ep75 ユリウス教の結婚観とフルーブ4世 〔※アーシュレイ侯爵〕
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豪華な金の装飾が施されたごく薄い白みの強いエクセルベージュの室内には、12客の赤い革張りのゆったりとした椅子が会話を行いやすいように半円に並べられていた。 座席の左隣りには、邪魔に為らない大きさのサイドテーブルにクリスタルガラスの水差しとグラスが置かれ、座った者の喉を潤そうとしていた。
王城の2階の一室に臨時で作られていた枢密院議会の間で、枢密院メンバーは数えるのが面倒になる程に集まり、密やかな会合を行っていた。
(枢密院のメンバー構成は公爵家3家・侯爵家5家・伯爵家4家である。今回運悪く臨時議会に集められたのは伯爵家のメンバーを除いた枢密院議長を含めた5名である。)
枢密院は、宰相と協力し機密の多い政治や行政などの重要事項を孤立しがちな国王に助言する役割を果たしていた。 フルーブ2世が後継の嫡子のフルーブ3世に創設した機関だ。
フルーブ2世の自らの為というより、王太子となった息子のためだった。 また宰相1人の助言による偏りを防ぐためでもあった。
枢密院は決して、国王陛下の不倫問題について、議論し合う組織では無いのである。
がしかし、現在宰相であるポーセリア小公爵(陛下と同年齢38歳)から、枢密院議長クレマチア公爵に『SOS』が届いたのだ。 祭事の狩猟大会を終え、王都のタウンハウスで狩りの余韻に浸り、枢密院議長クレマチア公爵はゆったりと寛いでる最中に。
クレマチア公爵は、何事かと思い、直ぐに王城の宰相室へと訪ねていった。
そして助けを求めた内容をクレマチア公爵はポーセリア宰相に問いかけた。
ポーセリア宰相は、高位貴族としては容貌の凹凸が少ない顔立ちだった。 平坦な顔立ちのポーセリア宰相は、その細い目をより一層細め、苦し気に眉根を寄せていた。 そして後ろへ流したグレーの髪を掻きながら、光沢のあるマホガニーの執務机に視線を落とし、溜息と共にクレマチア公爵に力無く言葉を紡いだ。
クレマチア公爵はポーセリア宰相の視線と溜息の先をふと見やった。 すると広い天板の上には、古城に居る陛下の側近と、やり取りしたと思われる折れた用紙が並んでいた。
〔フルーブ4世陛下に新たな愛妾が出来た。愛妾は、猟場を管理していた森番の娘で現在12歳である。そして猟場の古城に愛妾と籠った侭で王城に戻って来ない。〕そう言ってポーセリア宰相は、執務机のメモ書きを広げ直し、クレマチア公爵に嘆いてみせた。
「このような事を外部に、ましてや教会側に知られてしまったらと思うと、、、どうすれば良いのでしょうか。クレマチア公爵閣下、、、。」
「うっうむ。そうだな。」
クレマチア公爵は、年にしてはチャーミングな魅力を持つ笑顔を消し、思案するように下あごを右手の親指と人差し指で挟み、左手で右肘を支え持った。
「わざわざアンゼル枢機卿台下が昨年に引き続き今年もいらして下さったというのに。 もしや怪我で狩猟大会を欠席したのは、、。」
「はい。クレマチア公爵閣下の御推察通りです。 その方と過ごすための詐病だったと側近の一人が申しておりました。」
「なんてことだ! 直ちにフルーブ4世陛下に侍って古城に居る側近たち全員を呼び戻しなさい、箝口令を直ちに敷かねば。 此の時期なら未だ王都に残っている枢密院議員が居るだろう。 直属の部下に声を掛けさせるから、ポーセリア宰相は機密性の高い一室を用意しておきなさい。」
思わぬ暴露を聞かされたクレマチア公爵、頭を巡らせテキパキとポーセリア宰相に指示を出していった。
「それと宰相殿。絶対にラクール公爵には、この件を漏らさないように注意して下さい。良いですね?」
「は、はい。」
それだけを告げるとクレマチア公爵は、慌ただしく宰相室を後にした。
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アーシュレイ侯爵は、ずっと切迫した様子のオリビアを心配しつつ、議長であるクレマチア公爵からの唐突な呼び出しに急いで外出の準備をクロードにさせ、侍従と共に馬車に乗り込み、王城へと出発した。
アーシュレイ邸の自室で、寝込んでいる妻のミッシェルや不詳の息子の嫁クラウディアを気にかけながら。
