瞬く間に世に広がるのは当たり前だよね。(水とか火の生活魔法って便利だもの。) そして使徒に付き従う人々が増え、祝福を与えた者たちが、13回目の年明けを迎えた時に聖冠の儀が行われるようになった。
そんなコトを繰り返して居ると、アトラス大陸中央地帯に在ったロマン王国が、次々と他の一族を纏めて行き、ロマン共和国を作り上げていった。 そしてロマン共和国議会に招かれたユリウスと3人の使徒たちは、教義(この頃はユリウス教と名乗って居なかった。)の説明をし、議会からの承認を受けた。
こうしてロマン共和国議会は、ユリウスたち使徒に〔ユリウス教団〕の名で、国教とし庇護するコトを約束した。
「いい年だったユリウスは、他の一族から付け狙われるのに疲れたのだろうな。ユリウスはロベリア半島の一族の長をしていて、30歳でソラリス神の声を聴き、息子たちに後のことを託して、使徒たちを探す旅に出たのが始まり。 で、その当時(ロマン共和国の国教になった時)は、既に50を過ぎてたものなあ。」
と、ローランはまるで見てきたような調子でしみじみ語り、アメジストの透明な目を宙へと向けていた。
ローランは、わたしが制約魔法の契約を受け入れてから、こうして気安く〔むかしむかしの物語〕を当たり前のような口調で話すことが増えてきていた。
わたしは「聞きたくない!」って、ローランに文句を言っているのに関わらずだ。
誕生年の重要性は、ロマン共和国からロマン帝国になる頃には周知されていたが、誕生した年を祝うのは、皇帝の子(息子)でも難しかった。 先ず新生児として生まれても生き残るのが困難な時代だったのだ。 分娩後に夭折してしまうことが往々にして在るし、暗殺の危険性も大きかった。
そしていつしか子の誕生は秘され、祝われるのは7回目の誕生年と誕生月となったのだ。 この風習がアトラス大陸全土に広がり、教会で7回目の誕生年に祝福を受け、その後、周囲に子の誕生を知らせることが王侯貴族たちの儀式となっていった。
7歳までは神の子として、神殿の乳児院に預ける貴族が多いのも、此の為である。
前世の記憶が戻った当時、わたしはテッキリ手間のかかる乳児や幼児の世話をしたくなくて、高位貴族の方々は神殿に預けるのかと思っていた。 暗殺を防ぐ意識があったなんて思いも由らなかった。
でも今のフローラル王国だと、〔高位貴族としてあるべき慣習〕とだけの意識しかないように感じる。 乳母だったドロテアや侍女長のサマンサの話しぶりでは、そうなって行った経緯とか忘れているっぽいし。 「新生児を乳児院に預けないのは、下位貴族と平民たちだけね。」と、母を貶めるセリフを繰返していたもの。
まあそれはそれとして、余り女児の誕生月を祝うという習慣が、世の中に根付いて居なかった。だが、120年前のオベリスク帝国の皇帝が、待望の赤子を授かったのだ。 プリンセスだったけども。
でもってオベリスク皇帝が皇女を滅茶苦茶に溺愛しちゃっていて、7歳でロベリア教皇から祝福を得てから、帝国挙げての盛大なお披露目会を行ったのだ。
「祝福を得た女児なら皆に紹介する価値もあるだろう。」
てなことをオベリスク皇帝が言っちゃったりしたのだ。
当然、オベリスク帝国内の貴族や選帝侯の公国では、皇帝の真似をする貴族たちも出て来た。
一気に女児のお披露目会が西・央諸国に広がらなかったのは、パーティーを催すのって費用が掛かるのだ、昔も今も。 招待客を含めて。 嫌、考えなしに真似した王族と高位貴族の多い国があった。 そう今は亡くなってしまったカナーン王国でした。
費用が掛かるなら領民から集めようって、カナーン王国の王侯貴族たちは浮かれちゃったようですね。
そんな失敗を目の当たりにしていた建国の祖フルーブ1世は、女児のお披露目には積極的で無かったそうだ。
歴史が動いたのは、、、。
フルーブ3世が婚活学院(王立ロイス貴族学院)を創設した王国歴58年のことだった。
戦争と疫病で、婚姻年齢に達していた貴族男性が亡くなり、未婚女性が増えて男女の人口比がヤバいことになっていた。(元々婚活学院のグランドデザインは、フルーブ2世がプランニングしていた。が、残念なことに王国歴55年に逝去された。)
王立ロイス貴族学院創設した前年の婚姻法では、既に爵位差が上下1位から上下2位まで緩和されていた。 加えて準男爵位や騎士爵位と男爵・子爵位との婚姻が王国法で許可されるコトに成った。
そして婚活学院の予行演習的に王国歴58年から王妃主催で、10回目の誕生年を迎える男女を王城でのお茶会に招待し、お披露目会が執り行われるようになったのだ。