そして王城の弓月の間で、議長のクレマチア公爵からの話を聴いてアーシュレイ侯爵は、驚愕した。
アーシュレイ侯爵としては、別に今更フルーブ4世の女遊びについて驚くようなことではなかった。
寧ろ嫡男のロベールが婚約者を亡くし落ち込んでいるの所をフルーブ4世が誘って呉れたことで立ち直ったと感謝していたくらいだ。(嫁のクラウディアが孫息子のジルベールを出産するまでは。)
それにフルーブ4世が幾ら愛妾を囲っても、フローラル王国法では正妃の嫡子にしか王位継承権は発生しない。
他にも直系男子の規定が細かく定められ、非常に王位継承権争いが起きにくい国法の建付けになっているのだ。
元々建国の祖フルーブ1世の頃から、フルーブ王家の王族男子は、お盛んな性質だと知られていたので、貴婦人界隈の評価は兎も角として、同性の者たちは歴代の国王を生暖かく見ていたのだ。
余りにも年を置かず次々に懐妊させてしまい、正妃を産褥死させてしまう事から、他国には不名誉な噂が流れているようだったが、嫡子が生れず内部から瓦解する心配のないフルーブ王家に大方の貴族は満足していた。
但しそれは教会を敵に回さぬという大前提での話だ。
約300年前、ロマン帝国が東西に分裂したようにユリウス教も東西へと分裂した。 何故約300年なのかと言えば、聖歴252年にロベリア教皇からの布告で、聖歴201年にユリウス教は、西方ユリウス教会そして東方正教会とに分かたれたと教会を通じて公に知らされたからだ。
その頃、ロマン帝国の崩壊で大陸の多くが戦乱に巻き込まれ、消えて行った領主一族なども多く、記録が散逸していたりもした。
ユリウス教会が新たに記した聖典と、それに合わせた西方ユリウス教会教義の制定を、アトラス大陸の中央と西側に現存していた各国と信仰協定を締結した時に、聖歴201年から起きた史実を編纂した書物を教会側から渡され、後は自国に見合った国史を各国が記したのだ。
だから今だに歴史の解釈違いだと国境で揉める事もある。 調停を教会に願い出れば、枢機卿会議で〔是〕と決議されたならば、ロベリア教皇が国境を制定し直し、聖騎士が教皇の定めたラインも守ることになる。 それはそれで、世俗側の国同士が面倒な事に成るので、余り教会側に調停の申し入れは行われないが。
この教会教義制定のおり、尤も細かく教会法で定められたのが婚姻について、なのであった。
大きなところでは、教会に所属する聖職者の婚姻は禁止された。 これ以前も世俗と縁を切る聖職者の婚姻は、許されて居なかったのだが、東方教会が興るまで教会法に明記されて居なかったのだ。 それが分裂の切っ掛けに成ってしまうとは、時のロベリア教皇も思わなかっただろう。 聖職者の独身は当たり前と考えられて居たのだから。
そしてズラズラと禁止事項が並ぶのだが、フルーブ4世の一番の問題が〔13歳未満の者との婚姻それに類似する行為の禁止〕と云うものだ。
教会では13歳(生誕してから13回目の誕生年)で、やっと成人の魂となり、ソラリス神(もしくは女神レト)との契約が結べ、聖冠の儀が行われるようになる。
それと同様にソラリス神の導きで、成人の魂と魂の契約を結ぶ、婚姻の儀は13歳からでしか行えない。
ユリウス教の聖職者は、基本的に世俗への関りは極限られたものなので、異性間の交わりに寛容だと思えるかも知れないが、離婚や婚外子の存在を認めている訳ではない。
西方ユリウス教会の教義で認められていない子の存在は居ないものと同義でもあるのだ。
だから教会法で13歳未満の婚姻に類する行為を禁止しているのである。 婚姻せずに生まれた子は必然的に婚外子となってしまうからだ。
アトラス大陸の中央・西方で、ユリウス教を国教とする諸国の庶子に対する見方が、厳しいのは此の為である。 但しユリウス教は、故意な殺人を禁忌としているので(特に魔法を使ったものは)、不要な子だからと言って、堕胎などすることは禁止されている。
ソラリス神は、闇を照らす光と生命創造の神でもあるが、戒めた後に厳しい罰を下す破壊神でもある。
約700年前のアトラス大陸で起きた大浄化は、人類がソラリス神の怒りに触れた為、起きたと聖書には記されている。
それは兎も角として、議長のクレマチア公爵の説明を聞き、アーシュレイ侯爵は「ぐぬぬ」と唸り、唇を噛みしめた。
(フルーブ4世陛下!! ユリウス教の教義に触れているではないですか! 教会法を犯して居るぅぅぅっ!)
アーシュレイ侯爵は、頭を抱えて、天を仰ぐ様に宙を見た。
今、フローラル王国があるのは、偏にユリウス教会のロベリア教皇が、カナーン王国のロイス・フルーブ伯爵を新たな国であるフローラル王国の国王〔ロワ〕と認めたからだ。
他の西方諸国の国々も同様だ。
ロベリア教皇とユリウス教会の権威に国家として承認され、またロベリア教皇が王位継承の儀を執り行う事により正統な国王と成れるのだ。
廃れたり滅んだ国々は、実の所、ロベリア教皇の正しい承認を得ていないのだ。
フルーブ1世が滅ぼしたカナーン王国は、カナーン王国建国時にこそロベリア教皇が国王と王国を承認した。 が、しかしカナーン2世以降、ロベリア教皇は正統性に疑義が或るとしカナーン2世を国王として承認してこなかったのだ。
カナーン王国は聖歴280年~415年と良く持った方だと思うが、殆ど4つの辺境伯家があったお陰だろうと思わずには居られない。
ロマン帝国の名残でアーシュレイ伯領からオベリスク帝国のアーシュレイ公国になり、フルーブ1世と交渉後に協力し、フローラル王国のアーシュレイ侯爵家として生き残った子孫として思うのは、ユリウス教会だけは敵にしては為らないということだ。
国境に在ったアーシュレイ家が戦乱期に生き残れたのは、アーシュレイ領とユリウス教会の荘園が隣接し合っていたのが最大の勝因だったのだから。
アーシュレイ家子孫であり現当主として、建国の祖フルーブ1世には大恩が或る。 そうアーシュレイ侯爵はしみじみと思う。
(だからフルーブ王家には、これからも変わることなく忠誠を貫きたいが、、、国王陛下、頼むから教会の敵には為らないで貰いたい。)
アーシュレイ侯爵は、そう願いながら幾度となく臨時の枢密院会議で審議を繰返し、フルーブ4世を訪ねて猟場の古城へも足を延ばし、議長のクレマチア公爵と共に、フルーブ4世と愛妾との別離に向けて話し合いを行った。
話し合いが不発に終わったのは言うまでもない。
そこで議長のクレマチア公爵は、彼女が13歳になるまで徹底して二人の仲の箝口令を敷いた。
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だが、しかし、、、年が明けてフルーブ4世から、新たな爆弾が投下された。
「実は、マノンは10歳だったんだよね。もうビックリだよネー。」
「「「「・・・・・」」」」
集まっていた4人の枢密院のメンバーは、フルーブ4世の爆弾発言に言葉を失ってしまったのだ。
当然、アーシュレイ侯爵も。
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神聖ロベリア教皇国・聖ユリウス大聖堂の最上階・星見の間の一室にて
「しかしユリウスが彼女の言葉を真に受けて、付属海沿岸の港に寄港していた船舶を河川への運航禁止令まで出すとはワシも思わなかったぞ。なあトリよ。」
「ええ、そうですね、ヘプタ。本来モノは、人の病を気にする性質で無かったですからね。」
「仕方あるまい、トリにヘプタ。 ディオの件があっただろ?あ奴のように記憶の封印が解けない状況で俗世に放たれていては叶わん。過去世の記憶が解印されないと、我らとて加護の力が働かないのだ。病死なぞされていたら目も当てられぬだろう。 しかも昨夜視た夢視では、次の過去世持ちもまたフローラル王国だった。 その者は来年の夏至祭に王都のエストール聖堂で現出する。」
「それは、、、また、、、。」
「しかしディオが異色なだけですよ。モノ、ヘプタ。 二年連続でフローラル王国から過去世持ちが現出した訳ではありません。」
「それはトリの言う通りかも知れぬが。少々薄気味悪くは或るな。なあ?ユリウス。」
「全くだよ、ヘプタ。」
「しかしモノは、5年前に夢視で、使徒12人が揃うのを視たのですよね。ああ、モノを含めて13人ですか。」
「ああそうだ、トリ。」
「今はディオを含めて使徒が5人。 そしてモノが夢視で視た者を含めると6人に成ります。 後7人が揃うまで、ディオと似たような事がないとは言い切れません。 イレギュラーが起きても対応出来るようにして置かねば。 そのイレギュラー対応出来るのは、モノの夢視の力頼りに成ってしまいますね。フフっ、お願いしますね? ユリウス1世教皇猊下。」
「はぁ、全くトリは嫌な物言いをする。 トリも星見の方を任せるからな。それと俺を猊下と呼ぶな。今の猊下はヘプタに任せてるだろう。」
「ユリウスもトリにいちいち煽られるではないわ。 しかし早く揃って貰わねば、ワシはもう63歳じゃぞ? 40過ぎからユリウスと付き合っておるし、早く隠居したいものだ。」
「ハッ! 残念だったなヘプタ。 加護のお導きだ。 死ぬまで働け!」
「本当に今代のモノは口が悪いですね。 弟子のミューと同レベルに思えますね。」
誰も来ない聖ユリウス大聖堂の最上階に或る星見の間で、使徒たちの会話は続く。