それに呼応するかのように任意で各領地で女児のお披露目が催されるようになる。
それまでは男児のみだった。
ナゼか。
いきなり断れない王妃殿下からの王城でのお茶会である。
10歳で初めてのお茶会が、王族が列席する王城でのモノなんて、緊張し過ぎて失敗する子が出て来るのは当たり前。
余りにも酷い失敗をすると後々まで響くことに成ってしまう。 よって女児に茶会慣れして貰う為、7歳のお披露目後に、女児の誕生月を祝う貴族家が増えてきたのだ。 あくまで各家の任意だけども。 それに近隣の貴族家同士との交流も増えるしね。
◇
で、わたしの誕生月で或るのだけども、前年に開いて貰った家族だけで過ごした〔8回目の誕生日〕が余りにも楽し過ぎて、昨年の内に祖父母にお願いしていたのだ。
今年も家族たちとわたしの誕生日を迎えたいと。
招待されたお茶会には嫌がらずに出席すると約束をして。
『それに宮廷マナーを教える教師のクレール夫人も居るし、王城でのお茶会で失敗しないから、お願い。』
等と、祖父母たちに頼み込んでいた。
いやあ、あの時期は未だ薄幸(そうに見える。)美人のクレール夫人を良いヒトなのに、可哀そうな境遇だとか思っていたのですよね。
其れよりわたしは、ローランからの一報(付属海沿岸東部で疫病が発生した)で、チッコイ頭の空きスペースが埋まってしまい、いっぱいいっぱいに成っていたのだなあ、、、今だから分る。 もっとクレール夫人を注視して居れば良かったと。
クレール夫人て、ちょっとデンジャラスな気配がするのですよね。
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王都からアーシュレイ領へと戻る前日に祖母は、姿勢を崩さずに小さな息を吐いて、わたしを見て微笑んだ。
そして吹っ切れた様に祖母は一気に捲し立て始めた。
「オリビアにしては善き判断だったと思うわ。 貴女の誕生会をホームパーティーでと選択していたことは。 毒虫を招き入れたレイモン自身は、不服だったみたいだけどね。」
「誕生会でクロノア公爵家の者が来ていたら、ミランダは我がアーシュレイ家に匿われて居るのがクレール夫人に知られる所でした。 クラウディア席を離して居る隙に、ロベールが如何にエリシアを大切にしているか、何て話を始めるのだもの。」
「そしてオリビアにだってあの毒虫は、聞きたくもない話を聴かせたのでしょう? 何が『正直に話して置いた方がオリビア嬢は傷付かずに済みます。 そう考えて私がオリビア嬢に話して置きました、大丈夫ですよ。』なんてどの口が云うのかしらね。」
「私は短くない人生で、今まで色々な嫌がらせを見たり受けたりして来ましたけど、クレール夫人は別格だと感じるの。 儚げな見掛けもそうだけど、あの静かでゆっくりとした話し方のせいで、悪意や敵意が声に感じられないから、慰めて呉れていると勘違いしている人も多いのでは無いかしら。
王都の町屋敷では、コレットがクレール夫人に心酔しているような気がしたから、クロードとセバスに注意を促して置いたのよ。 それまでも嫌な話題が多い方だと感じていたけど、ロベールの話を聴かされた時にハッキリとクレール夫人は、アーシュレイ侯爵家の敵だと認識したの。 オリビアも気をつけなさい。 アーシュレイ侯爵家は忠誠は誓えど王家に敵対したことなど無いから、パトリシア王妃殿下が送り込んできた敵とは思わないけれども、クレール夫人に迂闊な話をしないようにね。」
「さて、王城でのお茶会に出席するまで、後2ケ月少し。 オリビアは下手に喋ろうとしなくて良いのよ。 会場では微笑んで居れば良いだけ。でも噂話で頷いてはいけないわ。そこだけ気を御付けなさい、オリビア。」
日頃、殆ど口を開かない祖母が、怒涛の勢いで喋り倒してしまった。
倒されたのは、わたしです。
デンジャラスな気配を感じたクレール夫人は、既に祖母の堪忍袋の緒を粉砕した後だったようです。
でもその夜、町屋敷へと戻ってきたクレール夫人に、祖母は相変わらず穏やかなアルカイックスマイルを向けて居ましたとさ。
わたしには絶対に祖母の真似は出来ないと確信した王都での最後の夜でした。
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さて、 わたしの9回目の誕生日は、平穏に迎えれることが出来るのでしょうか?
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